PoV方式-A 16:30-
所在地 :■■■■■(特定を防ぐために伏せるものとする)
種類 :店舗
構造 :鉄筋コンクリート造陸屋根5階建
床面積 :5階 ■■■■■
4階 ■■■■■
3階 ■■■■■
2階 ■■■■■
1階 ■■■■■
原因及びその日付 : ■■年11月15日新築
権利部(甲区)
順位番号1 所有権保存 ■■年11月15日
第*****号
原因 ■■年11月15日 売買
所有者 道寺山キヌ子
権利部(乙区)
なし
―――――――
随分ときれいな登記簿だね。
尾崎修(オザキ-オサム)は、整えた白髪を軽く撫でながら、眼鏡の奥の目を細めた。偉大な先輩が考え事を始めるときの癖だ。そのまま思考に没頭されると応答が途切れてしまう。
先輩であったときには、その洞察力と思考に尊敬の意を表していた。今でも尊敬をしていないつもりはないが、管理職と部下に置き換わると、あまり好ましくはない。
私がこのことに自覚したのは、恥ずかしながら彼を部下にもって2年経過したころだと思う。そこから約半年、私は偉大な先輩の思考を尊重しながらも話を進める質問法を編み出した。いまも質問の使いどころだ。
考えを巡らせる尾崎の前に、線が繋がらない点の疑問を提示すると、宙をさまよっていた視線が定まり、大きく力強い瞳が再び私の顔を見つめた。
「なるほど。それは飯野の言う通りだね。キヌ子さんは今年で130歳。長寿番付でも見かけないほどの長寿だ。つまり、この建物の登記が綺麗なのは見た目だけ」
「ええ。おそらく、相続登記をしていないのだと思います」
「でも、確か……そう、ビルの名前は道寺山ビルのままだし、オーナーは道寺山という名前だったのではないかな」
流石、資料に対する着眼点がいい。予定していた入稿も終わり茶飲み話を始めたのが概ね30分前。登記を含めて資料をみた時間は5分もない。それでも彼は私が集めた情報の輪郭を掴みはじめている。
だが、まだ私のほうが手持ちの情報量が多い。そんな優越感が顔に出ていたのか、尾崎は顎髭を撫でながらテーブルに広がった資料を見渡した。
「2年前、N誌の記者、山路行實が確認した際には、道寺山利夫(ドウジヤマ-トシオ)という初老の男性がビルのオーナーでした。利夫はその周辺にいくつか不動産を持っていましてね。先代からの管理を一手に引き受けていたそうです」
「倅かい?」
「キヌ子さんの娘が糸子(ヨリコ)。糸子の旦那が利夫です。糸子と利夫の子は長女の下に3人の男兄弟」
「それなら今のオーナーが亡くなったあとの方が大変だ。しかし、山路君そんなことまで調べていたの」
山路行實は私の悪友で、尾崎も顔を知っている。オカルト誌の取材、特に都市伝説のような題材を扱っていると、手を突っ込んでみれば“本物”の代わりに後ろ暗い話が掘り出されることもある。そういう話題に遭遇したときに、私や尾崎と業者・団体の間を取り持ってくれるのが山路のような記者だ。
「あのビル、D組のフロント企業が入っていたんだっけ?」
「オーナーのことを調べたのは半年前、例の殺人事件の取材のときだそうです」
「それじゃ、組とは無関係だ。それで、今も利夫さんが管理しているのかい?」
「業者に管理を委託しているみたいです。利夫はもちろん、同居していた家族も皆この街には居ないとか」
「そんなところだろうね。売りたくても処分が面倒なビルでしょうし、ゆくゆくは解体かねぇ」
尾崎が言う面倒な理由は二つ。一つは半年前に起きたドラッグストア店長による殺人事件。道寺山ビル内で起きた事故ではないものの、犯人逮捕から半月ほど、道寺山ビルは連日マスコミの取材でその全景を晒され続けた。風評被害を嫌がったのかドラッグストアは撤退したが、どういうわけかWEBページには半年を経過してなお店舗情報が残っているという。
そして、もう一つは登記だ。道寺山ビルは7階建てのビルであることは間違いない。忙しくて現地を訪れることが叶わぬままだが、ネットで確認できる外観も、ビルを訪れた山路の発言も道寺山ビルが7階建てであることを裏付ける。だが、目の前の登記簿によれば、ビルは5階建てなのだ。
「建築確認申請後に建て増しした。登記が変更されないところを見ると、建増分はいわゆる違法建築なんだろう」
「違法部分を住宅として貸しますかね」
「見識が狭いね、編集長。世の中には初めから賃貸目的で建築確認を経ないで建てられたマンションなんていうのもある。経緯は色々だろうけれど、道寺山ビルのような事例もあるんじゃないかねえ。もっとも、それが怪談の場に相応しい舞台となるかは別だがね」
問題はそこだ。新人バイトの新島太郎(ニイジマ-タロウ)が持ち込んだ一本のビデオ。新島は本物と主張するが酷く不出来な作品だった。安易にPoV方式を選択したのだろう。脚本も出来がひどいが、未熟な撮影技術で手振れや音割れが酷く、そもそも作品として成り立っていない。
ビデオを見せた篠崎も酷い顔をして画面を見ていた。はっきりと言える、このビデオは駄作だ。新人の審美眼を叱りつけで終わるところだが、どういうわけか気になって、かれこれ10日近くビデオを返却できずにいる。
「どう思います? この映像の撮影場所」
私は、尾崎に一番尋ねたかった質問をした。尾崎は私の目をじっと見る。私が何と答えてほしいのかを推しはかっているのだ。新人のときから、この先輩は私が迷っているときは必ずそうやって接してきた。
もっとも、同時に彼は私の望みと関係なく、彼の考えを返してくれる。少なくても、私にはそう見えている。だから、編集長になった今でも、私は尾崎修という同僚の目を信頼している。
「このハーフムーンタワーの映像、山路君に聴いたビルの構造と映像の類似、2階にあったというドラッグストア。ネットで調べた外観と通りの雰囲気なんかを見ると、飯野が絞り込んだ三か所のなかでは一番道寺山ビルがクサい。ただ、今一つ決め手に欠ける。現場を観に行かないとよくわからないね」
やっぱりそうか。私は尾崎の結論を聴いて、思わず大きく息を吐いてしまった。意外と緊張していたのが恥ずかしい。
「しかし、このビデオ妙なところがあるね」
「妙?」
「うん。なんというか、誘われているような気がして、少々気味が悪い」
これは私の持論に過ぎないが、オカルトとは私たちが信じたい不安の形だ。今は説明ができない何かに対する不安が“存在しないモノ”を頭の中に作り出す。
だからこそ、オカルトを扱う私たちは過度に不安を覚えてはいけない。怪談を扱う側はその心の奥で冷静に事実を捉えるべき。それが、この仕事のあるべき姿勢だ。
そう教えてくれたのは目の前の先輩である。その彼が、不確かな何かに手を止めている。
私は首筋がざわつくような感触に襲われた。安易なフェイクビデオだと思っていたが、何かを見落としているのだろうか?
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