18 新しい同行者
「やあ、やっと追いついた」
荒れた道をどこに通じるかととぼとぼ歩いているところでそいつが話しかけてきた。
瀟灑な身なりに似合わない大きなバックパック、そして帽子の下には美しいかんばせ。
いやぁ、たまげた。
「魔王ウラ? 」
「もう魔王じゃないけどね」
氷血帝がいってたのは彼のことであったか。
「魔金炉の一件でよみがえったのか」
「あれは本当によけいなことをしてくれたよ。ダイモンのはからいで、君たちの世界に転生して、楽しく学生生活を送っていたのに台無しだ」
「まった、あちらでは何年経過したんだ」
「そんなにたってはいないよ。転生したのは十七年前。だから僕はあちらでは高校生で、学生生活を楽しんでいたんだけどね」
「俺が倒したあれはなんだ」
「心残りさ。おかげで心置きなく恋に学業に充実した人生がはじまると思ってた矢先に、召還されてしまった」
恋、ね。ねたみそねみも彼をここに送り込んだ力じゃないだろうか。
「それで、何用かね。オラクルやシールドスタッフなら返さないよ」
「いや、あれはもうあなたのものだ。それに僕はもう魔王じゃない。魔王やってたころのことは覚えているけど、財産も誇りも思慮ももちあわせたあちらの父と、きびしく賢くそれでもよく見ていてくれる母に愛されたあの人生こそ今の僕のものだ。あの人たちをきっと悲しませたろうと思うとそれだけが悲しい」
変わったな。それにしてもうらやましい人生だ。俺の父はすっとぼけた人だったし、母はのんきなうっかりものだったし、あの幼少期をなかったことにしたいとは思わないが、やはりうらやましい。
「では、何が望みなんだ? 」
「僕はあの世界に帰りたい。あちらの僕はまだ死んでいないらしい。オラクルはこの世界の知識しかないし、その手だてを見つける手がかりがあるとすれば、はざまの住民であるあなたしかいない。何でも手伝うから、同行させてくれないか。魔王だったころの力はもうないけど、知識はのこっているし、違う力もある」
迷った。寝首をかかれないって保証はない。しかし、ここでまた気になる言葉がでてきた。
「そのはざまの住民とはなんだ? 古賢族の長老たちからも聞いたが」
「はざまとは人界と魔界のはざま。君はそこに入れるはずだ。だが、魔界の者も人界の者もはいることはできない。そういう特別なもののことをはざまの住人という。きっかけさえあれば、君は魔界に渡ることもできる」
あのとき、アンナはラボに入れなかった。
「魔界には行けるかもしれないけど、あちらには俺は戻れない。あちらの俺は死んでしまったからね」
「そうなのか。僕はゲームをしていたころのあなたを知ってる。若く、ぎらぎらして、でも鬱屈したものをためこんでいた」
「それは半世紀も前の俺だ。ここに来る前は死にかけの老人だったよ」
「そういえばあちらにいたころ、暗黒の塔をやってみようと探したが見つからなかった。そんなにたっていたのならそれも当然だな」
ゲームのラスボスが転生して自分を討伐するゲームをやるというのはどういう図だろう。
「ウラ、あんたははざまの住人なのか? 」
「どうだろう。だが、今の僕は少なくとも人界に属している。もし魔王に戻るなら、塔の戦いに魔界が勝利してすべてを塗り替えたときだろうな」
「一つ試してみよう。すこしまっててくれないか」
指輪にふれ、研究所とは違う目的になにかを作るつもりで用意してあった部屋にはいる。そこに用意してあった来客招待用のペンダントを一つもって戻る。
「これをかけて、表面を軽くこすってみてくれ」
アンナはこれを使ってもは入れなかった。
ウラの姿が消えた。指輪で再度はいってみると、驚いたように見回す彼がいた。
「あんたもはざまの住人だ」
「そうらしい」
「魔界に帰れるぞ」
「いや、帰りたいのはぞこじゃない」
「そうだったな。そのペンダントはあげるから、ここを自由に使っていいぞ。あんたはあんたなりに研究してみるといい」
「ありがとう。同行は認めてくれるんだね」
ああ、と俺はうなずいた。彼がもし寝首を狙ってるとしたら、見張りやすい同行者にしてしまうほうが安全だ。
「助かる。それと、僕の今の名前は浦上大輔。今は君と同じ国の人間だ」
いや、どう見てもそうは見えない。が、彼はなぜか写真をもっていた。タイプは違うが、頭のよさそうな美少年だ。少し底意地も悪そうである。
こうして、域外からは俺と元魔王の奇妙な二人連れの旅がはじまった。
