17 大図書館


 不便なので、廃墟の町の一部を修理することにした。目立つことをしては隠れる意味がないのだが、他に住人がいない場所では何もかも自分たちでやるしかないし、そのためには営繕の必要なところもでてくる。例えば新鮮な水は食事にも洗濯にも必要だ。そして給水があれば排水もある、井戸を修理し、侏儒国のポンプを据え、排水路のゴミを除去して水を通す。この町は賢明にも浄化槽でいちどヘドロ等を沈殿させて川に捨てる作りにしてあったし、浄化槽は養魚池をかねていたらしくかなり広く、いまでも水がたまっている。泥はかなりたまってて町の人口が往時くらいいれば本格的に浚う必要があるが、今は二人だけなのでそのままにした。魚がつれるので二日ほど坊主のすえ、夕食に蒸し魚や煮魚が出せるようになった。土手の野草には食べられるものがあることをアンナが教えてくらたので、塩が不足しているほかは食事に不自由はしないようになる。

 煮炊き、洗濯は図書館ではできないので、梁の落ちてない家を一件、修繕した、材料は他のもっと状態のよくない家からいくらでも取れた。

 ここまでの作業は、研究室の各種ゴーレムを呼び出して手伝わせたが、料理と洗濯は廃材を用いてゴーレム二体を新たに作った。俺のゴーレムは魔法で構成した一種の人工知能で動いているので、教える必要がある。俺が教えると一応できるようになったが、アンナが助言すると格段によくなった。

 彼女は別に料理や洗濯が得意なわけではない。文献から拾った知識を整理し、順序を考えて伝えただけなのだ。教師の才能があると思う。

「どうして教えた相手がわたしより上手にできるのかしら」

 わりと不器用だから、というのは怖くていえなかった。

 しかし、そろそろ買い出しにいきたくなる頃合いだ。塩は廃屋に残った備蓄をかきあつめて、節約すればしばらくもつというもののやはり心もとないし、ゴーレムを買い物に出すわけにもいかない。

 近い町はこの町の元の住人が少し離れたところに再建した町、そしてもっと遠い侏儒族の宿場町。

 手だては一つあるが、あんまり気がすすまない。多用していい方法とは思っていないからだ。

「そういうことなら、もっていきなされ」

 ポータル経由で会いに行った先でご隠居がそういってくれたのは助かった。

「助かります。しかしこちらでも貴重品でありましょうに」

「なに、おかげで研究が面白いようにすすんだ。先日から実用試験にはいれたしの」

 それはめでたい。

「ところで、いつまで隠れ住むのかな」

 そう、それが問題だ。情報も取得できていないし、あれ以来討手も使者もこない。

「もし、長老会議が俺を受け入れないということなら、塔の近くに店でも開きますよ」

「まず、確かめんとのう」

 その通りだった。

 廃墟の町に戻ると、図書館に来客が待っていた。

「待っておったぞ」

 禍々しい甲冑に身を包み、たたごとならぬ雰囲気をたたえた武者だった。目は真っ黒で全身から冷気をはなっている。そして話すたびに小さな氷の粒が舞った。間違っても長老会とは関係ありそうにない。

 なんということだろう。これは魔王の一柱だ。俺は確信した。戦えばあたりは無傷ですむとは思えない。魔力は魔王としては並だが、属性がウラや火炎帝と違うので油断はできない。

 それはあちらも同じだろう。そして態度からして争いにきたわけではないようだ。

「塔から? 」

「ああ、この恐ろしい世界をこんなに飛んでこないといけないとは思わなんだ」

 恐ろしい世界か。魔界の住人には人界はそうなるのだろう。

「御用向きは? 」

「許可をいただこう」

 なんてこった。

「火炎帝が倒れたのか」

「やつの無念はこの私がひきつぐことになる。塔に座す許しをくれい」

 魔王が交代するたびにこういう会見があるということになる。

「もし許しをださなければどうなる? 」

「お主が許してくれねばわしは塔の戦いに参加できんし、そうなるとわしはこの人界にときはなたれ、このおぞましい世界で手勢だけを頼りに孤軍奮闘することになる」

 それは討伐できても被害がすごいことになりそうだ。

「わかった。その前にご尊名をいただこう」

「わしは氷血帝カラカゼという。よしなになゴウキ殿」

「では、カラカゼ殿に塔にはいる許可を与えることとする」

「感謝する。では」

 がしゃりと音をたてて甲冑武者は立ち上がった。見送りにでると、これまた氷の鱗でおおわれた真っ白な飛竜が暑そうにぐったり待っている。

「では」

 さっそうとまたがって飛び立とうとして氷血帝は手をとめた。

「そうだ、伝言を預かっている。ここのことを教えてくれた旧友が、そなたに会いたいそうだ」

「旧友? 」

「会えばわかるよ。わしのように飛竜をもってるわけではないからもうしばらくかかると思うが」

 冷たい風をまきあげて、氷の魔王は飛去った。

 図書館に戻ると、さっきまでは姿を見せなかったアンナがいた。氷血帝が座っていた椅子に腰をおろし、顔を伏せている。泣いているのだろうか。

「アンナ、新しい氷の魔王についてローランたちに伝えたいのだけど」

 彼女は顔をあげた。様子がおかしい。ひどい喪失感と、そしてもっと違う何かの感情がまざっている。

「ハンナは死にました」

 彼女はひとこと、そう言った。

 耳を疑い、立ちすくむ俺に彼女はよろよろと近づき、すがりついた。髪の匂いが鼻孔をくすぐる。

「私はアンナ一人になりました」

 包み込むように抱いてやる以上のことができただろうか。彼女は俺の顔を見上げ、見た事もない目で見つめる。

「もうだめ、だめです。おさえきれません。お願いしていいですか」

 俺はアンナが好きだった。話し相手として、時にはたしなめてくれる相手として。だが、長くそういうことには無縁の老人であった俺、そして理性が常時支配している古賢族としての俺が忘れていたなにかが強くつきあげてきた。

「わかった」

 その時になると、おかしくなるというのは本当だった。


 組み伏せたり組み伏せられたり、前になったり後ろになったり、疲れ果てて寝るときと、空腹に食事をとるとき以外は、まる二日、そんな状態を続けてようやく俺たちは理性を取り戻した。


「今後のことを考えなければなりません」

 少しやつれた顔で彼女はそういった。古賢族は滅多に生殖をしないが、したときは必ず妊娠する。彼女のいっていることはわかった。

「危険だが、大図書館にいこう。少なくとも君は適切な保護をうけられる」

「しかし、あなたが心配です」

「いきなり襲うような古賢族らしからぬことはせんと思うよ。悪くても追放だろう」

 そんなことをして戦闘になったらどうなるか、あの学生たちから伝わっているだろう。

 料理と洗濯用のゴーレムは連れて行く事にした。荷物もちと、これから不自由になるであろうアンナの世話役としてつけるためである。所有権を彼女にうつし、のっぺらぼうのその顔に廃墟で見つけたお面をかぶせて出発する。図書館は封鎖し、ポータルも閉じた。ポンプなど再利用できそうなものは研究室に収納した。

 大図書館と呼ばれる古賢族の都まで二泊。最初は野宿で、次は町にとまった。ゴーレム二体をつれた俺たちを町の住人は珍しそうに見る。ここにもいる半妖がしげしげゴーレムを見て感心したように口笛をふいた。

