《Rue》

「っきたぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

わずかに吹く風と、綺麗な青。

さすがの私でも、少し心躍るような気分になった。

「ねーちゃん!早く海いこうぜ!」

弟、筑波が目をキラキラさせている。

悪いけど、私はそんな軽々と泳ぐつもりで来た訳では無い。


今日は家族で海に来ている。普段から運動を全くしない私を気遣って、外に出るための計画を立ててくれていたらしい。海で泳がないかと提案されたが、断固拒否。私はカラフルなパラソルの下で、ゆっくりジュースでも飲みながら、ゲームを存分に楽しむのが理想だ。早速筑波が水着に着替え始めた。

「ちょっと、凪月!せっかく水着買ったのに、着ないの?」母は何とかして私に泳がせたいみたいだが、その気は全くない。「だから言ったでしょ、私は泳ぐつもりはないの。」そう言って椅子にもたれかかり、バッグからゲームとジュースを取り出した。母は呆れたのか、不安げな表情で隣の椅子に座った。もう筑波は既に着替え終わっていて、海目がけて猛ダッシュしていた。それにしても、とても気持ちがいい。これはゲームがかなり捗りそうだ。私はゲームを起動し、ジュースを一口飲んだ。照りつける太陽に熱せられた体に、冷たいジュースが染み渡る。ふと筑波の様子が気になり、海の方を眺めた。家で膨らませた浮き輪でぷかぷかと浮いている。よし、ゲームをしよう。そう思い、起動したばかりのゲームに目を落とすと、画面が真っ暗になっていた。もう一度起動してみるが、全くつかない。そこで私は気づいた。昨日の夜、ゲームを終えて充電をする前に、寝てしまったのだ。私としたことが……。これでは何もすることがない。私はもう一度海を眺めた。「ん?」何か違和感がある。それは、海の遠くの方にあった。遠すぎて何か分からない。でも、大きくて、高い。もっと近くで見ようと思ったが、日陰からは出たくない。陰のギリギリのところで目を凝らす。「あれは……波?」それはものすごい速さでこちらに迫ってくる。筑波はまだ気がついていない。危ない。私はそう思い、すぐに筑波を呼ぼうと、猛暑の中、走り出した。声が届くか心配だが、生憎筑波はそこまで遠くにいない。私は自分の出せる全力の声で名前を叫んだ。波の音でかき消された。気づいていない。どうするべきか。私は泳げない、海の中へ入ることも怖い、でも今は、そんなことは言ってられない。恐る恐る海に入り、できる限り筑波に近づく。そしてもう一度、全力で叫んだ。「筑波ぁぁぁぁぁ!!戻ってきて!!大きな波が!近づいてる!!!」すると筑波は気づいた。危険を察知したのか、大急ぎで戻ってくる。しかし高波もまた、急速にこちらへ近づいてくる。間に合わないかもしれない。私はそう思ってしまった。筑波は疲れたのか、スピードを緩めた。そのうちに高波はかなり近づいている。「筑波!危ない!早く!」筑波自身も全力で泳いでいるつもりだろう、でももう、高波はすぐ側に来ていた。「ねーちゃん!俺はもうダメだ!ねーちゃんだけでも」「だめ!!!!」私は海へ飛び込んだ。泳げない、でも全力で手足を動かした。「筑波!」筑波に触れた、その瞬間、辺りが真っ暗になった。私は筑波を抱きしめたまま、意識を失った。

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私に海賊になる勇気を 水無月 零夜。 @Ray_MRN

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