19 ハイアンエルフの国
ボツ王国に匹敵するといわれるハイアンエルフ森の王は、避けて行こうとした俺たちを追うように使者を出していた。熟練のレンジャーが追跡をかけたのであっさり彼らに追いつかれる、
「わが国は、野蛮なボツ王国のようなことはしません。どうぞ客人として御滞在願いたい」
妖精族の遠縁で、青黒い肌の肉感的な妖精族たちであった。なぜ廃案になったのか見当はつく。しかし、いまここに彼らは命をたずさえて存在している。
「ずっととどまるわけにはいかないが、それでよければ」
「よろしいですとも」
そういうわけでハイアンエルフの森の宮殿へと案内されたが、途中で見た風景はこの国の特徴をよく伝えていた。
ボツ王国は乱暴に奪うだけだった。奪われても一割というのは結構軽いほうの税である。何で納めるかの選択がないことが「納税者」には問題なわけだが。
ハイアン王国はいうなれば変則的な共産主義国家であった。動けるだけ働き、食事も生活用品も必要とされる量を共有する範囲で議論して支給する。その結果何がおきているかは目にしなくてもわかりきっていた。首や手足にスローガンを書きなぐった札をぶらさげられ、見せしめに吊るされた死体がそこかしこに転がっていた。あれは盗みを働いたものでなければ、何かを奪うために冤罪をかぶせられた者たちだろう。
「この設定を作ったのはそういう方面から流れてきた人でね。彼の設定ではこんなことはおきない、みんなにこにこしている理想郷になるはずだったらしいよ」
元魔王の少年が設定について説明してくれた。
「結局、彼の案を採用しなかったのは彼の趣味で肉感的にしすぎたせい、ってことらしい」
「結果オーライってとこだな」
妖精国のかわりにこの国があったら、塔の戦いへの妖精族の関与がどうなったかわからない。
ハイアンエルフの王は、巨大な木のうろに作られた議事堂の真ん中で俺たちを出迎えた。他とかわらぬ素朴な服装、地位を示す冠、そして一番低いところにある議長席とよべそうな席で議事堂を埋める議会の面々を見上げている。
「ようこそ。ようこそ我が国へ。域外にあって域内より優れた我が国に塔の大魔法使いを迎えることを名誉に思いますぞ」
一見、とても感じよく笑う妖精族の老人だったが、俺も浦上少年もちらっと視線をかわすくらいには信用できない人物だった。つまりうさんくさいのだ。
「おまねき、光栄です」
「我が国はいかがでしたかな」
「いや、驚きました。ほぼ書物にある通りのことを実現していますね」
「書物」
王のこめかみがぴくりと動いた。
「それはどんな書物ですか」
「失われし別世界の書物で、資本論ともうします」
その名前に王はしばらく何か思い出そうとしていたが、あきらめたのか急ににっこりわらって話題を変えてきた。
「それはともかく、好きなだけ滞在してください、食事と身の回りは我が国の慣習にしたがって必要分だけになりますがご容赦を」
「それは気になりませんが、それで俺になにをお望みか先に教えていただきたい」
議場がざわめいた。
「どういうことでしょうか」
王の目が少し泳いでいる。
「文献と同じなら、この国の方針は能力に応じて働き、必要なだけ取る、です。必要なだけいただいたら、能力に応じて働かなければなりません。だから先にきいたのです」
ざわざわとなる議事堂。一人の議員が手をあげた。
「ゴウキ殿は勘違いをしておられる。働くことと必要なものの取得は関係がありません」
「なるほど。で、あれば俺は能力に応じてなすべきことをすればよいだけですね」
ざわざわしている中で、俺はとっとと逃げ出す決意をしていた。
「そうなります。どうか、あまり深刻にお考えにならぬよう」
そういいながら俺たちにくいいるような視線を向けている。
それから三日、俺たちはそこに滞在した。研究所の中で二種類のものを制作する。浦上少年は俺の考えを知っているので、何もいわずに気ままにすごしていた。
一つは農耕ゴーレム。土でできているため、簡単に省エネで作れるが長持ちもしない。ほぼ最初のころに作ったやつで、小麦の栽培と、畑の手入れに特化してある。これを作ったり自分をふくめて修繕できる魔力高めの設定のゴーレム二体を添えた。何かせっせと作っているのはハイアンエルフたちにも分かったらしく、好奇心から根掘り葉掘りする以外は邪魔もしてこなかった。どうやら食料増産に貢献するらしいと知ると手伝おうかという申し出まで出てくる。
