行方不明の自称神
どこをどう走ったのかも、ほとんど覚えていない。
普段は少しうるさくも感じる街の喧騒もどこか遠くて、ただがむしゃらに走った。目的地なんて特にない。
今は立ち止まったらどうにかなってしまいそうだった。胸の真ん中、その深い部分が痛い。砕けてしまいそうだった。
『思ってたのとは少し違う感じになったけど、大丈夫。リーヴェは崖下に落ちたわ』
思い出したくもないのに、頭は勝手につい今し方聞いたばかりの声を再生する。
ティラのその声と言葉が頭の中に木霊して、情けないながら視界がぼやけた。目頭が熱くなって、そこでようやく足を止めた。心臓が破裂しそうなくらい大きく脈打って、喉が焼けるような錯覚に陥る。視界が狭まると同時にどっと全身から汗が噴き出してきた。
近くの建物に片腕を添え、軽く項垂れながら上がった呼吸を整えることにした。
「は……ッ、はぁ……」
――考えたくない、信じたくない。
あのティラが、あんなにも優しかった彼女が、事故に見せかけてオレを殺そうとしただなんて。
心は必死に否定するけど、頭はこれが現実だとばかりにさっき見た光景と耳にした会話を改めて再生し始める。思い出したくもないのに。
ティラはマックに言い寄られたから、オレが邪魔になったんだろう。
考えたくない、そんなふうに思いたくないけど、恐らくこれが真実だ。
頭がそれを理解すると、ぶわりと改めて目から水が出てきた。それは異様に熱くて、まるで熱湯のようだった。
この世界は、力と才能が絶対だ。力と才能さえあれば、人も金も何もかも勝手に集まってくる。
何をやらせても完璧な
無能は他の三つのクラスと違って、どれだけ努力したって何ひとつ身につかない。そんなの信じたくなくて、オレだって昔は色々と努力したものだ。でも無駄だった、ひとつも身につかなかった。それでガキの頃に親からも捨てられて天涯孤独。笑っちまうな、笑っちまうよ、笑うしかないんだよ。
「(……ティラは名声だとか
けど、ティラも女の子だからな。そりゃ、無能の子供を産むよりは天才の子供を産みたいだろうさ。生まれてくる子供がどういう才能を持つかはわからないけど、より優秀な遺伝子をほしがるのは別におかしいことじゃない。むしろ当たり前のことなんだ。
……でも、そうだとわかってても、やっぱりショックだよ。相手はあのマックだし。
「(……待てよ、あのやり取りから察するにオレは昨夜死んだことになってるんだよな。もしかして、見つかったらヤバい……?)」
ティラもマックも、オレが崖下に落ちて死んだと思ってるんだろう。それなのに生きてるってなったら、今度こそ事故に見せかけて殺されるかもしれない。
だけど、なんかもう生きる気力が半分はなくなってる。
信じてた彼女に裏切られて、オレは今日からいったい何を支えに生きていけばいいんだ。むしろティラの幸せのためなら、オレなんてこのまま死んでしまう方がいいんじゃ……。
「――キャアアアァ! バケモノぉぉ!!」
「ドラゴンだ、ドラゴンが出たぞ! ハンターたちを呼べ! 退治させるんだ!」
――前言撤回、やっぱり死にたくない。
不意に一瞬、影がかかる。慌てて空を見上げると巨大なドラゴンの怪物が街の上空を滑空していた。風を切る音がまるで唸り声のようで、思わず全身が竦み上がりそうになった。その身の丈はどれほどのものか。
「まだ夜じゃないのに、なんで……くそッ!」
とにかく、ここにいたら命がいくつあっても足りそうにない。街の連中が既に腕利きのハンターを呼びに行ってるだろうし、避難が先だ。家の中も安全とは思えないから、あの自称神を連れて安全圏まで避難しよう。
そう思い立つなり、全力疾走したことで随分と重くなった足を無理矢理に動かして自宅までの道を走った。あのドラゴンの怪物は今まで人を襲うことはなかったみたいだけど、だから大丈夫だなんて楽観視はできない。油断はロクでもない結果を招くものだ。
行き着いた自宅の玄関戸を蹴破る勢いで押し開くと、慌てて寝台に飛び込んで声を上げた。
「おい、神さま! 起きろ! 外が――……って、あれ?」
さっき家を出る前は確かにベッドで寝ていたはずの自称神の姿が、どこにもない。掛け布団だけが床に落ちている。他の部屋も見てみるけど、家の中のどこにもいなかった。
「嘘だろ……外はあんなヤバそうなドラゴンが飛んでるってのに……どこ行っちまったんだよ!」
名前すら知らないやつだけど、それでも目を離した隙にふらりと出て行ってドラゴンにやられました、なんてことになったら夢見が悪いなんてもんじゃない。
走り回り過ぎて重くなった足を叱咤しながら、慌てて家を飛び出す。街の中はドラゴンの存在で既に大騒ぎになっていた。あちらこちらから悲鳴が上がり、我先にと住民たちが街の北側へと走っていく。
オレも避難したいんだけど、やっぱりあの男を放ってはおけないわけで。見つかるかどうかはわからないけど、あの自称神の男を探すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます