第三章:復讐に燃える少女

いざ冒険の旅へ

 あの領地戦争から約一週間。エレナさんたちのお陰でアンも無事に試験を受けられて、彼女はなんと首席で合格することができた。あと一ヵ月もすれば、アンは念願だったスターブルの学校に通うことになる。


 アンの試験結果を無事に見届けた翌日、オレとヴァージャはミトラたちに見送られて旅に出ることになった。


 例の一件以来、ヴァージャはすっかり街の英雄だ。街の中を歩けば老若男女問わず右や左からお声がかかる。これ持っていけだのあれ持っていけだの、あれもこれもと色々な食い物を押し付けられて帰ってくることもしばしばだった。


 そんなヴァージャとの別れを、スターブルの街の住民たちは心から惜しみ、オレたちの姿が見えなくなるまで門から手を振っていた。



「それで、まずはどこへ向かうのだ?」

「まずこの荷物をどうするかだろ」



 旅に出ることを聞いた街のみんなは、道中食べるものに困らないようにとそれぞれが弁当や食料を持たせてくれた。それは非常に有難いんだけど、たくさんの食料があるということは、それだけ荷物も増えるわけだ。両手が完全に塞がってるだけじゃなく、背中にまで大きなカバンを背負わされて旅に出てわずか数十分で早速挫折してしまいそうだった。


 ヴァージャだって同じくらいの――いや、それ以上だろう荷物を持ってるのに息ひとつ乱さないし、相変わらず涼しい顔してるし、ああ悔しいなぁ。


 すると、ヴァージャは持っていた荷物を近くの草むらにひと纏めにして置くなり、オレにもそうするようにと促してきた。もう今更何をするかなんて聞かなくても、こいつが規格外なのはわかってるから言われる通りにした。


 手に持っていたものと背負っていた荷物を一箇所に纏めて置くと、ヴァージャはその荷物に片手を翳し――その荷物をそれぞれ結晶みたいなもので包んでしまった。透明なそれは固まった水飴みたいにも見える。次に、それらがぐんぐんと縮んでほとんど手の平サイズになってしまったものだから、高度な手品でも見ているようだった。



「この大きさなら荷物にはならんだろう」

「あんた本当に何でもアリなんだな、これ出す時はどうすんの?」

「私に言うか、どこかに叩きつけて割るといい」



 ついさっきまであんなに重かった荷物たちが、今は透明な結晶に閉じ込められて全然荷物じゃなくなっちまった。試しに手の平に乗せてみても、まったく重量を感じない。これなら持ち運びに苦労することもなさそうだ。今度は逆に落とさないかが心配になりそうだけど。


 それで、ええと、まずはどこに行くか、だっけ。

 肩から提げる小型のカバンを漁って中から地図を取り出すと、取り敢えず現在地を確認してみる。



「ここから一番近いのは東の村だけど、その先には何もないしなぁ……まずは北にでも向かってみるか。ディパートの街って言って、スターブルよりも大きい街があるんだ」

「ふむ、わかった。そこも穏やかな場所だといいのだが」

「ディパートの街も同じくウラノスの支配地域だから大丈夫だよ、……まあ、マックたちが何かしてないとも限らないけど……」



 マックたちウロボロスのメンバーは、この一週間スターブルの街では一切見かけなかった。ヴァージャにぎゃふんと言わされて大恥かいたわけだけど、あいつらがそう簡単に引き下がるとは思えないんだよなぁ。スターブルを諦めて他の場所で着々と戦力を蓄えてる可能性も……ないとは言えないわけで。


 ……それに、プライドが人一倍高いあのマックのことだ。どうにかしてヴァージャを負かしてやろうと画策してるに違いない。あいつ、きっと今まであんなふうに手も足も出なかったり、大勢の前で晒し者みたいになるなんて経験は一度もなかっただろうし、憎悪の根が深そうだ。



「……そういえば、スターブルは大丈夫かな。サンセール団長は帰ってきたけど、マックたちに報復される可能性もなくはないんだよな」

「ブリュンヒルデがいる、孤児院だけでなく街に脅威が迫った時も守るように言い聞かせてきた。問題ないだろう」

「……あの猫、マックより強いの?」

「姿は子猫でも神の眷属だぞ、人間より弱くてどうするのだ」



 やだなぁ、そんな子猫。けどまあ、それなら安心か。あとはオレたちの方だな。

 外には魔物がいるわけだけど、オレが戦えないから全部ヴァージャに任せっきりになっちまう。満足に使えなくても、武器くらい持った方がいいよなぁ。



「以前も言っただろう、お前には他者を傷つけるような力は似合わん」

「そうは言うけどさ、仲間が戦ってんのに何もできないで見てるだけってかなりもどかしいものなんだぞ」

「……わかった。なら、落ち着ける場所に着くまで待て。お前にひとつ力を与えよう」



 ……力? えっ、神さまが力を与えてくれるって? ……何かな、いいのかな。ズルっぽくならない? 他の連中は努力した上で色々と身につけるわけだから、いきなりポンと力をもらったりするのはインチキ……に、ならないかなぁ。



「要らんのならいい」

「う、ウソウソ! 冗談だって!」



 オレがうんうん唸っていると、ヴァージャはそれだけを告げてさっさと北に向かい始めた。慌ててその後を追いかけながら、つい今し方の言葉を思い返す。


 神さまが与えてくれる力、かぁ……どんなものなんだろうな。


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