 宿の主は宿帳に記された名前を見て目を見開いてこういった。

「あとで町長がお話をしにいくと思います」

 とんだ有名人だ。

「あなたが塔の大魔法使い、ゴウキ殿か」

 町長の用件は簡単だった。

「あなたをつつがなく大図書館まで届けるよう長老会よりもうしつかっています。用心するなとはもうしませんが、あまり過敏な反応はなさらないようお願いします」

 怖がられたものだ。

「あいわかった。しかし、長老会は誰かよこすでもなく、俺がいくのをまっていたとはどういうことか。町長は知らないか」

「さて、そこまでは伺っておりません」

 翌日、夕暮れに閉じられる寸前だった門をくぐって俺たちは大図書館にはいった。

 名前の由来である世界最大を自負する図書館が中央にそびえていることをのぞけば、それは普通の城塞都市だった。ソードキングダムに戻ってきたのかと思うほど似てもいた。

 入城した俺たちの前にすすすと半透明の童子が進み出る。ゴーレムとはまた違う使い魔と呼ばれるもので、ある程度の知能と自我ももっている。案内してくれるらしい。

 大図書館正面の扉は閉じられていたが、通用口があいていた。使い魔につづいて入ると、若い司書がこれも閉ざした。

 長老たちは議論の間で俺たちをまっていた。アンナが深々とお辞儀をするので、俺も会釈した。

「初めまして、ゴウキ殿。並ぶものなき大賢者にして、はざまの者よ」

 最後の呼びかけはいまひとつわからない。

「初めまして。長老会の皆さん」

「最初に興味本位の質問ですまんが、そのゴーレムたちはなにかね」

 中央のたぶんとりまとめ役らしい長老が面白そうに荷物かついだゴーレムたちを見ている。

「料理と洗濯を担当する家事ゴーレムです。廃墟の生活の助けに作ったものですが、いまはアンナのもので、彼女の世話をしています」

「ほっ」

 その長老は楽しそうに笑った。

「これはこれは、修羅のごときおかたと聞いていたので嬉しい驚きですぞ」

「塔を出てから、自分の魔法でたたかったのは一回きりです」

 後の普通の危険は護身用ゴーレムたちで片付いていた。

「それは失礼した、ああ、そうだニカデマス君からアンナ君に伝言だ」

「つつしんでうかがいます」

「あなたの任を解きます。報告書を出したあとは自由にしてよいですよ」

「ありがとうございます」

「あなたには長い休暇が必要そうね」

 女性の長老、つまり古賢族の老婆が気づいたらしく口を開いた。

「家を割当てますので、まずはそこに落ち着いてください。そのゴーレムたちは連れて行っていいですよ」

「ありがとうございます。でも」

 彼女は俺の顔をちらっと見た。

「いや、いってくれ」

 冷たく聞こえないか心配しながらもそういうしかなかった。

「しばらくは会えないと思うし、これからここでされる話は聞かないほうがいい話かもしれない」

「わかったわ」

 アンナは俺の手をとった。

「ゴウキ、あなたと話すのは楽しかったわ。また、そういう日がくることを希望します」

「俺もだ。君の思考は常に示唆にみちていた。また語らおう」

 恋人の別れにしてはそっけないが、古賢族とはそういうものだ。

 アンナが退場すると、沈黙をまもっていた長老代表がふたたび口を開いた。

「さて、ゴウキ殿。長老会としては君の大図書館滞在を望まない」

「さしつかえなければ、理由を聞かせていただきたい」

「君に力を悪用する意志がなくとも、疑心暗鬼を招くというのが一つ」

 ああ、あの学生たちのことだな。

「そして君は既に大図書館以上の知識の源泉を持っているから、滞在の意義がないこと」

 オラクルのことが知られているのだろうか。

「最後に、君には重大な使命があるからだ。君は魔界人界問わず世界の隅々までいかなければならない」

「その最後の使命とやらは、どうやって知りましたか」

 長老は畏れを含んだ微笑みを浮かべ一言言った。

「ダイモン」

 これは驚いた。

「ダイモンと話をしたのか」

「いや、一方的に告げられただけだ。こういうことは遠い昔に数えるほどしかなかったことで、我々も驚いている。そして君は想像通りダイモンをしっていた」

 誘導尋問にひっかかったということか。

「ダイモンはこの世界の原理だ。ということは君の使命はこの世界にとって大事なものだろう。そこまで知って、君をここでのんびりさせるのは別の意味で落ち着かない」

「わかった。では必要なものだけそろえたら、旅を続けることにするよ。アンナをよろしくお願いする」

「わかった」

 老婆の長老が微笑んだ。さすが年の功、お見通しというわけだ。

 三日滞在して俺は古賢族の国を後にした。これまで主要な種族の国をまわったわけだが、これからは無人、あるいは何がすんでいるかわからない域外とよばれる荒野だ。かなり念入りに準備して、普段はあかない国境の門を出た。

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