邂逅

 二〇一九年五月のGW中の某日。

 絵に書いたような五月晴れの昼下がり、康弘は、近々パパになる予定の友達の輝明と尾山台の駅に来ていた。その日の昼時に、康弘は輝明の尾山台のマンションを訪れた。元美容師の輝明の妻・芽衣子めいこに散髪をお願いしたのだった。散髪の間に、康弘は初めて、二人が籍を入れたこと、芽衣子が妊娠したことを知った。それは相当な衝撃であり、思わず奇声を発したほどだった。康弘は二人が交際した当初――二〇一七年の夏の終り――、二人と渋谷のクラブに行ったことがあった。そのとき、芽衣子は「テルくんと結婚するのが夢なんです」と康弘に打ち明けた。ついに芽衣子がそれを達成したことに、康弘は感慨深いものを感じた。さらに、それは康弘をどこか晴れ晴れしい気持ちにさせた。元号が令和に変わり、二人は新たなステージへと進んだが、周りの変化は康弘自身の変化をも促しているように思えた。

 改札を通ると、ホームのベンチに座っている女性に目が留まった。その女性もまた康弘に強い視線を向けていた。数秒で渚であると康弘は確信した。二子玉に住む彼女が尾山台の駅にいることはまったく不思議ではなかった。

(久しぶりだ。あれから一年か)

 渚に近づくと彼女はスマホに視線を落とした。白のオフショルダーのトップが目についた。康弘は彼女の前で立ち止まり声をかけた。

「久しぶり」

「久しぶり」

 顔を上げた渚は微笑を貼り付けていた。

「テル、結婚することになった」

 渚は輝明と何度か会っていた。

「おめでとう」

「ありがとう! 元気にしてる?」

「元気だよ」

「なんか痩せたんじゃない?」

「そんなことないよ」

「まだ海、行ってるの?」

 康弘が訊いた。

「行ってるよ」

 渚は表情が少し明るくなった。康弘に希望の灯りが点った。

「そうなんだ。ぼくは前に二人で行ってからぜんぜん行ってないな……。あのときは楽しかったよ」

「……」

 渚は再び視線を落とした。

「これからどこ行くの?」

 輝明が訊いた。

「渋谷に用事があるの」

 渚がそう言ったとき、電車が来た。彼女は立ち上がり、こちらに一瞥も与えることなく電車に乗った。

 男二人は別の車両に乗った。

「彼女とは半年くらい前だっけ?」

「いや、最後に会ったのはちょうど一年くらい前だよ」

「そうか……、まあ、あの感じじゃあ、誘えないよな」

「そうだね」

 渚の対応は残念だが、驚きはなかった。康弘はこの邂逅に何らかの意味を見出そうとしていた。それは最後のデートからちょうど一年というタイミングで偶然出会ったためだった。たとえば、完全な別れを促すものだったのではないか、と考えた。康弘は一時期、LINEで延々と渚にメッセージを送っていた。すべては復縁を願ってのことだった。

 渚は既読スルーしていたが、一度「もうほんと無理だから、ごめん」と返してきた。それ以来、康弘はメッセージを送るのを止めていたが、再燃することをどこかで期待していた。先程の渚の態度は、そうした淡い期待をも打ち砕くほどの事務的な態度だった。

「あ、返事来た。アイリッシュパブで知り合った女の子、といっても、三〇後半なんだけど、今日暇だって。五時頃、合流できるそうだ。よかったね」

 輝明は電車の中で言った。

「そっか。それまで何しようか?」

 五時までまだ二時間半以上あった。

「とりあえず、コンビニで酒買って、緑道で飲むか?」

「そうしよう」

 二人は自由が丘で電車を降りた。康弘は同じように電車を降りたであろう渚を探したい欲求をこらえて、一目散に改札を目指した。(了)

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