パルマコン

 すでに午前〇時を回っていた。康弘は配信を終えた後、ネット麻雀をやって時間を過ごしていた。まだ渚にメッセージを送っていなかった。「久しぶり。元気?」という文字は打ってあった。康弘は名前を入れたほうが良いのではないかと思い直し、「渚、久しぶり。元気?」に変えた。

 あとたった一回のタッチで新しい可能性が開けるところまで来ていた。タッチ対応ディスプレイとネット回線のおかげで、文字列という人を結びつけたり、引き離したりするコードを一瞬の内に別の端末のアプリへと送ることができる。思えば出会いもまたアプリを介したものであった。テクノロジーを媒介しなければ、二人は出会うことはなかっただろう。今、人々の出会いは際限がなくなった。ベッドに寝転びながら、スワイプするだけで、出会える世界。いわばインスタントな出会いに晒されている。そこにはナンパのような泥臭さはない。

 しかし、別れの場面は泥臭くなり得る。そのときほど、人間性が試される場面はないのではないだろうか? 時には悲劇を生む。その苦痛は、考えれる限りで最大のものになり得るからだ。結局、愛とはやっかいなものなのだ。そこでは、天国と地獄を二つながら経験できる。そういうリスクを回避しようとすれば、愛とすっぱり縁を切る以外ない。

 出会ったその日にキスやセックスというのは、どこか嘘くさい。そんなに早く相手に受け入れられるというのは。しかし、そのときはそれを信じたかった。いわば運命的な出会いというものを。それが運命的な出会いであれば、終わることはない。逆に渚の愛がバブルだったとしたら、もう終わっている。この文字列が送信されれば、それははっきりとわかるだろう。しかし、こうも送るのに抵抗があるのはなぜなのか? 返事が来ない相手に延々とメッセージを送るのは決して珍しいことではないのに。

 康弘はメッセージの送信を逡巡している自分が嘆かわしかった。今の自分と同じような場面があったことを思い出した。それは昔、高校生の頃、好きな女の子の家に電話したときだった。途中までかけては止めての繰り返しで、電話するまで何分かかったことか。何度かのトライで、ようやく電話できて、いざ女の子とつながっても何もしゃべれないという体たらくだった。それは単に初心というだけではなかった。その連絡は完全に突飛だった。というのは、相手と学校で一度も話したことがなかったのだった。そんな相手に電話というのは、常軌を逸していた。

 今回もまた常軌を逸している行動であることはわかっていた。

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