PoV方式-4 その当時のこと

 そもそも、山路が件の裁判を傍聴したのは、D組の構成員である友人Aの依頼がきっかけだ。事件の証人尋問期日を傍聴して、気になることがあるか教えてほしい。詳細を語らず、とにかく山路の目と耳で確認してほしいと押し切られて出かけた。

 裁判当日、山路は遺族、会社、ビルの持ち主または被害者自身がD組と関わりを持っていて、組の内部情報に関わる証拠が出てくるのだと疑っていた。Aは事件の関係者にD組はいないと述べていたが、それなら傍聴を求める理由はない。

 だが、予想に反してD組の活動に繋がる発言はいずれの証人からも出なかった。気になったのは、遺族側の弁護士が従業員たちに提示した証拠だ。公開原則があるとはいえ、証拠は裁判独特のルールに則って番号が振られる。弁護士と証人のやり取りを聴いていても、何の証拠を提示されているのか正確に把握できなかった。

 どこかの防犯カメラ映像らしいが、提示された従業員たちは誰もが口をそろえてそのような証拠があるはずがないと驚き戸惑った。一名に至っては、証拠が提示された以降、尋問が終わるまでの間、身体の震えが止まらなくなっていた。

 弁護士は、提示した証拠を商人たちが口裏を合わせて事故原因の隠蔽をした根拠として用いたようだが、部外者の目からみれば従業員たちは隠蔽の発覚が怖かったわけではない。上手く言語化できないが、彼らはカメラの映像そのものを怖がった。そんな印象を受けた。

 Aに報告するにしても状況が掴めないので、山路は裁判期日の二日後、裁判所で訴訟記録の閲覧の手続をした。そして、Aがこの事件に気をかける理由を知った。弁護士が提示した証拠は道寺山ビルの非常階段の防犯ビデオ映像だ。道寺山ビルの3階には、Aが運営を任されているD組のフロント企業が入居している。土地調査会社であるその事務所について、Aは組の色を出さずに正しい処理を続けたいと語っていた。

 証拠になったのは、道寺山ビル外階段の映像だという。外階段に防犯カメラがあること自体が異色だが、もしかするとAらの素性に気が付いたオーナーが防犯の為に取り付けたのかもしれない。

 向かいのビルで事件は起き、道寺山ビルのカメラが証拠として利用された。そこで、Aは事務所の従業員と事故の関係性を疑ったのだ。

 裁判の傍聴から3日。山路は事件についてわかる範囲で情報を集めて道寺山ビルを訪れた。Aには電話で良いと言われていたが、現地を目で見ておきたいと思った。

 その当時、道寺山ビルの1階には歯科医が入っていた。正面入口を入ると右手にエレベーター、左手にビル全体の待合に使われているロビーが目に入る。歯科医があるのはロビーの先で、入口ドアには2階のドラッグストアが調剤薬局も併設しているとするチラシが貼られている。2階に行くためにはビル奥の階段か、入口横のエレベーターを使うように案内が付されている。

 3階以上のテナントはエレベータ横に小さく貼られている以外に表示がない。Aの事務所も含めて、不特定多数の一般客の来訪は予定していないことが伺えた。3階のテナントに以前に聞いた調査事務所の名前があることを確認して、山路はその事務所に電話をかけた。

 Aは土日祝日以外は必ず誰かがいるから連絡がつくと言っていたが、この日に限っては幾らかけても繋がらない。もっとも、事務所を留守にしているのか、携帯の調子が悪いのかは識別がつかなかった。

 呼出音はなるのだが暫くすると音が小さくなり、代わりに妙なノイズが聴こえて通話が切れるのだ。諦めて直接事務所を訪ねることも考えたが、Aの目的を考えると少々不作法のように思えた。

