さすがにそれはないと思ってた

 夜が明けてからほんの数時間、まだ朝も早い時間帯故にか外も静かだ。聞こえてくるのは鳥のさえずりくらいしかない。街も眠っているようだった。


 リーヴェはまだ起きそうにないが、顔色も随分とよくなった。昨夜話した時も意識はハッキリとしていたようだし、あとは腹を満たせば問題ないだろう。起きる前にミトラに何か用意を頼もうか。私は家事というものにはさっぱりだ。


 そんな時、ふと外に何者かの気配を感じた。

 野生動物か何かかと思いはしたが、惑うように彷徨く様子は――それとは少々異なるようだった。窓掛けに映る影から、正体が人間であることが窺い知れる。高い位置で結い上げられた髪らしきシルエット、相手は恐らく女人。この気配には覚えがある。


 そこまで考えて、口からは自然とため息が洩れた。目を伏せて、外の気配を探る。



「きゃッ!?」



 気配のすぐ傍まで転移すると、そこには予想と寸分違わぬ女が一人。

 確か……ティラと言ったか。女は私の姿を見るなり大仰なほどに後退り、ひどく警戒した様子で不躾な視線を送ってきた。



「何の用だ、リーヴェならまだ休んでいるが」

「そ……そう。き、傷は……大丈夫だったのかしら……?」



 リーヴェの様子を見に来たのかと思ったが、その取ってつけたような返答を聞く限りそうではないことを悟る。この女、話には聞いていたがなかなかに呆れ果てるような性格をしているようだな。何となく内面を探ってみると、その心にはリーヴェのことなどほとんど見当たらない。あるのは――



「……あなた、いったい何者なの? あのマックが、まるで赤子の手をひねるみたいに……」

「答える義理はないと思うが」

「――待って! あなた、クランを作ったりはしないの?」



 この女の内にあるのは、私の力への興味ばかりだ。

 時間を割く必要性も感じない。さっさと切り上げてしまおうと思ったものの、建物の中に引き返すべく踵を返した先に素早く回り込まれると、自然と眉根が寄る。人間たちがたまに口にする「呆れてものも言えない」というのは、恐らくこういうことを言うのだろう。



「あなたがクランを作れば、きっと優秀なメンバーがたくさんやってくるわ! そうすれば、いずれは一国を……いいえ、この世界を支配することだって――」

「興味ない」



 世界の支配など、やろうと思えばいつでもできる。私は支配ではなく、生き物をただ見守るのが好きなだけだ。



「どうして? それほどの力があれば何だってできるのに……」

「目先の利益に早々に飛びつく者にはわからないことだ、さっさと帰れ」

「なによ、それ……ッ! 聞き捨てならないわ! リーヴェがそう言ったの!?」

「お前には、リーヴェがそんな陰口を叩くような男に見えるのか」



 リーヴェの頭の中は大体いつもやかましいが、あの男は自己否定こそ強くとも他人を妬んだり、裏でどうこうしようと画策するような性質ではない。


 ――だが、この女もリーヴェのそういった性格はある程度理解しているらしい。それ以上は言い返してくることをしなかった。それまでの勢いを失い、空気が抜けたように萎れて項垂れる。



「……わかってるわよ、そのくらい。でも、わたしはリーヴェのことちゃんと好きだったのよ。けど……わたしには夢があるの、夢のために愛を捨てたっていうだけ」

「それを私に言っても仕方あるまい、言い訳のつもりなら本人に言え」

「そうじゃなくて! あなたなら、わたしの夢を叶えられると思うの! だからクランを……作ってほしいな、って」



 ……この女、つまりリーヴェを捨てる原因となったあのマックとかいう男のことも捨てるつもりか。好きだったリーヴェを殺してまで、あの男の力が必要だと思ったのだろうに。見下げ果てた女だ。



「お前とは言葉を交わす価値もない、早々に立ち去れ。ミトラを呼ぶぞ」

「……っ!」



 才能とやらではミトラの方が下でも、この女は余程彼女のことが怖いらしい。ミトラの名を出すと、その顔には悔しげな色が滲む。しかし、それ以上は粘ることもなく大人しく踵を返すと、孤児院の敷地内を出て行った。



「……諦めないから」



 去り際に、そんな言葉だけは忘れずに。

 リーヴェとあのマックという男、どちらも女を見る目はないようだな。


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