「では、森の外の荒れ地の使用許可を」
地図に引いた面積を見て彼らは驚いたようだ。
「まさか、この広さを開墾地に? 」
「こっちのゴーレムに食べかすや木屑や排泄物でもいいですけど、それを渡してあげれば休みなく働きます」」
お披露目の日、農業用ゴーレムはすごい勢いで小石を取払い、雑草ごと好き込み、畝を作り、用排水路を作り始めた。メンテナンスゴーレムは一時間に一体の速度で彼らを作り、開墾作業はどんどん広がって行く。鈴なりに見物していたハイアンエルフたちは本当にびっくりしたようだ。
「今年はいただいた種籾分の十倍の収穫、来年は与えた種籾のやはり十倍。ゴーレムの消耗と修繕、新造速度からして畑の広さは指定したところまでの計算になります」
所有権は俺のままで変更はしていない。そのほうがいいだろう。できた作物をどうするかは彼らの自由だ。
「驚いた。いきなり恐ろしいほどの貢献をしていただいた。感謝の言葉もない」
俺はとっておきの笑顔を彼らにみせた。
「十年ほどしたらまたよらせてもらいます。その時を楽しみにしていますよ」
「まってください。我が国を去ろうというのですか」
「もともと長居はしない約束で同行したのです」
「いや、いやいやいや、ちょっとお待ちを。まだまだ全然長居ではありませんぞ、長居とは十年二十年くらいをもうすのです」
ハイアンエルフの寿命ってどれくらいに設定しているのだろう。それにしても詭弁もいいところである。
「好きなだけ、ともいいましたね」
「長い分には好きなだけ、です。これはあまりに早すぎる出立」
「俺は能力に応じてなすべきことをしなければならないので、行く事にしたのです。駄目ですか? 」
「それは国のためになることですか。我が国のためならなんでもしてください。でも他の連中のことなんかどうでもいいのです」
「世界全体にかかわることなので、広義でいえばこの国のためにもなりますよ」
「ええい、わからぬ人だ。みな、先生をお止めしろ」
やや遠巻きだが、取り囲まれてしまった。武器を構えたものは一人もいない。これは突破しにくい。浦上少年が俺の背中を守るように立った。
「連中、じりじり前に出てるぞ」
まあ、そんな感じになるとは思っていた。
出よ。俺は心の中でもう一つ用意させていたものに命じる。影を通じてサイズ感を無視した巨大なゴーレム。一見真っ黒なドラゴンで、鳴き声もそれらしき恐ろしげなのが出てきたので人垣がたたらをふんで数歩下がるのが見えた。
「それでは、ごめん」
俺と浦上少年はドラゴンゴーレムの腹のバスケットに入る。
本当は、研究所とポータルを使えばこっそり脱出することもできたのだが、彼らの本音も聞きたかったし、氷血帝のドラゴンみたいなので飛んでみたくもあったのだ。危ないので、つり下げバスケットに乗る方式になったが。
恐れ戦くハイアンエルフたちを尻目に、俺たちは彼らの国を後にした、
と、いっても、彼らのテリトリーのちょっと外までしか飛んでいない。なにせ急ごしらえなので飛び方は無理矢理、軽くするため素材は軽石なので強度も不足。実際、着陸の衝撃で足が一本折れてしまった。他のゴーレムたちに手伝わせ、いそいで影の中にしまいこませる。
はったり用だが、後で修理と補強と飛び方の改善をやろう。
「あの国の様をデザインした人が見たらどう思うだろう」
周辺警戒をしながら浦上少年は悲しそうにつぶやいた。
「まあ、あっちの世界でも一度としてちゃんと実現できたことのない体制だからねぇ」
「ゴウキ、十年したら本当に見に行くのか? 」
「彼らの国が残ってればね」
「なくなるのか? 」
「さあ。俺は彼らの食料事情を好転させようとしただけだ。だが、善意がいつもよい結果をもたらすとは限らないからね。すべては彼ら次第だ」
浦上少年は恐ろしいものを見る目で俺を見た。
「あんた、僕をただ殺してたころよりえげつないな」
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