青々とした太古の昔・2
二人を追っていくと、やがて森の外に出た。森を出て五分ほど歩いた先には、藁で造られたいかにもな――恐らくは家々が見えてくる。
やっぱり、ここはきっと大昔の世界なんだ。今のご時世、こんな藁の家が平地にあるだなんて聞いたことがない。すごいな、いったいいつの時代なんだろう。
爺さんと女の子に勝手について村らしき場所に足を踏み入れると、村人たちもみんな民族衣装に身を包んでいる。誰も彼もが、空から降ってくる雨に大喜びで踊り回っていた。そんなふうに喜びを全身で表現している姿を見ていると、まったく無関係のこっちまで異様に嬉しくなってくる。
雨雲は空全体を覆い尽くし、干からびた大地を次々に湿らせていく。まさに恵みの雨だ。
それから様々に場面が移り変わり、わかったのは――この村の人間たちはヴァージャを「翼の君」と呼んで崇めていること。そして、ヴァージャも村人たちのことを静かに見守っていること。時折開かれる祭りらしき雰囲気の時は、ヴァージャも森から出てきて楽しそうな彼らの姿を優しい目で見つめていた。相変わらず巨大なドラゴンの姿で。
「翼の君、私たちは親愛の情を込めてあなた様に“ヴァージャ”という名を贈ります。それは私たちのコトバで青々と茂る広大な森、草木の緑を表すものです。緑は森と共に生きる私たちにとってなくてはならないもの、緑の息吹を感じられる神聖なコトバなのです」
最初に見つけた少女が、その巨大な体躯に寄り添ってそんな言葉をかけた。
……へえ、ヴァージャって人間から与えられた名前だったんだ。それをずっと変わらず名乗ってるってことは、この時代の人たちのことを今でも大事に想ってるんだろうな。
ふと急に場面が切り替わり、藁だった家々は石と土で造られたものへと変わった。少し先の時代に進んだんだろう。次々に移り変わる場面を見ていると、ちょっとしたお芝居でも見ているような気分だ。
村まで降りてきただろうヴァージャの正面には、大勢の村人たちと村長らしき爺さん。それと、少しばかり着飾った一人の女の子がいた。黒髪を後ろの低い位置で三つ編みに結い、キッチリとしたよそ行きっぽい白の服に身を包んで頭を下げている。
「ヴァージャ様、私たちは“
これを昔の出来事って決めつけていいのかは微妙だけど、色々考えてたんだなぁ。ちょっと面倒くさそうではあるけど、それでもヴァージャとの関係を良好な状態で保ちたかったんだろうな。
また更に場面が変わると、今度は更に文明が進んで村は街ほどの規模になっていた。家屋も土や岩のところはまだ結構残ってるものの、半分以上が木の家に替わっている。気になったのは、これまでは普通に青々と生い茂っていた森が縮小したように見えることだ。家を作るために木々を伐採しているせいだろうな。
なんて思ってると、ちょうど近くの家から一人の女の子が飛び出してきた。アンより少し大人の……うーん、十六歳、十七歳くらいかな。彼女は目元を真っ赤に腫らして、家のすぐ横にうずくまってさめざめと泣き出してしまった。なんだなんだ、いったいどうしたんだよ。
どうせ向こうからはオレの姿なんて見えやしないのに、慌てて隣に屈んでその様子を窺ってしまった。すると、一拍ほど遅れて同じ家の中から厳ついおっさんが出てくる。
「これ! 待たぬか!」
「どうしてわたしなの!? なんでなのよ!? わたしはただ、アディと一緒になりたいだけなのに!」
「駄目だ! 駄目なものは駄目だ!」
娘の結婚話かよ。この様子だと彼女には意中の男がいるけど、親がその男との関係を許してくれない……みたいな感じか? 男親って娘のことになると猫の額も真っ青なくらい心が狭くなるからな。……オレだって、もしアンが明日にでも変な男を連れてきたら思い切りぶん殴っちまいそうだけど、男の方を。
「わかってくれ、お前は永久の神子なんだ。神に嫁ぐのは当然だろう、他の男との結婚なぞ認めないからな」
――ん? え、なに?
おっさんの言葉に意識を引き戻すと、その言葉を頭の中で反芻する。永久の神子って、人間と神との関係が良好なものであるようにっていう願掛けみたいなものだろ? なんで神子が神さまのお嫁さんってことになってるんだ? ……あ、また場面が変わっていく。
「……私にはそういったものは必要ないといつも言っている。人は人と結ばれるのが自然の摂理だ、その子の自由にさせてあげなさい」
「どうか、そのようなことを仰らずに! いつもヴァージャ様には感謝しているのです、うちの娘をどうぞお好きなように……親の私が言うのもアレですが、なかなかの美人でしょう?」
「娘を連れて帰れ、我が子を物のように扱うな」
あ、ヴァージャが人型になってる。これがいつの時代かはわからないけど、姿かたちは昔からまったく変わってないんだな。住処もずっと森の中みたいだし。
っていうか、めっちゃキレてんじゃん。メチャクチャ腹立ってんじゃん。そりゃそうだよな、必要ないって言ってるのに「うちの娘を嫁に」って言われてるようなものなんだから。それも、娘さんは全然嬉しそうじゃないし。
「……え?」
次に場面が変わると、ここは本当にさっきの森なのかと疑うような光景が目の前に広がっていた。森は炎の海と化し、辺りには数え切れないほどの人間たちが倒れている。手には槍だの弓だの、様々な武器を持ったまま。澄んでいたはずの小川は、今や人の血で不気味に染まっていた。思わずゾッとしてしまうくらいに。
「コ、ロセ……神、を、殺せ……ぇ……ッ」
「アレが生きている、限り……我々は、娘を捧げ、なくては……」
「殺せ、殺すのだ……」
辺りに転がる者たちは、うわ言のようにそんな言葉を呟く。
……なんで。ヴァージャは娘さんたちを捧げろなんて一言も言ってないじゃないか。人間たちが永い歴史の中で永久の神子の存在をねじ曲げて、勝手にそこに意味を持たせて、望んでもいないことを押し付けて。その行き着く先が、ヴァージャが悪いから殺せだなんて、あんまりだ。
「神さまなんていらない! わたしは普通の幸せがほしかっただけなのに! 神なんてものが、あんたがいるから!」
「……」
「俺たちの、人間たちの幸せのために死んでくれ!!」
森の最奥を見てみれば、さっきの娘さんと見知らぬ男がヴァージャに槍を向けていた。恐らく、あの男が彼女の想い人だろう。対するヴァージャは身構えることなく、どこか悲しそうな目で二人を見据えていた。
* * *
身体を揺さぶられる感覚に目を開けると、焦点の定まらない視界にはぼんやりとヴァージャの姿が映り込んだ。何となく切羽詰まったような顔をしてる……気がした。この天井には覚えがある、ここは孤児院の……ベッドの上かな。
「リーヴェ、大丈夫か? ひどく
「……あれ、戻ってきたんだ」
「……? 戻って……?」
「ああ、いや、何でもない」
どうやら無事に戻ってこれたみたいだけど、今はヴァージャの顔をあまり見たくなかった。ついつい涙腺が弛んで、情けなく泣いてしまいそうだったから。
人間って生き物は勝手すぎる。
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