14 大工房
侏儒族の都、大工房は一見、中規模の都市であったが、そお地下には侏儒族しか入れない区画があり、他にはない大規模な施設がいくつもあるのだという。そのシンボルは純粋に機械的に動く守護の巨人群。動きは遅いが分厚い装甲と絶大な力でまるで掃除でもするように外敵を薙ぎ払うのだという。もっとも、そんな目にあうような外敵の侵入を許したことはないが。
その大工房にいき、侏儒族の評議委員会で発言するのが頼まれた仕事だった。
シルバーギアが同行を申し出てくれたのはありがたかった。だが、彼の意図はまた別にあるという事がわかる。
「大工房近辺は今は侏儒族以外の立ち入りが禁じられている」
連射式クロスボウで武装した兵たちに止められたとき、シルバーギアが顔を出して口をきいたのだ。何があったか聞いたりはしない。知っているということだ。
「通行の許可はとったが、一つ約束してくれまいか」
戻ってきた彼は我々二人の顔をじっとみながらそういった。
「どういう約束かによるが」
「大工房に近づくといやでも気がつく事があると思う。それについてはだまっていてほしいのだ」
「何があったのかね」
「半妖の魔界派のはねっかえりが、とんでもないことをやってくれた、こういえば他言が何をもたらすかわかると思う」
なるほど。
「承知した。おかげで鬼族が困っていたようだが」
「ああ、その件はさすがに何か手をうたなければならないとは思うのだが」
シルバーギアは口ごもる。なかなか意見がまとまらないのだろう。鬼族のあの王は豪放に見えてかなり計算高い。侏儒族が不利な条件で和解することになるのが目に見えるようだ。
「まあ、魔王すべてを退けるまでは戦争だけはやめていただきたい」
「わかっている」
大工房の城門が見えてきた。半壊しているのが遠目にも見える。そして守護巨人像らしいものが片方にだけバランス悪くたっている。その手前にさらに三体ならび、二体が倒れている。ずんぐりした侏儒族のプロポーションにこれまた甲冑姿、顔は飾りなのだろうけど、誰かをモデルにした造形。
立ってる三体は倒れている二体の片方を見張る格好だった。見張られているほうは結界なのだろうか、金色のポールとしめなわで囲まれている。そうでないほうの一体は修理中なのだろう。足場がくまれ、起重機が何かをつりさげ、人影が忙しく動いている。
「同士討ち? 」
「あの倒れてるやつが暴走したんだ」
「暴走した? 」
「あれの横を通るからよく見てくれ」
門の前である、確かにいやでも通ることになる。
「ちょっとまった」
呼び止められた。ゴリラのようなメカを従えたひときわ小柄な白髪の侏儒族。前頭部が奇麗にはげ、のこりの毛は後ろ向きになでつけてとがらせてある、白衣でないのが残念だが、いかにもマッドサイエンテイストという風情だ。
「シルバーギア殿がご一緒ということは、そこにおる古賢族の魔法使いは塔の魔法使い、ゴウキ殿ではあるまいか」
その呼び方は初めてだ。それじゃまるで塔の主の悪い魔法使いのようではないか。
「いかにもゴウキです。貴公は? 」
「黄銅鉱庵主と号すもの。守護巨人を設計した暇人だ」
あれを? 俺は巨人を見上げた。
「貴公の見解を聞きたいものがある。少し見てもらう時間をいただけないか」
「俺は、かまわんが」
こっちをうさんくさそうに睨んでいる技術者や警備の戦士たち。こいつらはかまうと思うのだが。
「気にするな。それより一刻も早くきてくれ」
「わ、わかった。油臭いと思うがアンナもきてくれ」
勉強熱心な彼女の知見もあったほうがいいだろう。
「わかりました」
シルバーギアは馬車に残り、俺と彼女は倒れた守護巨人にかけられたはしごをのぼった。足下が危なっかしい。そのみぞおちにあたりあたりに広く高く天幕をかけてあり、外から見えないようにしている。
そこに、それはいた。
アンナが小さく悲鳴をあげた。
黒ずんだ金色の、鬼族ほどはある人形がゆっくり身悶えしている。人の形をなぞってはいるが、目鼻もなにもない。その手足には何本もの槍がささり、特に太い槍がその体を射止めている。その両脇には真っ二つに割れた卵型の金属殻があり、これだけ見ると、その卵からこの魔物が孵化したように見える。
「魔金だな」
そして殻の内ばりを見てすぐ判断ができた。
「魔銀で保護していたのか」
「ご名答。して、これは何に見えるかな」
魔力を感知しながら、魔金でできたものと、魔銀を使ったもの別々にさぐってみる。
「アンナ、君の意見は」
彼女はかぶりをふった。
「この殻のほうには魔力伝達の仕掛けが何重にもかかってることはわかります。でもあとはさっぱりです」
「いや、驚いた」
本当に驚いた。アンナは魔力のかかった眼鏡をはずしてふきながら、満足そうに微笑んだ。
「魔金から魔力を抽出する仕掛けを作っておったのですな」
「大工房の機械はそれで動かしています。とても便利ですが、難点もありましてな」
「するとこちらは燃料の魔金か」
精密機械に使える魔銀が堅牢な秩序にあるとすれば、魔金は混沌そのものである。
「ゴーレムにできるとは思わなかった」
「消耗した魔金の補充分に何かされたようです。ゴウキ殿はかなりのゴーレムマスターと聞き及びます。それが何か、わかりますか」
「なんとなく見当はついているが、一昼夜ほど時間をもらえませんか。それとサンプルを少々」
「大工房より外にもちださないならよろしいですとも。場所も提供しましょう。監視つきになりますがご容赦」
「承知した」
「一つ、お聞きしてよろしいですか」
アンナが外務官僚としての顔で黄銅鉱庵主に問うた。
「よろしいですとも」
「魔金炉、とでもいうのでしょうか。これは国家機密ではありませんか? 」
「関与を疑った半妖たちを追放した時点で、もはや無用の心配です。私は自分の残りの人生の心の安寧を失うとしても殺すべきであったと思うのですが、人界派の半妖の反発も必至であればやむをえません」
ああ、と納得した。もはやあとは再発防止しかないのだ。でなければ魔金炉をすべて破棄するしかなくなる。大工房も文字通り火が消えることになるだろう。
ブロンズフィストとの濃密な議論を思い出す。彼はいっていなかったか? 魔金から取り出せるものはある。だが、最後に残るものはそれこそこの世の外にでも捨てないと害ばかりもたらすことになると。
彼はその処理を研究していた。あの夜の議論でそれはだいぶ進展を得たようだが、まだまだ遠い。
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