ワルイコトレッスン

「貴様さぁ、ほんっと悪の才能が無いのう?」


「そら、本物の化け物と比べたら無いでしょうね……人間だもの」


 自分は先日、めでたく転職を果たした。そして新天地、男の娘専門デリバリーヘルス『ピーチ・レジェンド』の事務兼運転手として、毎日汗水汁液などを垂らして働いている。言いすぎた。実は前職と比べて意外とストレスフリーな生活を送っている。今は、お客様のニーズに沿った男の娘を安全にお届けするため、それなりの改善を重ねるなど、仕事に充実感すら覚えている。しかしそれが、雇い主こと化け物の太郎にとっては『悪の才能がない』と映るようだ。


「ギュふふふふふ……僕自ら悪の手解きをしてやろうか?」


 太郎は今日も絶好調で、名前のわからないハラスメントを仕掛けてくる。


「遠慮しときます。それよりも膝に座らないでください。なんも見えません」

「よしきた!これからホテルに行こうぞ!」

「……人の話を」

「聞くわけが無かろう?僕を誰だと思っておる?」

 

 太郎は膝の上で時代劇の大物俳優みたいな顔をして微笑む。嫌でもなんでも、こいつは化け物なので、抵抗すると何をされるかわからない。誘われたら返事は全てイエス一択である。


「イエス、マスター」

「くるしゅうない」


 何をされるか全くわからないが、ホテルで悪の手解きを受ける流れとあいなった。



 


 そして、今目の前に、太郎のトレードマーク黒のゴスロリドレスを身に纏った完璧なハーフ系美少女がいらっしゃる。その子は特殊性癖のお客様御用達ホテルの一室で、ベッドに腰掛け栗色のウェーブヘアーの毛先を弄びながら、小首を傾げこちらを見上げている。大変愛らしい。


「よう、来たな。さあ、僕を相手に思いつく限りの悪行を行うがいい。貴様の好みに合わせてほら、この通りよ」


 太郎がスカートを捲り上げると、レースでできた面積の少ない下着が見えた。そこには収まりきれない獲物が窮屈そうに仕舞われていた。


 ……そこはどちらかというと無い方が好みだけれど、うちの店の売りなので致し方がない。と無理矢理納得をした。



 さて、悪行の限りを尽くす命令をされたが困ったぞ。悪行って一体何をどうしたらよいのだろうか。


「何をしてもいいぞ。もちろん殺してもオッケーぞ」

「へ?まじ?」

「死なないけどな」

「太郎、死なないの?」


 太郎はゆっくりと頷いた。まあ化け物だし、人間と同じ方法では死なないというのはなんとなく想像できるが、それにしても殺しまでオッケーとは……悪行の幅が広がるな……広がったところで困るけど。


「早く来るがいい」

「ちょ、ちょっと待って!今考えてるから」


 自分もベッドに腰掛け、隣に座る太郎に掌を見せる。

 これまで、他人に対して死んでしまえと思ったことは多々ある。しかし、殺してやるとまで思ったことは数えるほどしかなかった。思えば幸せな人生だったかもしれない。


 しかも目の前にいるのは、ハーフ系美少女の顔をした男の娘だ。今は無邪気にスカートの中を見せたり見せなかったりしている。この娘に対して自分は一切恨む感情がない。というか、むしろちょっと好きかもしれない。そんな相手に何ができるっていうんだ。


「へいへい!悪いこと思いついた?」

 待ちくたびれたのか、太郎は寝転んでくつろいでいる。

「思いつかないなら手っ取り早く、殺せ。ここを絞めればすぐだぞ」

 笑顔で首を絞める仕草をした。


 そうか。早いとこ終わらせてしまえばこの訳のわからない嫌がらせは終わる。やりたくもない悪行を考えるのは苦痛だ。仕事の一環と割り切り、太郎の細い首に手をかけた。


「死ぬことこそ誰にだって平等に起こる、悪いことぞ?ヒャヒャヒャヒャ」


「黙れよ。訳わかんねえよ」

 首に添えた手に力を込める。指先には体温と脈拍が伝わってきた。太郎は生きているようだった。

「んっ」

 太郎は苦しいのか、顔を紅潮させ涙目になっている。潤んだ瞳が艶かしい。


 

 

 もうだめだ。




「あーーーーーーもう!太郎ちゃん大好き!付き合って!幸せにするから」

 首にかけた手を離し、代わりにキツく抱きしめた。


「ごめんね。君相手に悪いことなんかできないよ。

 こんな気持ちに気づかせてくれて……本当にありがとう……

 ねぇ、返事どうかな?」

 顔を覗き込むと、そこには真顔の太郎がいた。


 照れているのか、太郎は少し青ざめた顔で口を開いた。

「才能ないとか言ってすまない。貴様、かなりのやり手であるな……う……」

「え?太郎ちゃん?どうしたの?」

「ゴボっ…ゥエアッ……グブッゴボボォ……」

 何を食ったらこんなものが出るのか。詳細は言わないが太郎が吐いた。


「吐くほどの悪行をされたのは久しぶりぞ。はー気持ちわる……」

 豪快に左手で口元をぬぐい、こっちを睨みつけた。


 愛は化け物にとっては悪行なのだろうか。自分の愛あふれる行動は、太郎にしたら悪行の限りを尽くされた形になったようだ。


 言い換えれば、愛の力で悪を懲らしめた。と言っても過言ではない。


 そして、自分は太郎に対する対抗手段を手に入れたのだった。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ピーチ❤️レジェンド 山本レイチェル @goatmilkcheese

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