青々とした太古の昔・1
目を開けると、どうしたことか見覚えのない森の中にいた。
右を見ても左を見ても辺り一面木々に覆われた森の中、傍には小川が流れていてひとつの濁りもない水が止まることなく流れ続けている。
……えっと、オレはいったいどうしたんだっけ。なんで、こんなところにいるんだ?
ここに至るまでの経緯を思い返そうとしても、頭の中にぼんやりとモヤがかかっているようでまったく思い出せない。しばらくそうしていると、ふと森の奥から人がやってくるのに気づいた。
「……? あれは……」
程なくして、腰の曲がった爺さんと長い髪を左右ふたつのおさげに結った少女が歩いてきた。けど、どちらも独特のいかにも民族衣装らしきものに身を包んでいて、スターブルの街周辺では見かけない装いだった。それこそ、こうした森の中に隠れ住んでいる一族みたいな雰囲気が漂っている。
軽やかな足取りで弾むように歩いてくる少女は傍らの爺さんと楽しそうに話をしていて、オレのことなんて眼中にもないようだった。二人の目の前に出て声をかけてみようとした時――不意に、彼らの身がオレの身体をすり抜けた。
「……え? なにこれ……」
……どうやら、眼中にないというよりは単純に見えていないだけらしい。試しに近くの木に触ってみようとしたけど、やっぱり触れることはできずにするりとすり抜けるだけ。なんだ、オレはいったいどうしちまったんだ。
「……小川はあるけど、まさか三途の川とは言わないよな。オレ、本当にどうしたんだっけ……」
とにかく、こうしてても仕方ない。他にできることもなさそうだし、さっきの爺さんと女の子を追いかけてみよう。まずは、ここがどこなのか現在地を確かめないとな。
爺さんと女の子が歩いていった方を駆けていくと、思っていたよりも早くその姿を見つけることができた。どうやら森の最奥に向かう途中で、さっきすり抜けた場所はもう最奥の手前だったらしい。二人は森の奥地で、何かを仰ぎ見ていた。何を見ているのかとその視線を追ってみて、思わず身構えてしまう。
「……! ヴァ、ヴァージャ……!?」
いつかの時に見た、あの馬鹿デカい身体を持ったドラゴンが――ヴァージャがいたからだ。見事な緑色の鱗に覆われたその身は、間違いない。理性を失って暴れていた竜の姿のヴァージャだった。この姿は一度見たらそうそう忘れられるものじゃない。
「……あれ、目の色が……」
あの時と違って、その瞳はいつもと変わらない穏やかな黄金色をしている。確か暴れ回ってた時や洞窟でいきなり襲ってきた時は血のように真っ赤な目をしていた……気がする。それに、暴れ出すようなこともなく、今のヴァージャはひどく落ち着いていた。鱗に覆われた長い尾をゆったりと揺らして、自分を見上げる爺さんと女の子を見下ろしている。すると、少女は胸の前で手を合わせて必死に声を上げた。
「翼の君、翼の君。どうかお願いです、雨を降らせてください。今年はずっと日照りが続いていて、作物が駄目になってしまいそうなの」
少女がそう懇願すると、ヴァージャはゆったりとした動きで天を仰ぐ。それから間もなく、深い森の中であるにもかかわらず、ぽつりぽつりと天から雨粒が降ってきた。それを見るなり、爺さんも少女も跳びはねんばかりに大喜びをして、深々とヴァージャに頭を下げる。そして、先ほど辿ってきた道を今度は大急ぎで戻り始めた。その顔に嬉しそうな笑みを浮かべながら。
相変わらずオレの姿は見えないようで、二人はまたオレの身体を真正面からすり抜けて突っ切っていった。
改めてヴァージャを見てみると、やはり暴れ出すようなこともなく落ち着いている。眠そうに大きな欠伸なんて洩らしてるくらいだ。大きな両翼を折りたたんで腹這いになったかと思いきや、そのまま目を閉じて寝息なんぞ立て始めた。ヴァージャでさえ、今のオレには気付いていないようだった。
「これってもしかして……」
ただの夢っていう可能性も否定はできないんだけど、これはもしかして、もしかしなくても――ヴァージャの昔の記憶か何かなんじゃないだろうか。まだ神さまとして人々から崇められていた時の。
……そういえば、ヴァージャと過ごすようになってそれなりに経つけど、オレってあいつのことほとんど何も知らないんだよな。もしこれがヴァージャの過去の記憶なら、いい機会かもしれない。
取り敢えず、このヴァージャらしきドラゴンは惰眠を貪り始めちまったし、さっきの爺さんと女の子を追ってみよう。何かわかることがあるかもしれない。
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