16 襲撃

 かなり強力な待ち伏せを受けたのは古賢族の土地と侏儒族の縄張りの間の空白地帯だった。

 塔なら各階ボスをやれそうな魔物が数匹に、生け贄なしには召還できない大悪魔三体、簡易ゴーレムであるクレイソルジャー数百。一流の術者が五、六人がかりというところだろうか。

「悪しきもの、滅ぶべし」

 そう宣言するや遠慮なく大悪魔を先頭に突っ込ませてくる。影から飛び出した護衛のゴーレムたちが大悪魔を足止めし、クレイソルジャーをさくさく打ち砕く。が、相手が多すぎる。アンナに逃げるよう指示すると、逃げないとけなげなことを言う。

「いや、まきこむので術がつかえないから」

 シールドスタッフで防御を展開し、アーススピアを唱える。

 大悪魔三体は身も凍る悲鳴をあげて絶命、消滅した。クレイソルジャーも半分が消え、魔物も死にかけの一体だけになる。

 あらたなクレイソルジャーの群れが召還され、突っ込んでくる。衆寡敵せず、うちのゴーレムたちは群がられ押しつぶされそうになる。

 大したものだ。だが、そこらへんじゅうの地面をぼろぼろにしているのはいただけない。

 魔力の視界で彼らのクレイゴーレムの術式を見る。予想通りわずか数行しかない。判定文を含めてパラメータを書き換える三行程度の呪文を考え、範囲投射する。

 一瞬でクレイゴーレムたちは崩れ去った。どっと疲れたので、さすがに魔力もかなり使ったと知れる。

「うっそ」

 うろたえた襲撃者たちは火球を地面に放って爆発の合間ににげようとした。

 残念だが、逃がすわけにはいかない。動きの早いゴーレムたちが二名を捕らえてもどってきた。残りはゴーレムの手が足りず、逃がすしかなかったらしい。

 捕虜はいずれも若い古賢族だった。男が一人、女が一人。恐怖にひきつっている。

「この子たち、学院の生徒だわ」

 アンナが彼らのローブの留め金を指差した。

「生徒にしちゃ、かなりの使い手だったが」

「そうね、才能があるんでしょう」

 彼女は二人の顔を交互に眺めた。

「そんな優秀な君たちがなんでこんな馬鹿なことを? 」

「ゴウキ、あんたは人界の魔王だ。いちゃいけない力の持ち主だ」

 急に勇気がわいてきたのか、男のほうがつばをとばしながら食ってかかってきた。

「ご挨拶だな。きちんと確かめたのかね」

「俺たちの、あれだけの攻撃をあんたはあっさり退けた。それが証拠だ」

「できなかったら殺した上で誤解をわびてくれたのかな」

「殺すまでする気はなかった」

「大悪魔けしかけてきて何をいうのかな」

「あれはすぐ消えるはずだった。そんな時間ももたなかったのは本当に驚きだ」

 口達者な小僧だ。

「もしかして、生け贄を使わない、短時間の召還かね」

 半妖の魔法使いからそういうものを聞いた覚えがある。

「生け贄は使うが、牛だ」

「なるほど。術式の見当はつく。だが、それでは召還した悪魔の知能が大分低くならないか」

「待機を命じたのだが、あのざまだ」

「いい勉強になったな。その代償に殺されるかもしれないということは考えなかったのかね」

「か、覚悟はしていたさ」

「そうか、ならば聞くが、やはり俺は排除されるべき存在かね」

 青年は俺の顔を見上げた。俺はたぶんとても迷惑そうな顔をしていたのだろう。作り笑いでもしていたらまた彼の反応は違っていたのかもしれない。

「あなたのその力は、僕たちを不安にする。あまり近くにいてほしくないのが正直なところだ」

「そうか」

 俺はたちあがって、アンナのほうを見た。彼女は首をふった。

「あなたの魔力は桁外れだけど、だからこそ制御と使い方の研究を怠らなかった。魔力よりそちらに敬意を感じるわ」

「ありがとう。君の学びを何か彼らに見せてやってくれないか」

「そうね」

 彼女はちょっと思案したあと、魔法の眼鏡をちょっと直して学生たちにいった。

「わたしは戦闘用でない魔法のほうが得意なのだけど、一つ見せてあげるわ。あなたがたの得意なクレイソルジャーの応用よ」

 ほとんど舌打ちに近い圧縮呪文を唱えると、風が耳元を舞った。クレイソルジャーの残骸や、大悪魔の死体が細切れにされ、風は去った。

「見えたかしら」

 見えたが、そんな魔法は初めて見た。

「召還魔法だけど、召還されたものがみえませんでした」

 語尾に先生をつけそうな口調で男子学生がいう。ここまでだまってた女子学生が初めて口を開いた。

「風をあやつる魔力、クレイソルジャーの魔法に似た力の言葉、もしかして、風を一時的にゴーレムにしましたか? 」

「ウィンドソルジャー。古文書に記述のある魔法だけど、欠点があって実用的ではないとされて忘れ去られたものです。ゴウキの魔法研究を見ているうちに、その欠点の克服法をみつけました」

