15 滅びの呪文

 大工房の地上部は普通の都市という感じであった。侏儒族以外も滞在できるよう、鬼族でもあまり頭の心配がないような天井の高さになっている。しかし市街地は手前だけで真の大工房は背後にそびえる頂も見えぬ山の奥に広がっているのだ。この町はよそ者の受け入れと、大工房への物資の搬入口の最大のものにすぎない。他は隠匿されているか、偽装されているらしい。

 用意された場所は地上部最奥、賓客接待のための豪華な館のはなれだった。半地下の遊戯室があるが使われず、厳重に閉じられている。思うにここには大工房本洞より通じる通路が隠されているのではないかと思う。

 公式にあえない立場の人が密会するための場所。そんな気がした。

 その予感はあたったが、やってきたのは大工房の技術者たちだった。黄銅鉱庵主の同類たちである。もちろん、彼もいるし、シルバーギアもいた。あわせてわいわい二十と三人。いずれ劣らぬマッドエンジニアばかりという感じである。騒がしい上に油臭い。アンナはがんばっていたが、最後には音をあげて寝室にこもってしまった。

「よし、奥方は退けた」

 シルバーギアがいうのを聞いて、油臭いのも騒がしいのも、そのわりに脱線しかしていなかったことも意図的だとわかった。

「アンナをなぜ? 」

「彼女は政府筋とつながりがあるから、ここからの話は聞かないほうがよいじゃろう」

「半妖だけで起こせるものではないと」

「わしらの結論はそうだ。貴公はどう思ったかね」

 俺は少し考えた。結論はほぼでている。面白い技術だが、とても危うい。

「あれはゴーレムだ。ただし」

「とても小さなゴーレムの集合」

 ゴーレムではないが、そういう群体が個体のようにふるまう話なら、あちらの世界で読んだ。だが、この世界の住人も同じ結論に達してるとは思わなかった、

「魔金の変化によってこわれた部分は壊し、自分を複製して埋めている。だから形が保てる」

「集合で機能するように作っているところには設計があるはず。これは侏儒族の技術が入っている。犯人の半妖が自分で身につけたのか、誰か協力者がいるのかわからないが」

「もう一つある」

 俺は指摘した。

「最初は魔金の補充分にゴーレムをいれて加えたはずだが、最初のゴーレムに使った魔金はどこから入手したのかな」

「それは、調査中だ。いまだに進展はないようだが」

「廃魔金はしらべたか? 」

 ざわっとざわめきが広がった。

「その存在をなぜ知っておる」

「ブロンズフィスト氏と語らった」

 ざわめきはおさまったが、舌打ちも聞こえた。うかつ、そう思ったのだろう。

「あれを加工するとなると、やった者もただではすまない」

「世の中、容認しがたい生より華々しい死を選ぶ手合いがどこかにいるもの。それに知らないだけで安全な取扱方法があるのかも知れない」

 シルバーギアが何人かの仲間と小さく言葉をかわし、うなずいた。

「調べてみよう」

「問題はあのゴーレムの処分と再発防止策となるわけだが」

 全員が一斉に膝をつめてきた。

「ゴーレムと生物の違いは、ゴーレムは限りなく人に近づいてもどこか空虚で不安定な存在だということだ。ほうっておくと自己崩壊してしまうため、ゴーレムにはあえて弱点がもうけられる。よくあるのが体のどこかにある単語を書き換えてしまう方法、もう一つは滅びの言葉、滅びの言葉は偶然がこわいので、普通は使われないが、このゴーレムは活動の場所が場所なので使っているはずだ」

