お金を稼ぐのは大変

 スターブルからディパートの街まで、それほど距離はない。緑豊かな平原の中に、街と街を繋ぐそれなりに整った道がある。それをずっと北に向かって進んでいけば一時間もかからず辿り着く、そんな距離だ。


 行き着いたディパートの街は夕暮れ時という仕事終わりの時間帯もあってか、大いに賑わっている。街の出入口近くにそびえる酒場からは、楽しそうな談笑と共にキツめのアルコールの匂いが漂ってきた。


 オレとヴァージャは人で賑わう大通りをすり抜けながら、取り敢えず本日の寝床を確保するために大通りの突き当たりにある宿に向かう。その途中に横に広い長方形型の建物を見つけて、今後のことを少し考えてみた。



「旅をするのはいいけど、途中で路銀も稼がないとなぁ……」

「ろぎん?」

「金だよ、金。旅をするのに使う金のことを路銀って言うんだ。主に旅費の意味」

「ふむ」



 神さまには金なんて必要なさそうだもんな、何でもできそうだし。今まで貯めてた分を持ってきたけど、心許ないんだよなぁ。間近まで迫ってた結婚式と式場のキャンセル料はやっぱ高かった。あの指輪だって奮発したもんだったのに。

 ――ああやめだやめだ、こんなこと考えても暗くなるだけでロクなことがない。



「今の人間たちは、定職以外ではどう稼ぐのだ?」

「そこの長ひょろい建物……あれギルドって言うんだけど、あそこで色々な仕事を紹介してもらえるんだ。大体みんなあそこを使うよ。一番稼げるのは魔物退治だけど、ギルドが紹介する魔物退治の仕事はどれもこれも危険だからクランじゃないと受けれないって聞いたことあるなぁ」

「ほう。……では、クランというものは入っておいた方がいいのか」



 どうなんだろうな、オレは今まで入ったことないし。無能が入れるわけないし。けどまあ、旅をしていく上では入っておいて損はないのかもしれない。ギルドに入っていれば魔物退治とか、単独で受けれない仕事も優先して受けれるはずだし。


 でも、誰かが作ったクランだとリーダーの指示には極力従わなきゃいけないし、呑気に旅なんてできなくなるしなぁ……難しいところだ。



「金を稼ぐというのもなかなか大変なのだな」

「まあ……そうだな。取り敢えず、今夜は宿に泊まって明日ギルドにどんな仕事があるか見に行ってみようぜ、まだそれなりに余裕はあるしさ」

「わかった」



 オレはともかく、ヴァージャがクランに入るとなったら色々大変だな。天才ゲニーって言えば注目されちまうし、けどヴァージャの力は明らかに秀才グロスじゃないし、むしろ天才の枠だって軽々飛び越えちまってる。どう誤魔化したもんか、強すぎるってのも困るものなんだなぁ。



 * * *



 さすがにディパートの街はスターブルよりも大きいせいか、宿も比べものにもならないくらいに広々としていた。大きなその宿は空き部屋も充分なほどにあって、ゆったりとした二人部屋を取ることができた、有り難いことだ。食事も部屋まで持ってきてくれるって言うし。


 綺麗に設えられた寝台の縁に腰掛けて、早速さっきのことを聞いてみることにした。



「それで、さっき言ってた力をくれるってのは?」

「破壊的なものではなく、サポート重視のものだ。それでもいいなら……これと共にお前にやろう」



 ヴァージャがそう口にすると、その手元には古びた短剣が出現した。鈴がついたそれはかなり古めかしいけど、立派なものだ。ええと……サポート重視? 戦闘中に力を上げたり防御を上げたり、簡単な治療ができたりする法術みたいなやつ?



巫術ふじゅつと言う、これは神と繋がりを持つ者にしか使えぬ特殊な力だ」

「ふじゅつ……聞いたことないな」

「それはそうだろう、普通の人間ではどう足掻いても習得できないものだ。大昔では一部の永久とこしえの神子に授けたことがある」



 じゃあ、もしかしてヴァージャの手にあるあの短剣って……昔の神子さんたちが使ってたものなのかな。……そんな貴重なものをオレなんかに与えちまっていいのか、後悔しない?



「お前にだから、だ。私はお前のことを力を回復させるための道具などと思っているわけではないのだぞ、これでも気に入っている」

「そ……そう。じゃあ、お願いしようかな……」



 臆面もなくハッキリと言われてしまえば、他に返せる言葉なんて何もなかった。こいつ、言ってて恥ずかしくなるようなことでもサラッと言えちゃうのすごいよなぁ。


 なんて思ってると、相変わらず涼しい顔をしたヴァージャがすぐ目の前まで歩いてきたかと思いきや、そのまま軽く身を屈めてきた。何をするのかと大人しく様子を窺っていたものの、問答無用に肩を掴まれ身を詰められたところで思わず手が出た。腹も立たないくらいの整い過ぎた顔面に片手をあてて力いっぱい押し返す。



「待て、何する気だ」

「大人しくしていろ」

「できるか!! 一回離れ――」



 そういう欲求は持ち合わせていないって言ってたのは覚えてるけど、これは何となくマズいだろ、この距離はアレだって、キスするみたいじゃん。やめろやめろ、違うにしてもちょっと待て。



「あ、あの……お食事、お持ちしました……けど……」



 何とか押し返そうと奮闘していると、あろうことか部屋の出入り口から第三者の声が聞こえてきた。ヴァージャとほぼ同時にそちらを見遣ると、入り口の方で一人の女性店員が顔を真っ赤にして佇んでいる。食事の乗ったカートと共に。


 程なく、彼女は慌てて頭を下げて逃げるように走り去ってしまった。何をどう誤解したのかは――……考えたくない。


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