 結局、ビルを出て、通りの端、事故現場となったマンションが見えるところで改めて電話をかけなおした。不思議なことに、今度は異常なく調査事務所に繋がり、小声で体調の悪そうな男が出た。簡単に用件を伝えると、男は調査事務所で副所長を務めているBと名乗り、Aが山路に頼んでいた件については承知していると答える。

 話を聴くのに事務所に伺っても良いかと尋ねると、それは構わないが、山路に迷惑をかけることになるため、まずは外で話したいと固辞された。事務所への出入りが誰かに見られることを警戒しているのかもしれないが、外で会っていたらリスクは変わらない。少々ズレた価値観だと思った。

 その場で待っていると、ビルの正面入り口ではなく、マンションと向かい合った外階段から男が二人下りてくる。長身でチリチリした頭髪のAと、その後ろを付いてくる中肉中背で頬のこけた男、Bだった。

 Aは山路を見つけると右手を上げて駆け寄ってきた。共に近づいてきたBの体調が不安で尋ねると、Aは何も言わずに山路の腹筋を一発殴りつけた。

「D組はクスリを扱わないし、Aも嫌っていたからな。質問が悪かった。それでも、中毒を疑うくらいにBの様子はおかしかった。クスリの影響じゃないなら、何か重たい病気を疑うほどにやつれていたんだ」

 Bの様子がおかしい理由を問いただせぬまま、山路はAに促され証人尋問の様子と、遺族側が用意した防犯ビデオの件を伝えた。ビデオを提示されたときの従業員の様子を伝えると、Bの目が見開かれほんの少し震えた。その様子が、どこか従業員たちと重なって厭な予感がした。

「予想通り、防犯カメラはAたちが下りてきた外階段につけられたものだった」

 もっとも、山路はその防犯カメラを見ることができなかった。Aによると半年前、ビルのオーナーが共同廊下につけていたカメラも含めてすべての防犯カメラを取り外したのだという。

 D組が圧力でもかけたのか? 口をついて出た危険な質問をAは笑って否定した。そして、防犯カメラが設置された目的が達成できないことがわかったことが理由だと話した。表情こそ明るかったが、その時のAの目には、横で話を聴いているBのものと同じように怯えの色があった。


 ここでは話しにくいと言われ、山路はそのままAらと共に表通りにでて、喫茶店に入った。店に入るときになって初めて、Bが大きなカバンを持っていて、中にたくさんの紙を詰め込んでいることに気が付いた。

 A曰く、道寺山ビルの防犯カメラは、ビル内で頻発する謎の物音の正体を確かめるためにオーナーがつけたものだという。具体的にどのような音が鳴るのかを尋ねると、AとBの顔が引き攣った。

「物音や話し声が聞こえるが、探しに行っても誰もいない。A達の事務所も何人かで外の廊下を駆け抜ける音が頻繁に聴こえるが、誰も出入りはしていないと話していた。上階の音が響いているという話だと思ったらしいが、実はどの階の住人も似たようなことを思っていて、長らく音の主が見つからなかったらしい。オーナーの下に集まった苦情を付け合わせてみて初めて状況がおかしいとわかった。そこでオーナーが防犯の為にカメラをつけることにしたそうだ」

 それが半年前には全てカメラが外されている。奇妙な話だった。A曰く、ちょうどそのころ向かいのマンションの事故の遺族側弁護士を名乗る男がビルにやってきて、オーナーと防犯カメラの映像の件で交渉をしていたらしい。カメラを外したのは、当時、弁護士に対してカメラの映像を提供したタイミングと重なると思うとAは言う。

 2年以上も前の事件の映像が残っているものなのか。山路の疑問に二人は頭を振った。そういう問題ではないのだと。

「そもそも向かいのビルの映像があるはずがない。出入口を押さえるために設置されたカメラなんだから角度が違う」

 Aはオーナーの防犯カメラ設置に際して角度の調節や設置の手伝いをしたという。外階段につけたカメラも扉に向けて設置したものであって、建物の外が映るわけがないのだという。

