自分と太郎とクリスマス 後篇

12月24日 午後6時。

 

 クリスマスイブといえば、五・十日の前日と年末が重ねてやってくるのに早く帰りたがる奴らが多いので、仕方ねぇなと仕事を請け負いやり過ごすのがいつものパターンだが、今年は違う。

 

「ちょっと今日は早めに帰りたい」

 とこぼしたら、使えない後輩が何も知らないくせに何か察した顔をして、いいっすよ。と仕事を請け負ってくれた。まあ、元々お前の仕事の尻拭い作業なんだけどね。礼を言う義理すらないけどね。


「ありがとね」

「いやいや、いいっすよ。お互い様っす」


 自分は常識がある大人なので、社交辞令のお礼を言い定時退社をした。




「ではクリスマスイブの夜、初めて出会ったあの部屋で待つがいい。地獄よりなお気分の悪い6時間をくれてやろう」


 巨乳コスプレイヤーの姿をした太郎はそう言い放ち、あれから姿を見せない。自分は太郎と過ごす性の6時間のため、これまでにさまざまな作戦を練ってきた。例のビジネスホテルに向かう道すがら、チキンやケーキを買った。早めにチェックインし、念のために腸の洗浄もしてみた。思いの外浮かれている自分が微笑ましかった。


 そして、現在12月25日午前3時。性の6時間が終わりを告げた。部屋にはその間ずっと、自分1人しかいなかった。


 こともあろうか太郎にすっぽかされた。


 さすが自称demon。めちゃくちゃ死にたい気分だ。


 しかし、死にたいけれど自殺するのは痛そうだし何より面倒くさい。仕留め損ねたらそれこそ地獄だ。ついでに明日……というか今日も仕事だし。

 冷えたチキンをビールで胃に押し込み、寝てしまおうと布団に潜り込む。

 目を瞑った瞬間、耳元で声がした。


「よう。メリークリスマス。まだ死なないのか?」


 目を開けると、出会ったあの時と同じ姿のゴスロリ太郎が添い寝をしていた。ご丁寧にサンタクロースの帽子までかぶっている。


「メリクリ。おかげさまで最高に死にたい気分だよ。殺すなら殺せよ」

「ぼくは直接手を出せぬ。自分で死ね。ちょうどここは8階だから窓から飛び降りろ」

 

「窓?そこまで開かないよ。あと、なんかめんどいし」

「だろうな。まだまだ不幸度が低い。貴様はクリスマスイブにホテルで1人パーティーできる胆力の持ち主だしな」


 太郎の視線は、テーブルの上に出しっぱなしの食べかけチキンとビールの空き缶に向けられていた。しかし自分は、そんなことどうでも良い。と言うか、ちょっと面白いとすら感じてきた。


「あはは…」


「気持ち悪いな。なぜ笑う?」


「ここまで惨めだと面白すぎるわ。あとなんか、太郎が面白くないネタをTwitterに投稿しろって言ってくるのもちょっと面白かったし」


「ほう。それで?」


「太郎、ありがと。楽しかった」


「死ぬのか?」


「死なない」


「早く死ね」


 ある意味これって、いちゃいちゃできてんじゃん。とすら思える。しかし最後の気力を振り絞って巨乳コスプレイヤーを再降臨させようとしたが、太郎はでかい女装男のままだった。視覚のインパクトが強すぎる。


「たまに居るものだな……」

 太郎がぽつりと呟く。


「何が?」

「貴様みたいな……なんというか……ドエム?みたいな人間」

「エスエムやったことねぇわ。マゾの素質あったのか俺」


「貴様、ぼくのこと好きであろう?」

「ちょっと何いってるかわかんないけど、多分好きじゃないと思う」

「いや、多分好きだな。わかる。決めたぞ。ぼくの下で働くがいい!

 ぎゅふふふふふふ」

「は?」

 ゴスロリ太郎は起き上がり、ベッドサイドに立った。


「有限会社ピーチ・レジェンドにようこそ!」


 太郎は大きな右手で軽々と俺の二の腕を掴み、無理矢理上体を起こされる。力が強すぎて抵抗する気力が失せる。


「よ……よろしくお願いします」

 と言うしかできなかった。

 

「よしよし。記念にきびだんごをくれてやろうか?」

 太郎は含み笑いでスカートの裾をたくし上げる。


「ありがとうございます。しかしもったいないので遠慮させてください」


 


 自分、クリスマスに転職が決まりました。


 新年からデリヘルドライバーとして太郎のもとで働くことになってしまったのだった。



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