PoV方式-6 ****/09/25 16:00~
東側外階段は、中二階部分に踊り場を作りU字型に階段が設置されている。いわゆる折り返し階段という構造だ。踊り場を設置する高さにもよるのだと思うが、この作りだと、2階出入口の真下に当たる部分に空間ができる。
道寺山ビルも他の例に漏れず空間があり、奥に通用口と思われる扉が据えられ、扉の左壁には入居者のポストが設置されている。いずれの受け口もビニールテープで頑丈に目張りされていて、郵便物を投函することができない。通用口も施錠されておりビル内に入ることはできなかった。
外階段の真横の壁には4階までに入居しているテナントを示す表札が据え付けられているが、こちらも全て剥がされている。辛うじて2階だけがYマートの表札特有の縁取りが残されていて、確かにYマートの店舗が入っていたことを伺わせる。ここまでは、件のビデオとうり二つだ。
階段にかけられた立入禁止の札を乗り越えて、踊り場まで上がると握りつぶされた煙草の箱が転がっている。最近発売されたばかりの新商品だ。ビル内で不審者と出くわさなければよいが。頭をよぎる現実的な脅威に思わずため息がでた。
怖いのは怪談よりも現実の人間。当然ではあるが当然であっては欲しくない。自分もまた不法侵入者であることを棚において、私は深くため息をついた。
映像では撮影班は外階段3階からビル内に入った。撮影当時、2階の扉には鍵がかかっていて侵入できなかった。現在、私の前にある扉も同様に施錠されており開けることはできない。
諦めて3階へ上る。映像と同様に扉が開く都合の良い展開はない。それどころか、2階と異なり、3階の通用口は扉はドアノブを中心とした歪な×印のチェーンによって厳重に封印されていた。ドアノブに巻き付けられたチェーンはみる限り酷く絡まっていて工具なしではほどけそうにない。チェーンは互いに絡まりあったドアノブから扉の四隅に向かって張られており、その一端はビルの躯体、コンクリート壁にボルト止めされている。これでは事前準備なしの侵入者は為す術がない。
扉の上、外階段の天井であり、上階の床下でもある位置を確認すると、灰色の天井の一部、上階に上る階段の一段目に差し掛かる当たりに白い円形の跡が残っている。扉を開けた時に丁度出入りを監視できる位置。おそらく外階段用の防犯カメラがつけられたのだろう。そのまま4階に向かう踊り場までのぼって、3階の扉を振り返ってみると山路たちが外階段の映像について疑念をもった理由が分かった。
3階の天井につけられた監視カメラは、3階と4階の中間にある踊り場の手すりとほぼ同じ高さになる。なんらかの事情でカメラが扉と真逆を向いていたとして、それが手すりの先、向かいのマンションの外壁工事を映していたのは信じがたい。もっとも、それを検証する術を私は持たない。
ビル内への侵入口を探して、更に階段を上り、4階の扉を目にして、私は素っ頓狂な声を上げた。思いのほか外階段に響いてしまったので、踊り場までおりて向かいのマンションを覗きこむ。窓ガラスは傾き始めた陽の光を反射するばかりで室内の様子はわからない。一応歩道を確認してみるが、通りに誰かがいる様子はなかった。
声を聴いた誰かが管理会社、あるいは警察に通報したとして、4階の扉の惨状は果たして私の責任とされるのだろうか。余計な心配を胸に、私は再度4階に上がり、通用口の様子を確認した。
通用口の扉は、5階へ続く階段の方向へ、ビルの内側から外側に向けてくの字に歪み飛び出していた。扉は金属製でその厚みは40㎜から45㎜。扉の表面に×印のでチェーンをかけて壁にボルトで固定していたのも3階と同様だ。足元を探すと固定に使ったボルトらしき部品が二つ転がっている。
状況から見て、内側から外側に強い外力がかかり、扉が壊れたのだと思う。この狭い空間で外側から扉を引っ張り壊したとは考えにくいし、なによりも、引っ張ることで金属扉をくの字に歪めるというのが想像できない。
それなら、何かが外に出ようとしてチェーンをかけた扉を破壊した? だが、何が。どうやって? これではビルに猛獣でも飼っていたみたいではないか。
「流石にそんなわけないか」
それなら怪奇現象の噂より先に、逃げ出した猛獣が話題に上る。仮にこれが脱出の為に行われた結果なのであれば、扉を壊した何かはビル内にはいない。
そこから先の可能性を考えるのはやめだ。考えたところで答えは出ないし、ビル内への侵入口としては都合が良い。仮に危険な気配があったとしても、さっさと逃げ出せばよいのだ。
私は歪んだ扉にぶつからないように身体を扉と入口の間に滑り込ませ、ビル内を覗きこんだ。両側面を壁に囲まれた廊下は暗く、突きあたりだけが南側からの日光で照らされている。光は北側の壁があるはずの地点よりも先へ伸びているから、この廊下は突き当り、おそらく西側の外壁あたりで南北に分かれている。
だが、正面を通り過ぎたときの印象にくらべて廊下が短い。そういえば、一階西側にはエレベーターホールがある。エレベーターの横幅を加味して南北に空間を取って、エレベーター以外のところは部屋として利用しているのかもしれない。
