うまい話には大体裏がある
ウラノスは、もうずっとこの辺りを統治してきたし、色々なクランに挑まれても決して負けることのない実力のあるクランだ。そんな彼らが負ける姿なんて、誰も想像できない。
統治だの支配だの言っても彼らは決して横暴ではなく、いつだってその地に住まう者たちに寄り添ってきた。サンセール団長をはじめとしたクランメンバーは定期的にあちこちの街や村に足を運び、住んでいる人たちが少しでも暮らしやすいように「何か困っていることはないか」と聞きに行く。ウラノスは名実ともに、立派なクランなんだ。彼らに不満を抱く者なんてほとんどいなかった。
けど、今回は状況が悪すぎた。
絶対的な強さを誇る団長が不在で、畳みかけるように連戦した後。
更に最悪だったのは、敵対するウロボロスのリーダーのマックが
誰もが信じられなかった、信じたくなかった。
固い地面に倒れ込んだまま起き上がれないウラノスのメンバーたちを見ても、高笑いを上げるマックに頭を踏みつけられて倒れ伏すエレナさんを見ても。
目の前の光景が信じられなかった。
突出するマック、ティラ、他の近接戦闘を得意とする前衛たちをロンプとヘクセ、他のメンバーが魔術と法術で援護。これが彼らの主な戦法らしい。
領地戦争は基本的に大将を仕留めれば勝ちだ。だから、彼らの攻撃は全て現在のウラノスの責任者であるエレナさん一人に絞られた。
前衛を辛うじていなすことはできても、即座に魔術での援護が飛んでくるし、攻撃を叩き込めば賺さず法術で防壁を張られる。幾重にも重ねてかけられた防壁の法術は、ウラノス側の魔術はもちろんのこと、エレナさんの剣撃さえまったく通さなかった。
マックは地面に倒れたエレナさんの側頭部を靴の裏でグリグリと踏みつけ、高らかに笑い声を上げる。
「あ~あ、あのお強いエレナ様がこんな惨めな姿を晒しちまってよぉ! どれだけ腕に覚えがあろうと、
「卑怯だぞマック、てめぇ!」
「そうよ! サンセールさんがいないだけじゃなく、連戦後にだなんて……こんなの認められないわ! ここの土地はウラノスのものよ!」
「ハハッ、クズ共が何をどう騒ごうがこれは領地戦争だ。挑んで、受け入れて、負けりゃ土地を明け渡す――そういう決まりだろうが。今日からは俺がココのルールだ、従わねぇってんなら始末するまでだが、それでもいいんだな?」
当然ながら、状況を見守っていた野次馬たちは認められないと頻りに声を上げたが、マックが大剣を持って近付いてくると彼らも何も言えなかった。この世界では、基本的に土地の支配者がルールだ。支配者が許可すれば傷害や殺人だって罪にならない。
自分に従わないなら始末する――それはつまり、殺すということ。
「け、けどよぅ、団長さんが不在の時に……!」
「これはわたしたちの勝利によってたった今決まったことよ。逆らう者は容赦なく処罰の対象になりますから、大人しく言うことを聞いた方がいいわ」
大剣を片手ににじり寄ってくるマックの後ろからは、ティラが当たり前のようにそんな言葉を続けた。ほんの少し前までは普通に顔を突き合わせて、普通に言葉を交わして、普通に一緒にいたのに――わずか数日でこうも立場も関係も変わってしまうものなのか。
「へへっ、どうなることかと思ったけどやっぱりマックはスゲェな!」
「俺たちも今日からこの辺りの支配者なんだろ? 最高だぜ!」
すると、ウラノスに連戦を仕掛けて叩き伏せられた他のクランの面々が立ち上がってそんなことを言い始めた。こいつらがエレナさんたちを疲弊させなけりゃ勝負の行方なんてわからなかったはずなのに、非常に憎たらしい。……それが作戦と言えばそれまでだけど。
でも、そんな連中の昂揚感をぶち壊すのもまたウロボロスの連中だった。ヘクセは彼らを振り返ると、ゴミでも見るような目をしながらうっすらと笑う。
「何を寝言をほざいてますの? この辺り一帯の土地は全てわたくしたちウロボロスのもの、あなたたちのような底辺に支配権なんてありませんわよ」
「な……っ!? そんなわけあるか! 俺たちはマックに仲間にならないかって誘われて今回の作戦に乗ったんだぞ!?」
「いやですわ、正式にウロボロスに招待されたわけではなく、あくまでも協力者風情が何をどう勘違いしたらそんなお考えになるのかしら。これだから底辺は理解がなくて困りますわ」
「きゃはははっ! バッカでぇ!!」
ヘクセとロンプの、その口を挟む暇もないほどの口撃に他のクランの連中は、すっかり愕然として勢いを失ってしまった。あーあ、うまい話には裏があるってよく言うだろ、それだよ、それ。
マックはそんな連中に一瞥を向けると、ひとつ鼻で笑ってから大剣を肩に担いだ。
「手始めに、この街にあるオンボロ孤児院を撤去する。才能に貧しいクズどもが集まるあんな場所、俺が治める土地には相応しくないんでね」
「んな……ッ!」
「そこのお嬢ちゃん。学校に入りたかったそうだが無駄なことはやめておけ、底辺のクズに育てられたガキなんかを入れる枠がもったいなさ過ぎるからなァ。学校ってのは優秀な人間に育てられた優秀な子供が通う場所だ」
オンボロ孤児院ってのは、間違いなくオレの職場だ。あそこがなくなっちまったら孤児たちはどうやって生きていけばいいってんだ。
――横暴だ、いくらなんでも横暴過ぎる。アンが学校に入るためにどれだけ頑張って勉強してきたことか。みんな、親がいないなりに身を寄せ合って生きてきたのに。
「そんな……だって、あたし……たくさん勉強、して……」
「お涙頂戴はヨソでやってくれるぅ? こちとら底辺のガキに構ってやるだけの無駄な時間はないの、無駄な時間は、な?」
「――っ! なによ、あんたなんか……っあんたなんかあああぁ!!」
さっきまで不安に震えていたアンは、今や抑え難い憤りでその身を震わせている。あろうことか、固く拳を握って感情のままマックに飛びかかった。慌てて手を伸ばすけど、それよりも先にアンの身体が手元をすり抜けていく。
「待てアン、やめろ!!」
「天才様に逆らうやつがどうなるか、お嬢ちゃんを使って教えてやるよ!!」
マックはそう声を張り上げながら、利き手に持つ大剣を思い切り振り上げた。
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