かわいい恋人の裏の顔は

 翌日、いつものように自宅の寝室で目を覚ましたオレは、これまたいつものように爽やかな朝を――……迎えられなかった。



「――!?」



 少し寝苦しいなと思って隣を見てみたら、あろうことか昨夜のあの自称神がちゃっかり人の横で気持ちよさそうに寝てやがった。つまり同じベッドで。何が悲しくて男と一緒に同じベッドで寝て朝を迎えなきゃならないんだ。


 半ばベッドから転げ落ちるような形で抜け出ると、片手を心臓の辺りに添える。お陰で眠気は一瞬で吹き飛んだけど、こいつは本当に何を考えてるんだ。



「(……女の子だったら大喜びなのかな、こういうの)」



 同性から見ても、この男……あ、そういえば名前聞くの忘れた。自称神でいいか。こいつ、本当にイケメンだなぁ。

 怪我をしたらしい腕もすっかり痛みは引いてるし、包帯もちゃんと綺麗に巻かれてるし、洞窟からここまで運んでくれたってことは多分体力だって人並み以上にあるんだろう。オマケにこんなとびきりのイケメンだなんて、次第ではあちこち引っ張りだこだろうに。


 わりと派手に転げ落ちたけど、どうやらぐっすり寝てるみたいだな。起きる気配は……なさそうだ。余程疲れてるんだろうか。



「(……まだ起きそうにないならよかった、ティラが無事だったか気になるし……ちょっと様子を見てこよう。無事だといいんだけど……)」



 ティラが咄嗟に崖の上で後退するのだけは見えたけど、問題はあの崖下から突進してきた噂のドラゴンの怪物がどうしたか、だ。ティラはオレなんかよりもずっと強いからそう簡単にやられることはない、はず。でも大事な彼女の安否が気がかりなのは当然だ。


 昨日のあの感じだと起きたらまた色々と面倒なことになりそうだから、今のうちに用を済ませてきた方がいいだろう。



 * * *



 オレが住んでるこのスターブルの街は、それほど大きくはなく、村が少しグレードアップした程度の規模しかない。

 それでも中央通りの商店街は賑わっているし、夜になれば仕事帰りの酔っ払い連中が飲んだくれる酒場は大盛況だ。この世界は何かと面倒なことが多いから、ある一定の基準を満たせない者は立ち入りさえ禁じられている場所もあると聞いたことがある。


 けど、この地方ではそんなことはなく、誰でも住むことも立ち入ることもできる。その点ではわりと理想的な場所だと思うし、恵まれているとも思う。それに、ティラみたいな女性と出逢えたことはオレにとって何よりも幸運なことだった。


 彼女のためにできることなんてほとんど何もないに等しいけど、それでもティラは『リーヴェの傍にいると力が湧いてくる気がするの』なんて嬉しいことを言ってくれる。何より愛しい彼女だ。



 商店街を通り過ぎて、そのまま酒場や宿が建ち並ぶ一角に足を向けると、ふと耳慣れた声と共に聴きたくない声が聞こえてきた。思わず足を止めて、近くの家屋にそっと背中を預ける。顔だけ覗かせて先を見てみれば、そこにはティラと――マックがいた。


 マックは何をやらせても完璧にこなす天才ゲニーと呼ばれる者の一人だ。あらゆる才能に恵まれていて、武術、魔術、法術、何だってできる。まさに誰もが羨むような才能の塊――それこそが天才ゲニーで、マックという男なんだ。

 そんなマックが、どうしてティラと……。



「ティラ、どうなった?」

「思ってたのとは少し違う感じになったけど、大丈夫。リーヴェは崖下に落ちたわ」

「そうか、あの野郎じゃ間違っても助からねぇな。それで? 落としたって言う指輪は?」

「ここにあるわ、自分でもなかなかの演技だったと思うのよね。あとで質に入れようと思って。結構な額にはなりそうだと思わない?」



 ぞわりと、背筋に冷たいものが伝った。

 聞かない方がいいと頭の片隅では思うのに、自分の意思に反して身体は一向に動いてくれない。

 ティラが――あのティラが、オレが知らないような顔でマックと話している。それも、聞き捨てならないような内容を。


 昨夜オレが探していた指輪は、あろうことかティラの手の上にあった。軽い眩暈を覚えて、背中を預けた家屋の壁に寄りかかって目を伏せる。そうでもしないと倒れてしまいそうだった。



「お前も悪い女だよなぁ、ティラ。婚約者を事故に見せかけて殺そうなんてさ」

「だって……わたし、あなたみたいな人に見初めてもらえるなんて思ってなかったんだもの……リーヴェはわたしにベタ惚れだったし、きっと許してくれるわ。優しくていい人だったけど……女って、優しいだけじゃ物足りないの。やっぱりあなたみたいに刺激的な人じゃなきゃ」



 次々に聞こえてくる会話に、妙なくらい喉が渇いた。腹の中に大きめの石でも詰め込まれたみたいに満足に呼吸さえできない。心音が速まり、全身から嫌な汗がどっと噴き出してくるのに異様に寒かった。


 この世界で恋人を、伴侶を選ぶ時は――やっぱり重視されるのは強さだとか力だとか、才能で。マックのような天才を選ぶ方が心証もいいし、周りから一目置かれる存在になれる。

 ティラはそんなものとは無縁だと、そう思っていたのに。


 それ以上聞きたくなくて、情けないことにオレはその場から逃げ出すように立ち去った。それくらいしか他にできることがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る