映像では、撮影班は3階から2階におりて別の階段で5階へと上っていく。ハーフムーンタワーが映るのは5階の廊下に出た直後のシーンだ。道寺山ビルから見て、タワーは北西に位置しているから、彼らが到達した外廊下はビルの北側、そして彼らが使った階段は北東側に位置している。映像では4階は通らなかったが、彼らが最後に使った階段に4階への扉はあっただろうか。
もしあったのならば、私からみて右手、ビルの北には眼前と同様に廊下があり、その突き当りに階段がある。そして、もう一つの階段はおそらく反対、南側外壁近くにあるのだろう。映像の序盤、2階に下りる階段に到達するまでの間に2度、先頭の男女が画面左側に消える場面があった。
撮影班は一度2階に下りるまで、ビル内の部屋に出入りしていない。あれは撮影担当の照明から逸れて廊下を左に曲がったと見るべきだ。つまり、道寺山ビルは正面である北側からみて概ね片仮名のヨの形に廊下を走らせている。こんなふうに。
【推測される道寺山ビル3階、4階の構造】
<南側>
階段?□□□□■■■
■■■■■■□■■■
■■部屋?■□■部■
■■■■■■□■屋■
通□□廊下□□□■?■
■■■■■■□■■■
■■部屋?■□■■■
■■■■■■□■E■
階段?□□□□□□■
<北側>
もっとも、この構造は3階、4階だけだ。1階は正面入口横に休憩スペースがあるし、2階はドラッグストア用が広く取られていて構造が異なる。撮影班は2階で2度右に曲がり、ドラッグストアの店内を通らずに別の階段にたどり着いている。廊下はコの字状になっていて、ビル中央の廊下は存在しない。おそらく2階の通用扉はドラッグストアのバックヤードなどに繋がっている。
【推測される道寺山ビル2階の構造】
<南側>
階段?□□□□■■■
■■■■■■□■■■
■■■■■■□■部■
■■■■■■□■屋■
通■ドラッグ■□■?■
■■ストア■□■■■
■■■■■■□■■■
■■■■■■□■E■
階段?□□□□□□■
<北側>
5階より上は住居として作られている以上、構造の想定がつかない。わかっているのは北東の階段から外廊下に繋がっていることだけだ。そういえば、通用口1階のポストは住居があるにしては数が少なかったような気がする。だが、確かめに戻ったらここまで戻る気力がなくなっているような確信があった。進むなら、今このタイミングしかない。
大まかに構造を予想したところで、持ってきた懐中電灯のスイッチを入れる。ビルの内壁はグレーの壁紙が貼られていて、見える範囲では損傷がない。照らした範囲に扉は見えない。床には白いビニルタイルが敷かれている。入口付近は泥のような汚れがあるが、数メートル奥は薄く埃が積もっているだけだ。
警戒は怠らないように。危ないときは無理せず逃げる。
廃墟探索の心得を復唱し、私はビル内へと踏み出した。靴底がタイルにあたってカツンと足音が響いた。防犯カメラが記録していたという足音もこんな音だったのかもしれない。
天井には一定間隔で蛍光灯のソケットが並んでいる。流石に蛍光管は外されているが、荒れた印象はない。半年前に廃ビルになった後も適切に管理されている結果なのかもしれないが、侵入した扉の惨状と重ならず、喉元に何かがつかえるような違和感があった。
廊下の突き当りは予想通り、南北の壁際まで続いている。北側の突き当りはT字路になっている。おそらく西の端は1階と繋がるエレベーターホールだ。南側の突き当りはL字に曲がっている。光は南側廊下の窓から差し込んでいる。予測を確かめるという意味では各階全ての構造を確認したいが、廃ビルで夜を迎えるのは避けたい。
撮影班が通らなかった場所については拘らず、明かりが確保できる南側廊下の探索から始めよう。
南側廊下は、陽が差し込んでいるおかげで視界は良好だった。廊下の突き当りには階段があり、そこまでに扉が三つ。階段横の扉には手洗いの標識がついている。他2つの扉についてはドアノブを回してみたが、施錠されていて中を覗くことはできなかった。突き当りの階段は、外と同じように折り返し階段になっているが、窓がなく2段先すら見えないほどに暗い。階段の中央に出来た隙間に身を乗り出して上階を照らすと、すぐ目の前に天井が見えた。どうやら、この階段は5階までしか繋がっていないらしい。同じように下を照らしてみるが、下が何階まで繋がっているのかはよくわからない。懐中電灯の明かりをふらふらと振り回しているが階段室内で人が動く気配はなかった。
5階の外廊下の確認が主目的だが、3階に降りてみて、ビル内の様子を確かめたかった。3階には山路の友人が営んでいたフロントの事務所がある。運よく中を確かめられるなら、当時の入居者からみたこのビルの雰囲気を掴む手がかりがあるかもしれない。そのうえで、他の部屋の探索をするかどうかを決めるとしよう。
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