域外にきて気づいたことが三つある。一つは域内との交流はあまりないらしく、ドット絵状態のままのところがいくつもあったこと。見覚えのない種族が数種類、立派だが廃墟となっている都市や建物で細々とくらしているだけであまりいないこと。それと、妖精族や人間、鬼、侏儒、半妖など域内の種族も隠れるようにすんでいること。
こういうところでは山賊家業をもっぱらにするような手合いはいないが、パートタイムで営むものだらけなので油断はできない。
「あの種族や建物は、ゲームの没設定なんだ」
ウラ、浦上少年が説明してくれる。
「たとえばあそこにいつネズミみたいなヒューマノイド、あれは魔界側とも人界側とも取引する放浪商人として塔で偶然出会えるはずだったんだがそんなものどっちも襲うだろうということとをはじめとした理由でやめになった」
「くわしいな」
「魔王はシステム側だからね。設定の背景まで教えられなくても知ってるんだ」
彼と同行することにしたのは正解かも知れない。
「おお、金貨で取引してくれますか。これで域内に仕入れに行けます」
ネズミ面の商人はもみてする。域外は極地に近く、防寒具が必要になったからだ。
だが、物々交換が原則で必要なものを仕入れるのが難しい。
まぁ、わかっていればラボで製造しておくのだけど。
商人は鬼族の戦士二人と、半妖の治療師を護衛としてつれていた、他に彼の荷馬車には護衛と見習い、それに奴隷がいるらしい。奴隷制度は域内では建前上禁止なのだが、商人と雑談すると、貧しい家から子供が売られたり、人さらいが連れてくるらしい。後者はトラブル防止の意味も含めて家族が買い戻せるなら返すし、そうでなければそう変わりない生活しかありえないとして年季奉公の形に切り替える。買った金の二倍を稼ぐくらい働かせ、あとは雇用するか返すらしい。
「貧しいな。域外は」
「吹きだまりですから。でもあっしらはそんなとこでもやっていくしかないので」
そんな域外でも、暴力を背景とした権力はいくつも存在する。
「ボツソードキングダム城には近づかないほうがいいよ。持ち物の一割を税と称して取られるし、美男美女だと別の形で取り立てられる。ボツ王の軍勢にはかなわない」
俺が浦上少年の顔を見ると、彼は苦笑いしてうなずいた。
「名前の通りですよ」
「没設定、ちょっと見てみたいが君子なんとかだね」
「ええ、そうしましょう。無駄な争いは避けましょう」
そうは思ったのだが、ボツ王はかなり広い範囲に徴税範囲を広げていたらしい。
「そこの旅人、納税証明はあるか。なければ正当な権利に基づき、取り立てを行う」
漢字で没とかかれた旗印をかかげた十数名に行く手をさえぎられてしまった。隠し関所らしい。路傍の草むらには柵がもうけられているし、半地下の控え室から彼らはわき出した。鎧も武器もまちまちで、種族もいろいろ混じっている。ただし、隊長は人間だった。
まぁ、山賊とかわりはない。にやにや笑いながら無造作に近づいてくる。浦上少年がちらっとこっちを見た。手は腰の剣にのっている。
「殺さないよう交渉してみるよ」
アースウォールを彼らの前に出して近寄ってくるのを止める。罵声と驚きの声があがるが、壁を消したときには戦闘用ゴーレム十体が待機していた。いやもう一体、ニンジャタイプのを隊長の背後においてある。
頭数はあちらのほうがまだ多いが、みすぼらしい彼らと比べるべくもないゴーレムたちの姿にボツ王の手下たちはごくりと喉をならした。
「どうだろう」
俺は隊長に提案した。
「君たちは今、ここで誰にも出会わなかったことにしないか? どういう結果になるにしろ、報告なんかごめんだろう」
「う、うう」
隊長は目をぐるぐるさせて必死に考えている。提案にのった場合、部下が密告しないという保証はない。まぁそんなことを考えているのだろう。
「なに、ただとはいわないさ。一人二枚づつ金貨を進呈しよう。それと隊長には塩を一袋だ。部下たちに何かごちそうしてあげたまえ」
塩が一番きいたようだ。ボツ王国も物々交換経済なのだろうか。
「わかった。約束のものを置いて通ってくれ」
「ありがとう」
彼らの姿が見えなくなるまではゴーレムたちをだしたままにして、我々は関所を通過した。
「隠れて横から弓で狙ってるのが三人ばかりいたよ」
浦上少年が後で教えてくれた。
「まあ、あんたにはシールドがあるし、ゴーレムたちは気づいていたようだけど」
「そ、そうか」
ドット絵領域が時々残ってるように、あまり人と物の動きのない地域かと思っていたが、情報はものによってはずいぶん早く伝わるらしい。
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