幕間
あなたの願いは
孤児院を出て街の出入り口へと向かう道中、リーヴェは随分と迷っていたようだが自分たちの事情をフィリアに伝えることにしたようだった。
恨めしそうな目で見られたが、そのような目をされてもな。子供たちの様子を見て見ぬフリをしたくないと思ったのはお前だろう。
それに、フィリアは悪い娘ではない。私たちの事情を伝えたところで害はないはずだ。
「そ……そう、だったんですか……! 神さまなんて、今まで全然信じてなかったけど、さっきのあれを見たら……信じないわけにもいきません」
「だよなぁ、オレも最初は全っ然信じられなかったんだ。これ絶対に新手の詐欺だろって思ったもんな」
知っている、あの頃のお前はひどく無礼な男だった。信じられないという気持ちも……わからないでもないが。だが、リーヴェは根本的にお人好しなのだろう。私を怪しいと疑いながら、その胸のうちにはいつでも心配の念が宿っていたことも知っている。
「リーヴェさんのあの力も、神さまあってのものだったんですね」
「そう、オレは本当にただの無能として生きてきたんだよ。ヴァージャが言うようになんか地味な力はあるみたいだけど、本来はあんなことできないの」
「でも、私はそのお陰で助かったんですよ。やっぱりお二人は私の恩人ですね」
そんな二人のやり取りを背に通りを曲がったところで、昨日も見た顔と鉢合わせた。魚……バラクーダと言ったか。男たちは私の顔を見るなり、その表情を引き攣らせた。彼らの様子を目の当たりにしたリーヴェは、些か呆れたような様子で声をかけてくる。
「……おいヴァージャ、あんた昨日おっさんたちに何したんだよ」
「特に何も」
「嘘つけ、何もしてないのにそんな顔するかってんだ」
……怒られるようなことは何もしていないはずだが。怪我らしい怪我もさせていない、少しばかり遊びはしたが。
男たちは強面の顔に引き攣った笑みを滲ませながら、こちらを窺うように軽く会釈なぞしてくる。
「ど、どうも、こんにちは。俺たちこれから魔物退治なんですよ。何でも、この辺りにまだ危険な魔物がいるとかで。街と街の人たちの安全のために、ね。えへへ」
「そうか、気を付けて行ってくるといい」
「は、はい。それじゃあ」
いい心がけだ。あの者たちも悪人ではないのだろう。
男たちを見送って数拍ほど、刺すような視線を背中に感じる。疑念に満ちたこの視線は――間違いなくリーヴェのものだ。
「……おい、何が“特に何も”だよ。絶対何かしただろ。昨日まであんなにデカい態度だったおっさんたちが、あんな……」
「し、信じられない、あの荒くれ者揃いのバラクーダの人たちがあんな……」
彼らバラクーダの者たちがそうだったが、今の世はあくまでも
自分たちが最も役に立てることが何なのかを、天才などでなくともお前たちにもしっかりと価値があるのだと。
幸いにも、彼らは実力のある者たちばかりだったため、この辺り一帯の魔物退治はどうかと勧めただけだ。手荒なことは何もしていない、……一応は、な。
魔物退治で手柄を立て、住民たちから感謝されることで、彼らはいい方に変わっていけるだろう。
「それで、次はどこへ向かうのだ?」
「そうだなぁ……最終的な目的地は帝都になるんだろうし、北西の方に向かっていく方がいいのかな」
「はいっ! 帝都に着くまでにクランのメンバーをたくさん増やさなきゃいけませんし、まずは手柄を立ててある程度は有名になりませんと、帝国にも入れてもらえませんしね。ここから少し北西に行ったところにボルデという小さな街があるはずですから、次はそこに向かいましょう!」
リーヴェとフィリアのやり取りを聞きながら一度肩越しに二人を振り返ると、どちらも楽しげに笑っていた。やはり、彼女を旅に誘ったのは間違いではなかったようだ。リーヴェは長く孤児院で子供たちと接していたせいか、子供に対して特に心を割く傾向にある。本能が警戒する私と二人旅を続けるよりも、子供が傍にいる方がずっと気も楽になるだろう。
「そういえば、ヴァージャさんにはお願いごとってないんですか?」
街の外に向けて足を向ける最中、フィリアが傍らまで駆け寄ってきて唐突にそのような言葉をかけてきた。屈託なく笑うその様子には、余計な思惑も何もない。……願いごと。私の、か……。
「……もう叶った」
「え? なんですか!? リーヴェさん、知ってます?」
「いや、知らない。なんだよヴァージャ、どんな願いだったんだ?」
すると、リーヴェがフィリアとは反対側に駆け寄ってくるなりそう問いかけてくる。両脇でやいのやいのと騒がれると少しばかり対処に困るものだが、こう騒がしいのも悪くはない。
私は、……自分に近しい者が笑っていてくれれば、それでいい。それだけで充分だ。
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