最悪の鉢合わせ
右や左とけたたましい悲鳴が響くスターブルの街中を、スラリと伸びた背の高いイケメンを探して走り回る。あまり見かけない綺麗な緑色の髪だ、見ればすぐにわかる。
居住区、商店街、オレの勤め先の孤児院にも行ってみたけど見つからない。ただ、孤児院の連中は既に避難した後だったらしくもぬけの殻になっていた。それだけがせめてもの救いだ。問題はあの男だけど、これ以上どこを探せば……。
「……まさか、興味本位でドラゴンを見に行ってるわけじゃないだろうな……」
ないとは思う。さすがにないとは思うんだけど。
でも、街の中で探してない場所というと、あとは北にある館くらいのもので。多分、街のみんなはあの館を避難所にしてるんだろう。どうせあとから行くんだし、避難所は最後でいい。今は思いつく限りの場所を探してみるだけだ。
確か、ドラゴンは昨夜の洞窟の方に飛んでいったはず……となると、避難所とは真逆だ。あの洞窟はスターブルの南側に位置している。街からほとんど距離がないから、そう時間もかからずに行けるはずだ。どうせ遠くから確認しに行くだけだし。
洞窟まで確認して、それでも見つからなかったら一度避難所に行こう。もしかしたら、とっくに避難所でのんびりしてるかもしれない。本当にそうだったらぶん殴ってやろう。
* * *
街を出て道なりに南下していくと、昨夜も訪れた洞窟が見えてくる。昼間と夜とじゃ洞窟の雰囲気も全然違う。昨夜は何となく不気味な雰囲気が漂っていた洞窟は、まだ陽も高い時間帯だからかただの洞穴のようだった。
とは言っても、魔物が出る時は出るから注意しておかないと……この辺りの魔物に効く聖水は常に持ち歩いてるけど、数に限りがある。あまりぶちまけてるとなくなって、最悪な展開になるなんてことも……。
「……ん?」
中に入ろうとした時、不意にわりと間近から声が聞こえた。ドラゴンを退治しにきたハンターかと覗いてみて、即座に後悔した。
何でって、そっと覗いた先に当のハンターたちがいたからだよ。それも思ってたよりもずっと近くに。もっと言うなら、今一番会いたくない――且つ、会っちゃいけないやつが。オマケに目もガッツリ合っちまってる。
……そう。マックの野郎と。
「……おい、なんでこんなところにテメェがいやがるんだ? なぁ、無能野郎よぉ」
「あら、無能さん。事故に遭われて生死不明と窺いましたけれどご無事でしたの? よかったですわねティラ、まだマックとのことは気が早いのではなくて?」
「そ、そう……リーヴェ、無事……だったんだ、……安心したわ」
マックの傍にはティラと、他に三人の女がいた。彼女たちはマックがリーダーを務めるクラン……所謂グループみたいな集まりのメンバーだ。仲間のように見えるけど、彼女たちは
その中の一人がにっこりと微笑みながら早速ティラに釘を刺した。彼女はヘクセという一見おっとりした淑女に見えるけど、実際は笑顔で猛毒を吐き散らかす毒舌女だ。
けど、今のオレには人のことをどうこう言うような余裕はないわけで。気まずそうなティラの様子に、先ほど盗み聞きしてしまった話が嘘や冗談の類ではないことを理解した。彼女は本気でオレを事故に見せかけて殺すつもりだったんだ。
「まあ、この無能野郎でもバケモノの餌くらいにはなるだろ。こいつを餌にあのバケモノを誘き出すぞ」
「そうですわね、無能なんて他に使い道もありませんし少しくらいは人様の役に立っていただきましょうか」
――あのバケモノって、つまりはさっき見たあのバカでかいドラゴンのことだろ? 冗談じゃない、誰が餌になんてなるか。
って言ってやりたいけど、やりたいんだけど。生憎、オレにはこいつらに歯向かうだけの力なんてないわけで。できることと言えば命乞いと……
「待ちやがれ!!」
それが嫌なら、さっさと逃げるしかない。
マックの怒声を背中に受けながらとにかく来た森を全速力で戻る。身体能力だって向こうの方がずっと高い、少しでも振り返れば早々に追いつかれる。ただでさえさっき走ったばかりで足はとっくに限界なのに。
「くくッ、追いかけっこがしてえなら付き合ってやるよ! ヴォ・ラーレ!」
「――!?」
追いかけてくるマックの声は、想像していたよりもずっと近くから聞こえてきた。それだけでなく、次にあの野郎は無詠唱で魔術なんか撃ってきやがった。魔力の塊を飛び道具のように飛ばしてくる初歩的も初歩的、誰でも簡単に習得できる魔術だ。オレには使えないけど。
背中側から勢いよく飛んでくるそれは、見事にオレの足と肩を掠めた。それはもう腹が立つくらいに。思わず力が抜けて、満足に受け身をとることもできずに転倒してしまった。傷は――結構深そうだ。この野郎、餌にするってつまりオレを殺して遺体を食わせるつもりか。
「(……無能を殺しても、罪に問われることなんかほとんどないもんな)」
振り返ってみると、マックがすぐ後ろに立っていた。その後方には同じく追いかけてきたティラとヘクセの姿も見える。ティラは複雑な表情を浮かべて、ヘクセはそれはそれは楽しそうに笑って。
ちょっと見て戻るつもりだったのに、何でこんなことになったんだか……くそッ、想像以上にヤバいだろ、この状況は。マックにやられるくらいならドラゴンに喰われる方がずっとマシだ。
なんて考えてると、その心を読んだかのようにマックがニヤニヤと笑いながら背負う大剣を鞘から引き抜いた。逃げようにも足をやられちまった以上、なかなかそうもいかない。更に最悪なことに、逃げるのに必死で道を間違えたらしい。軽く尻で後退した先は、茂みのせいでよく見えなかったけど崖になっているようだった。崖、また崖かよ。
「もう逃げらんねぇな、無能野郎。前々からテメェが気に入らなかったんだ、なんでこの俺様が無能なんかと同じ空気を吸わなけりゃならねぇってんだ? 街中で手ェ出しゃウラノスの連中がくだらねぇ正義感丸出しに騒ぎやがる。だが、連中の目がない場所でなら……魔物に襲われて、ってことでカタがつくからなぁ?」
「(よりにもよってマックのやつに……これなら昨夜大人しく死んどいた方がよかった、それならティラの裏の顔なんて知らずに済んだのに……)」
けど、そんな時だった。まるで地震が起きる前触れみたいに弱い震動を感じたかと思いきや、次の瞬間には大気が怯えるように激しく揺れる。どうしたのかと辺りを見回してみると、背後にあった崖の下から――あの巨大なドラゴンが勢いよく飛び出てきた。
「んな……ッ!?」
「グワアアアアアァッ!!」
それにはさすがのマックも予想外だったらしく、驚いたように目を見開くと咄嗟に後方に飛び退く。大地を揺るがすほどの咆哮を上げたドラゴンは、そんなマックの様子に構うことなく宙で身を反転。
そうして、長く巨大な尾を俺たちがいる地面へと思い切り叩きつけた。
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