「なるほど」

「もう少し時間をくれたらなんとか探り出してみる」

[お願いする、して予防法は? 」

「魔金を補充したら、出力最高にしてゴーレムを焼尽すことかな。そしてそれを隠さないこと」

 シルバーギアがぽんと手をうった。

「対策を取られたと知ることが予防法か」

「いかにも。このこと、評議会でも報告をお願いする」

 ここで技術者たちがにやにや笑い出したので面食らった。

「承知した。委細、我ら評議委員会が承認しよう」

 シルバーギアがいる時点で気づくべきだった。彼らは純粋に技術者であったが、この国の為政者は技術者がなるのであった。


 ルーン、つまり滅びの言葉は気になる内容であった。

「魔王ウラよよみがえり、降臨したまえ」

 魔界派の半妖でもなければ唱えそうもない言葉だった。誰が唱えるかで少し紛糾し、結局俺が唱えることになった。

 ゴーレムが崩壊したらあの人型はただの魔金の塊になる。魔金はそれ自体危険物である。

「処置はまかせてほしい」

 何やらものものしい機械装置をいくつもならべて議長が言った。それなら任せてしまおう。嫌な予感しかしない言葉を唱えることになったのだし。

 心配したようなことは起きなかった。いや、起きなかったと思う。ゴーレムはふと動きをとめると、形が崩れ、ただの不規則な塊に変じた。侏儒族の技術者たちが押しのけるようにそれを囲み、うるさい音をたててなにごとか処理を始めた。

 アンナが袖をひっぱった。顔を見ると、だまってついてくるよう促される。技術者たちは魔金の処理に夢中でこっちを見ていない。さりげなくアンナについていくと、物置から手招きしている。真面目な顔がなんだかおかしいが、言われるままにはいると一人の若い古賢族がいた。

「やあ、初めまして。ここで大使というか連絡係をやっているコルップといいます」

 気さくな男のようだが、どうしていまごろ顔を出したのだろう。

「なんで今頃、かといいますと、つまるところ軟禁されていたからです」

「軟禁? 大使をかい」

「ちょっと知りすぎたことを知られてしまいましてね。事がすむまではあなたと接触させてもらえなかった次第」

「何を知ってしまったのだね」

「魔界派の半妖にさせていたことですよ」

「させていた? 」

「転送魔法の得意な魔法使いに魔界に通じる穴をあけさせようとしていたんです」

 まった、心当たりがあるぞ。

「鬼族のところであった彼か」

「はい。いっときは魔金炉一つ占有して大々的にやってたんですが、それがまずかった」

「評議委員会が素知らぬ顔のできないくらいに知られてしまった、あたりか」

「正しくは、その計画を推進していた評議員以外にばれたというところです。問題の評議員は失脚し、魔法使いは拘束された。そうしたら、守護巨人の暴走があって魔界派半妖たちは追放されることになった。その魔法使いもどさくさに追放されてしまった」

「魔界への門をあけることは実質、不可能だ」

「魔金炉を全力運転させても無理でしたしねぇ。失脚した評議員も、小さな穴がせいぜいだと思っていたようです。それでも、廃魔金を捨てるには十分」

 予感が確信になった。

「失脚したのはブロンズフィストという評議員か」

「はい。お会いになりましたね」

「あの群体ゴーレムの設計」

「あれも処理方法の一つとしてゴーレムの達人と研究していたそうです」

 なんてこった。

「まさかと思うが、俺にあの言葉を言わせるのが魔界派の狙いか」

「評議員会も妥協しました。魔界派の残党は侏儒国でこれ以上騒ぎを起こさないという取引」

「それで、何が起こるんだ」

「さあ、魔王が復活するとでも思ってるのでしょうね」

 ありえない話でもないだろう。復活するなら、問題はどこに、ということになる。

「知っていることはこれですべてです。評議員会もすんだことで知らない顔をするでしょうし、後の祭りというやつです」

 してやられたというわけだ。

 それなら遠慮することはない。評議委員会から謝礼として巻き上げたものは守護巨人用の小型の魔金炉と魔金一トン。それに今ある廃魔金のすべてだった。ゴーレムたちに手伝わせ、梃子魔法を利用して触れることもなくラボの別室に格納する。彼らにはいきなり消えていくので驚いただろう。そのかわり、魔王復活のこころみに手をかしたことについてはしゃべらない誓いを立てた。

 ここまでにはより完成度の高い魔金炉と、廃魔金の最終処理についてはおおむね理論ができていた。あとは詳細をつめ、実験し、完成をめざすだけである。そのためにも、ゴーレムたちの知性をあげ、判断力を向上し、組織化をはからなければならない。


 侏儒国を後にした。いよいよ最後は古賢族の国への帰還である。

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