 誰かが設置場所を変えたわけでもない。何より、弁護士がくる半月前、不審者がビルに入ったときにオーナーが外階段のカメラを全て確認していて、画角を含めて異常があればその時点で気づいていたはずなのだと。

 しかし、弁護士立ち合いの下で映像を精査した結果、確かに事故の映像が記録されていたのだという。オーナーはAたちに設置当時のことを確認に来て、弁護士に映像を提供した後、防犯カメラを撤去した。

「元々、足音や声の正体がわからなくて気味悪がっていたのが、突然画角が変わった過去の映像が出てきたことで限界を迎えたんだとAは話していた。だが、廊下の防犯カメラを外したからと言って状況は変わらなかった。やっぱり謎の足音や話し声が続くから、副所長のBも精神的に追い詰められていたんだ」

 山路に裁判を確認させたのは、オーナーの話でしか聴いていなかった外階段の映像が本当に裁判に提出されたかどうかを確認するためだったという。A達は、山路の報告を聴いて、土地調査事務所を畳むことを決めた。ビルから撤退することを最優先して、新たに良物件が見つかったら営業を再開するという話だった。

 もっとも、その後、A達が調査事務所を再開したという話は聞いていない。

*****


「道寺山ビルは事故物件と言うわけじゃない。あまりに突飛な話を聴かされたから、その日の帰りに不動産屋に確認に行ったんだ。少なくても、不動産屋が把握する限りではあのビルに事故情報はない。だいたいにして、一連の音がいわゆる事故物件であることを指し示すとも限らないしな」

 山路が一通り話し終えたころには淹れ直した珈琲はすっかり冷えてしまっていた。結論の出ない奇妙な話だ。怪談とも取れるが、見方によってはその弁護士が証拠を偽造した話ともとれる

「篠崎らしい見方だな。まあ、俺はこの事件そのものには興味がなかったからどちらでもいいが、一応、会社側が控訴したものの主張が認められず、遺族への賠償支払いが命じられて事件は終了しているらしい。いまや、誰も件の映像に興味を持つ奴はいないさ」

「そういえば、それで3階の調査事務所が撤退したのはわかるけれど、今の話くらいでドラッグストアが撤退するとは思えないのだけれど」

「そっちば別の理由だ。半年前、店長が連続殺人事件を起こしたんだ。雇われ店長だとしても、流石に3人も殺した人間が経営していたとあっては、風評被害が酷い。ドラッグストアが最後のテナントだったから、あのビルは廃ビルになったんだ」

 検索の手間を省くように山路が記事のリンクを送ってくる。

「ちなみにこの殺人の動機は、ビルの物音と関係があるの?」

「怨恨だよ。怨恨で3人も殺せるのは推理小説だけだとは思ったけれどね」

「その言い方。山路も最初は疑ったんでしょ」

「まあ、あの時のAたちの様子を思い出したからな。だが、それらしいネタを掴むまいに動機は解明された。金にはならない案件ってわけだ」

 全く、当時は無駄骨だったよと電話の向こうで山路は嘆いた。

 けれども、どうしてだろう。私には山路がどこか安心しているようにも聞こえた。


 カーテンの隙間からは朝陽が漏れ始めている。まもなく5時を回ると気が付き、私たちは慌てて電話を止め、床に着いた。

 もっとも、私は眠りに落ちるまでの間に、道寺山ビルを訪れる決心をつけていた。例の映像が道寺山ビルを撮影したものではないとしても、このビルにはホラー好きの興味を惹いて止まない話が眠っている。

 廃ビルになっているのであれば、心霊スポットと取り扱っても迷惑がかかる入居者も少ない。久しぶりに胸が高鳴り、寝付くのに優に1時間はかかってしまった。

 そのせいで、次に目覚めたのはその日の夕方。貴重な休日を丸一日睡眠で潰してしまったことになる。

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