 二人の学生の目がきらきらしてアンナを見つめている。

 目覚める前の俺の、塔での攻略法を考えたのはアンナと魂を一つにするハンナだったに違いない。

「俺、この人に教えてもらいたい」

「あたしも」

 いや、俺も同感だよ。アンナは少々エキセントリックだが、よく見てよく聞いている。いまかいま見せたことよりももっとたくさんの学びがあるのだろう。

「俺を魔王とよんだが、俺は無敗ではない。敗れた相手がいる」

「え」

 さっきの戦いで萎縮していたのだろう、俺の言葉にはおびえた声を返す。

「彼らはあんな力押しはしなかった。巧妙に、忍耐強く、長い戦いを耐えて魔力を削りきって攻略した。塔の勇者たちにくらべれば、君たちはひよっこもいいところだ」

 学生たちを交互に見て俺は尋ねた。

「それはともかく、今回の襲撃はどういう流れでそうなったのかね? よかったら聞かせてくれ」


 結論を言えば、今は古賢族の国に入らないほうがよいということになった、ソードキングダムを出たころと情勢がかわり、俺をどうするかで意見が割れているらしい。

 学生たちはその旨の伝言を託して解放した。

「アンナ、君は報告があるのだろう。俺はどこかそのへんにしばらく隠れていることにするよ」

「ゴウキ、あなたはもう気づいていると思うけど、私の任務はあなたの監視です。帰国まで目を離すわけにはいきません」

 ウィンドソルジャーを見たときに察していた。いざとなれば暗殺も任務のうちにはいっていたのだろう。あの魔法は不意打ちに最適だ。そして数値にしかすぎないヒットポイントを削るだけだった頃と違って、急所は急所としてある。彼女がそれを見せたのはもう使う気がないということだ。

「それなら、土地勘のある人に遠慮なくたよるとしよう。この近くにあまり知られてなさそうな廃墟か洞窟はないかい? 」

 アンナが提案したのは、魔王ウラの最初の攻撃で滅びた町の跡だった。呪われているという噂で近づくものはない。実際は妖精の国の沼のようにはなっておらず、ただ破壊された建物が草むしているだけの場所である。

 古賢族の町にはかならず図書館がある。それもかなり堅牢につくられ、ぶあつい壁が季節の変化から書物を守るようにできている。書庫は地下にほりさげられていて、閲覧室は明かりさえあれば快適だ。

 研究室の掃除につかっているゴーレムを呼び出して図書館を掃除し、俺たちはそこに落ち着いた。周辺には警戒網をしき、監視ゴーレムや警備ゴーレムをめだたないように配置する。

「護衛用しか見た事ないけど、ずいぶんゴーレムがいるのね」

 掃除用ゴーレムはソードキングダムの王宮女官の服装をきせた、木のマネキンのようだが、アンナはちょっと気に入らなかったらしい。

「まるで、本当の人間のように話すのね」

「学習したことを話しているだけだよ。彼女らに自我はない。ただ、ものを考える力はある」

 つまり有能な愚か者なので、実は使いにくいところもあるのだが。

「前々から不思議だったのだけど」

 アンナはぞろぞろ俺の影を出入りするゴーレムたちを眺めながら質問した。

「そんな数のゴーレムをいつの間に作ったの? ハンナであなたを見送って、アンナであなたに再会するまでの間? ううん、それでも短すぎる気がする」

 かなり察してるだろうな、と思ったが説明する時がきたと思った。

「ハンナが俺にあったとき、俺はバックパックを背負っていただろう」

「うん、軽々とかついでいて中身があるのかと思いました」

「あれは今はこれだ」

 いつもはめている銀の指輪を彼女に見せる。触れるとバックパックの背面に表示されていたのと同じパネルが目の前に浮かび、視線に反応する。これも少しカスタマイズしてある。

「使いやすい形にかえているが、あれは人界でも魔界でもないところとつなぐことのできる魔法具でね、ものをしまうのが元々の目的だった。アンナ、ハンナとして、すごく昔はどんな風に持ち物を管理していたか覚えているかい」

 アンナは首をふった。

「かつてそうであった人は、自分と私たちをきちんとわけていたの。だから自然にやってたとしか言えないわ」

 そうか。

「あれは、形而上学的な空間、概念の世界に所有者と区切りを設定して所有者が自由に出し入れできるようにしていた。割り当てた範囲で重量や数などで制限していたが、割当かたさえ分かれば、増やす事も制限もはずせるし、ただものを出し入れする以上のことができる。力の言葉を分析、研究しているうちにそれを発見して、中にはいることのできる空間を作った。魔力はかなり使うが、拡張もできる。出入りはルーンを使って行う。そこに研究所を作って持ち込んだいろいろと作業用のゴーレムを配置したんだ。彼らは家具を作ったり、ゴーレムの原型を作ったり、指示した実験を続けてデータをとってくれる」

 出入りは一カ所に限定されないのをいいことに、空気、水、資材採取と排水、廃棄のインフラも整えているが、それは割愛した。連絡を取りたい人のところへのポータルも用意している。例えば妖精族のご隠居。

「見たいわ」

 今まで見せたことのないほど目をきらきらさせて頼まれては断れない。

 図書館の壁にルーンを描いてポータルを一つあける。出入りも確かめ、彼女をさしまねいたがアンナはかぶりをふった。

「あなたの姿がそこで消えるのは確かだけど、どこかに通じてるようには見えない」

 それでも彼女は通ってみようとしたが、壁にぶつかるばかりで入れない。

「だめか」

 その原因はいずれ追求しよう。

「では、中で使い魔を出して君に貸そう。視界共有でみてくれ」

 侏儒国の技術を利用した工場群、いくつ作ったか忘れた実験室群、それらに魔力を供給する改良した魔金炉三台、制御する魔力分配室、上下水道設備、作業用ゴーレム控え室、戦闘用ゴーレム控え室、書斎、かなりひろげた書庫、そこでせっせと仕事する筆記ゴーレム。そしてポータル室の取水排水口、採掘隊の出入り口、俺が各地の知己と交流するための出口とずらっとならんでいるのを見せる。

「これほどとは思わなかったわ」

 感心するよりあきれ果てたのが彼女の感想だった。

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