第2話 あなたにお化粧を


「おまえの手は不思議だねぇ、本当にきれいだねぇ」


 お母さんは、いつもそう言ってにこにこ笑う。

 不思議だね、すごいね、きれいだねって。


「おまえは昔から手先が器用だったから、それでお化粧もうまいのかもねぇ」


 化粧水と乳液を塗ったお母さんの肌に、パフを優しくあてていく。

 すると、お母さんの顔はファンデーションの色に染まっていった。元の肌色より、ほんの少し明るめのオークル。お母さんはこの色が気に入っているらしい。

 ポンポンとパフでファンデーションを乗せたら、次はアイシャドウ。


「派手なのはイヤよ」

「ブラウンならいいでしょ?」

「いいねぇ、いいねぇ」


 少し明るめのブラウンをチップに取り、目を伏せたお母さんのまぶたに色を乗せていく。次にダークブラウンのアイラインを引いて、目元の仕上げはクリアのマスカラ。

 本当は色がついている方がいいのに、お母さんはイヤだと言う。


「だってお母さん汗っかきだから、パンダになっちゃうじゃない」


 だから汗水に強いウォータープルーフがあるのに。

 そう言っても、お母さんは「透明なやつがいい」と言って聞かなかった。ビューラーでまつげを上げてクルンとした毛先は、お母さんのひそかなお気に入りだ。


 ほんのり色づく程度のルージュを唇に塗って、仕上げに真っ白のアイシャドウを顔の至るところにちょこんと散らす。

 こうすると、顔に光が出て透明感が出るんだって何かの本で読んだ。


 出来上がった自分の顔を鏡で見て、お母さんは軽く右や左を向きながらその出来栄えを確認する。この時の、お母さんの満足そうな顔を見るのが私はとても好きだ。


「やっぱりおまえはお化粧が上手だねぇ、プロでも目指せばいいのに」


 お母さんは、いつも決まってそんなことを言っていた。




 わたしは今日も、お母さんの顔にパフをあてる。

 ポンポンって、押しつけるたびにお母さんの顔にはファンデーションの色が乗っていく。

 いつものようにお母さんの顔に化粧をして、その出来栄えを確認した。


「うん、できたよ。今日のはどうかなぁ、ちょっとうまくいかなかったかも」


 化粧道具を片付けながら、わたしはお母さんに声をかける。

 今日は、いつものように嬉しそうな声も、お褒めの言葉も返らなかった。

 固く唇を引き結んだままお母さんは何も言わない。アイシャドウを塗ってアイラインを引いた目も、ずっと閉じている。

 でも、わたしは怒らない。だって仕方ないんだ。


「お母さん。最後のお化粧、うまくいかなくてごめんね」


 お母さんは昨日、息を引き取ったんだから。

 今までの中で一番きれいにしたかったのに、涙で視界がぼやけてよく見えなくて、何度やっても手が震えてうまくいかなくて。


 「不思議だねぇ、上手だねぇ」と、いつも褒めてくれたこの手で、お母さんに死化粧を施すことになるなんて、昔のわたしはこれっぽっちも思っていなかった。

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