第4話 出会い
驚いて後ろへバランスを崩すが、誰かに支えられる。
そのまま何かをかぶせられ、視界が暗くなる。
「静かに。」
後ろから先程の男性の声がした。振り向くが、私たちを覆う布のせいで顔は見えない。どうやら男性の入っていた布に引き込まれたらしい。
ふと、鳥の足音が聞こえなくなっていることに気がつく。
「異物!異物!」
代わりに鳥の困惑したような声が聞こえる。何がどうなっているのか私にも分からない。
「とりあえず、ここを離れましょう。後ろへ下がります。絶対にここから出ないで下さい。」
男性はそう耳打ちすると身体を反対に向け、鳥とは逆方向の布を持ち上げた。途端に光が入ってくる。眩しくて目を細めた。後ろからは鳥が怒り狂い、激しく地団駄を踏んでいる音が聞こえる。
理屈は分からないが、どうやら私たちの姿は鳥には見えていないらしい。ひとまずこの男性のおかげで危機は免れたようだった。
そのまま私たちは歩調を合わせ、鳥のいない方向へ静かに進み始めた。まだどくどくと波打つ胸に、息を殺しながら光だけを見据えて歩く。次第に鳥の叫び声と地鳴りは遠のいていく。どうにかこのまま逃げ切れそうだ。
「ねぇ、落ち着いてよ。」
少し安堵したその時、後ろ、鳥がいた方角から、凛とした、少し高めの声を聴いたような気がした。
男性もそれに気が付いたのか、一瞬足を止めるが、すぐにまた歩き出す。私も後に続く。その声の主が誰なのかは分からないが、やはり今はここから離れることが先決だろう。
私たちに出来るのは、その人の無事を祈ることだけだった。
「…あれって何なんですか?何で喋るんだ?もし此処について知ってる事があれば、教えて貰ってもいいですか?」
しばらく進んだところで、男性が口を開いた。もう鳥の気配も感じない。逃げ切ったのだろう。
男性は立ち止まり、私たちを覆っていた布を剥ぐ。視界が開け、涼しい空気が身体を包む。
「ごめんなさい、私もそれについては良く分からないです。と言うか私も此処に来たばっかりで。知ってることはお話しますけど」
私はそう答えながら、改めて男性を見た。
背は高く、ガタイがいい。歳は同じぐらいだろうか。真っ直ぐな鼻筋と、切れ長の目が印象的だ。全体的にくっきりとした顔立ちをしている。
手にしている先ほどの布は、何だか古そうな普通の防寒用の毛布に見える。
「その前に、さっきは助けてくれてありがとうございました。」
「あ、いや、魔法学校シリーズ好きで良かったです。」
これ知ってます?と男性は布を自分の腕に巻いた。途端、布が透明に、いや、男性の腕さえも見えなくなってしまう。
どうやら架空の武器でも此処では有効らしい。それにしても、あの場面でとっさに透明マントを思い付いた男性に感嘆する。
「でも、肝心なとこ助けられませんでしたし。怪我大丈夫ですか?」
そう言われて、初めて左腕の傷のことを思い出す。
確認してみると、スーツが裂け赤く染まっている。傷口は上の服を脱がないと確認できそうにない。しかし不思議とあまり痛みは感じなかった。
「いや、大したことはなさそうです。」
そう答えると、男性は傷口を一瞥し、すぐに目を伏せた。
「俺は…アキです。でもそれ以外、苗字もちょっと覚えてなくて。」
彼は布を畳みながらそう言った。予想はしていたが、私と全く同じ状況である。
「私はルカです。私も同じ状況で…。ただ、さっき、あの鳥と会う前に狼と会って」
「狼…!?よく生きてられましたね」
「いや、なんかいい狼?でした。というか、想像したら物体化出来るって教えてくれたのもその狼で。」
うーん、と唸りながらアキと名乗る男性は頬を掻いた。色々と困惑している様子である。
「じゃあその狼はどこに?」
「そういえば助けを呼びにいくって言ってどこかに行っちゃったんですけど…」
「遅くなってしまい、申し訳ありません。」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはいつの間にかあの狼が現れていた。出会った時もそうだったが、ある程度近づくまでなんの気配も感じられない。
「狼も喋るのか…。」
アキは最早呆れたようにそう呟いた。
狼、もとい
「お二人ともご無事で何よりです。あの鳥ももう追って吐きませんので、ご安心を。」
「色々と説明して貰えますか?」
そんな
実を言うと置いて行かれたことを少し根に持っていた。もっとも助かったのも
「…あと、この人怪我してますし。とりあえず手当てしたほうがいいと思うんですけど。」
じろじろと
「すぐそこに社があります。そこで全て説明致します。体を休めることも出来るでしょう。」
こちらです、と月葉はまた木々の中を先導していく。
その姿を訝しげな顔でアキは見ている。どうやらついて行ってもいいものか躊躇っているようだ。
「…とりあえず、行ってみましょう。」
そんなアキにそう声をかけ、私は月葉の後に続いた。
毎回まるで私がどこにいるのか分かっているように現れること。アキの存在を知っていたかのような先程の『お二人』という発言。何より今、助けを呼ぶと言いつつ一人で現れたこと。
月葉は確かに少々怪しい。信用できるかはまだ分からないと思う。しかし、今この状況の手掛かりを持つのはあの狼だけのようにも思えた。
「…そうですね。」
アキもそう考えたのか、短くそう答え歩き始めた。私は左手に持つ銃を、そっと右側のスカートの縁に差し込んだ。
何にせよ、情報が必要だ。
一歩ずつ芝を踏み締めて歩く。
表情の変わらないこの森は、その嫌に明るい光で、なおも私たちを包み込んでいた。
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