13 工房の町

 侏儒族というと地下の住人という印象が強いが、町は実は地上にあるか、地下のごく浅いところにある。地下はあくまで採掘、そして城塞として機能している。もし強大な軍にせめこまれても、トンネルの狭い通路で迎撃され、はりめぐらしたトンネルを通って神出鬼没に攻撃されるとなかなか陥落しない。それが侏儒族の地下要塞である。神出鬼没ということは、兵糧攻めをしたくても物流を絶つのも困難ということである。

 平和であれば、旅人がそんな地下部分に立ち入ることはない。あっても町をもうけたごく浅い部分だけである。実際、侏儒国にはいってから泊まった商人宿は二件とも普通の建物で、主人は侏儒族でも働いているものには半妖もまじっている。魔界派排斥前はもっといたのだろうなと思うくらい半妖は多かった。

「へえ、塔からおいでで」

 愛想はいいが目が笑ってない。言葉は穏やかで耳触りはいいがそれだけ、そんな亭主が俺の言葉を信じていないとしてもたいして怒る話ではない。こんなところに古賢族がなんだ、とうさんくさく思っているのだろう。

「あそこにも侏儒族の戦士がいたが、複雑なのになめらかに動く弩や自動火口箱などよくできた機械装置を使っていた。何か面白いものがないかと思ってね。時計とか」

「ほう、それはそれは。時計ならこの町にもいい職人がいますぜ。朝からあけてるはずだ。いってみなせぇ」

「ありがとう。いってみるよ」

 にっこり笑う。亭主の愛想笑いは完璧だったが、目は変人を見る目だった。

「あんな油臭いもの、何がいいんです? 」

 アンナの意見は古賢族としてはいかにももっともだ。妖精族と古賢族は金属製品を好まない。

「時計は便利だよ。非常に正確だ。それに金属ゴーレムと機械仕掛けを組み合わせてみたくてね」

「探究心はすばらしいですけど、気持ち悪くなるので油臭いままこないでくださいね」

 嫌われてしまった。

「注意するよ」

 するしかない。派手なことはだいたい私の担当だが、地味なことは彼女がそつなくこなしてくれる。それに彼女は勉強家で魔法の研究で意見をかわすのによい相手だ。彼女は彼女で塔の分身が使える魔法の研究をしているらしい。俺の魔力制御の修練と研究は威力のコントロールだが、普通の魔法使いは一点集中で効果を高めるなど利用方法があるらしい。

 そういうわけで彼女に口をきいてもらえないのはちょっと困るのだ。    

 翌朝、まだ寝ている彼女を宿にのこして亭主に聞いたあたりにでかけけたみた。

 小刻みな槌の音、金のことおもわれる切削音、それにアンナの嫌いな機械オイルの臭いの中で侏儒族の職人がめいめいの工房で一心不乱に作業している。軒先のテーブルには見本らしい機械仕掛けがいくつもほこらしく展示してある。

「おや、古賢族とは珍しい。何かお探しかな」

 髭の立派な職人が顔をあげ、俺に話しかけてきた。

「時計のよさそうなのと、あと何か珍しいものはないかと思ってね」

「変わった古賢族だな。あんたらは黴臭い書庫に閉じこもってるものだろう」

「ここに図書館はあるかい? 」

「あるとも」

 バカにされたと思ったか、職人はむすっとして言い返してきた。

「技術書ばかりだが、あるぞ。俺もたまにいって先人の工夫や失敗に触れるんだ」

「ほほう」

「一番すごいのは大工房の付属だが、ここのだって立派なものだ。持ち出しはできないが、時間内ならよそ者でも閲覧できるぞ」

 後で行ってみよう。

「時計は何かおすすめが? 旅の間使うので、小さくって丈夫で、正確ならいうことない」

「それならこれだな」

 見せられたのは懐中時計。

「こいつは凄いぞ。クリスタルの放つ魔力周期を感知して時間の経過を計っている。俺たちの材料変成技術を応用した傑作だ。作ったのがわしでないことだけが残念だ」

「ほう」

 クォーツか。

「材料変成技術か。強化したり加工しやすくするための魔法かね」

「魔法ってよびかたは嫌いだが、そんなとこだな」

 なるほど、侏儒族が鍛冶にすぐれているのはそのへんか。

「気に入った。いかほどか? 」

「高いぞ。いいのか」

「よい品に惜しみはせんよ。ただし、値段の根拠はちゃんと示してくれ」

「ようし売ろう。だが、払えるかな」

 数分後、目を丸くする職人から俺は領収書を受け取った。さすがに大きな出費だった。すぐに心配になるほど減ったわけではないが、資金の運用はいずれきちんとせねばなるまい。

「これがないと盗まれたとか言われそうだからな」

 懐中時計を懐にしまうと、他になにかないかぶらぶらする。一回りしたら図書館にいってみるつもりだったが、もう一つ、研究用にこわしてしまってもあきらめのつくものがほしかった。

 展示物は武器が多かった。連発式のクロスボウや単発だが機械的に威力を高めた弓などである。それよりやや多いのは道具。一引きで二回引いたくらいきれるのこぎり、みじんぎりなど簡単に作れるいわば手動フードプロセッサー、素材強化に徹したものだとほとんど減らない砥石、切れ味が落ちないとうたう包丁。高度だと思ったのは義肢だった。職人自身片足で、自作の義肢でいくぶんぎこちないながらも杖に頼ることなく歩けている。どう動くかを見てしみじみ感心した。

「旦那も、お友達なりにこういう不運があったときはおいらのことを覚えておいておくれよ」

 いくつか質問しても職人は気持ちよく答えてくれた。

 結局、購入したのは切れ味の落ちないとうたうナイフ、オイルライター、義肢職人がデモ用に作った自動歩行人形、それに最初の時計だった。

 図書館は半地下で坑道に空気を送る仕掛けを応用したらしく、温度も湿度も適正に調整されたすばらしいところだった。技術書が多く、オラクルの力をかりつつ、購入した物品の解析を行いつつ閉館の時間まで俺は没頭した。

 夕方近くなって宿に戻ると、アンナが仁王立ちしてまっていた。

「今までどちらに? 」

 声が怒っている。宿の主は離れたところで帳簿をつけつつこちらをちらちら見ている。

「図書館」

「侏儒族がそんなものもってるわけないじゃないですか」

 ひどい偏見である。主もはっとなったようだが、何も言おうとはしなかった。

「技術書ばかりだけど、彼らは魔法も技術と呼ぶからね」

「楽しめましたか? 」

「うむ、いろいろ知見が広がった」

「そうですか。よかったですね。明日は出発できますか? 」

「あ、ああ」

「わかりました。あと、油臭いので明日まで近くにこないでください」

 くるっときびすを返して部屋に引き上げる。

 ああ、やってしまった。

 それくらい面白かったのだ。ゴウキとして生まれ変わる前、死にかけた老人として長くすごしたあの世界では俺は技術屋だった。マイコン工作なんてのもやったし、仕掛けものは嫌いではない。同じところ、ことなるところ、その事情。そういったすべてがたまらなく面白かった。

 アンナが口をきいてくれないのを幸い、いろいろ浮かんだアイディアをまとめ、試作プランをまとめているとドアがノックされた。

 宿の主人が来客だという。入ってきたのは時計を売ってくれた職人だった。

「自己紹介が遅れた。ここの代表で中央大工房の評議員をやっておるシルバーギアという。塔帰りのゴウキ殿でよろしいな」

 口調もなんだかあらたまっている。服装もメタリックな糸を織り込んだ豪華なものだ。評議員は十三人しかおらず、権力はソードキングダムなら伯爵に相当する。

「いかにもゴウキです。評議員自ら普通の工房で汗を流しているとは」

「自分の工房もちゃんと回せないようなものに誰が町とその生活をあずけるだろう。ここは技術の国ゆえ、ソードキングダムのように生まれによって、鬼族のように力によって地位を得るのではないのだ」

 なるほど。

「して、用向きのほどは」

「時計の代金なのだけど」

「足りませんか」

 侏儒族はケチでがめついといわれてるが、さすがに今更であろう、

「いや、多くもらいすぎだと師匠に怒られましてな。半分お返しするか、別のものをおまけで提供するかなのです」

「別のものですか」

「何をお渡しするかは師匠と相談していただくことになる。返金ならいますぐにでも」

「あなたの師匠にあいたい。どこにおられるか」

 シルバーギアは小さく、深くため息をついたようだ。

「わけあって師匠は工房を離れることができない。地下にあるので、そこまで案内いたそう」

 この日、少し考えたらすぐわかりそうなことを一つ、身をもって覚えた。侏儒族のトンネルに古賢族がはいると頭がこぶだらけになる。

 広々とした空間に、きらきら輝く金属塊が積まれている。何の金属だろう、青みを帯びた黒だ。そして魔力を感じ取りことができる。

「これは魔金だ」

 俺の視線にシルバーギアが答えた。

「あの時計のような高度なからくりは、コアの部品を魔銀で組むのだけど、魔銀を百つくれば魔金が一できる。魔金は危険なのでこうやってずっとためているんだ」

「魔金はどう危険なのだ? 」

「魔銀はどんなに小さく加工しても非常に堅牢に形を保つが、魔金はなんというか、自由なのだ」

「自由? 」

「ほら、あそこに何か動いていないか」

 指差された場所に小さななにかが動いている。大きめの蜘蛛のようだ。

「金属でできた蜘蛛? 」

 かさかさと動いていた蜘蛛が不意にまばゆい光を放つと、自らの熱でとけて崩れて魔金の塊の中へともどっていく。

「何が急に形成されるか、何をするか、どうなるかわからんのでは利用もできない」

 なるほど。

「それで、あなたのお師匠はここで何を? 」

「魔金をなんとか制御できないか研究しておられる」

「ほう」

 重厚な机があった。膨大なノートが積まれ、あるいは崩れている。人影はない。が。気配はある。

「師匠、お連れしたぞ」

 崩れたノートの山がもっそりうごいた。侏儒族の中でもひときわ長いひげの老人が姿をあらわした。

「ようこそ、ようおいでなされた。わしはブロンズフィスト。そこなシルバーギアの師匠になります」

 俺とかわす握手の手はたこだらけだった。

「あの時計を作ったのはあなたか」

「なに、ほんの手慰みよ。弟子がふっかけてもうしわけなかったですのう」

「いや、その価値はあったと思いますが」

「わしが納得できんのだ。まぁ、そういうわけで、何かさしあげたい」

 俺は魔金をゆびさした。ブロンズフィストはにこやかにかぶりをふった。

「すみませんの。持ち出し禁止なのです」

「では、そのお話を聞かせてもらえますまいか。魔金のことは知らなんだし、どう危険なのか、興味があります」

「変わったお人ですな」

「古賢族は知識の探求者ですから」

「いや、しかし」

 といいかけて俺の顔を見て、老人は苦笑した。

「わかりました。夜は長い。語りましょうぞ」

 翌朝、眠い目をこすりながら宿にもどるとアンナが仁王立ちしてまっていた。

「昨晩はどちらへ? 」

「この町一番の賢者と語らってきた」

「今日は出立できるのでしょうね」

「ああ、大丈夫だ」

 馬車の中で居眠りすることになると思うが。しかし、それだけの価値はあった。


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