12 半妖たち
半妖は魔界と人界が別れる前からいた種族の一つで、実は魔界にも住んでいる。世界を魔界で統一しようとする派、人界に統一しようとする派、再度混沌に戻ればいいと思う者、いろいろいるらしい。そもそも国を持たない民である。その扱いも国によって異なる。
「しかしこやつらは実はましなほうでして」
ロクジュは汗をふく。
「もっと面倒な連中がいると? 」
ややこしそうだ。
「はい、彼らは王制転覆とその後の共存共栄を企んでいるだけにすぎません。実のところ、蜂起まではおとなしくしているでしょう。対し、過激な王制支持派がおりましてな。これが時折半妖を手にかけるもので、半妖のほうにも報復に出る者が出るしまつ。とくに魔界派過激派は派閥としては泡沫であったのですが、過激なメンバーを増やして事件を起こしております」
「鬼族には苦手そうな状況だな」
「王にとって頭が痛いのは過激な王制支持派が数をふやしていることでして」
なるほど、難儀な味方は老獪な敵より厄介というわけだ。
「ところでロクジュ殿。侏儒国からの難民はなぜ鬼国にとどまっているのですか」
「魔界派が多い事にお気づきでしょうか。侏儒国は半妖なら誰でも追い出しているわけではないのですよ。人界派はむしろ優遇しているのです。わりとどこでもそうですが、鬼族は実力主義のせいか、そのへんはあまり気にしない。たぶんそのせいでしょうな」
「なるほど」
力づくで追い出すというわけにもいきそうにないようだ。
「面倒だな。まとめてふっとばすか」
もちろん冗談である。とはいえ、それで済んだら楽だよなと思うところはあった。
「無差別はやめてくだされ」
ロクジュが焦る。
「それに、我々にはいろいろな魔法の使い手がいるのでどんな面倒があるかわかりませんぞ」
知ってる。ゴーレムの作り方は彼らの一人から学んだものだ。
ん、まてよ。
「ロクジュ殿、その魔法の使い手たちに話を聞きたい」
これは、いい機会かもしれない。
「ゴウキ殿、にやにやしておられますね」
まあね。
半妖たちの魔法は最も古い形の魔法で、数系統の基本魔法の組み合わせで作られている。そのことに気づいたのがゴーレム研究の過程だった。オラクルに尋ねると確かにそうで、おそらく理論的継承はされてない。だが、話をきけばそれを抽出することはできる。あとはオラクルから答えを引き出すための質問と実験、記録となる。
鬼族の問題をどうにかすることはこの時点でもう忘れていた。出口のない話だ。さっきの冗談を本当にするくらいしか俺も思い付かない。
「それでは、案内をつけましょう。よさそうな者をしっております」
そういって、ロクジュに紹介されたのは顔色の悪い痩せた男で、目つきも悪い。半妖の容姿はさまざまだが、この男はほぼ陰気な人間だ。もっとも後でわかったことだが、狐のようなしっぽをかくしていた。
「アカザザともうします。古賢族の方々の前でお恥ずかしいことですが、魔法を操る者のはしくれです」
そういいながら、値踏みするような目を向けてくる。
「ゴウキと申す。こちらはアンナ」
アカザザはぺこりと頭をさげてからこんなことを言ってきた。
「山賊をゴーレムでこらしめたとか。もしよろしければそのゴーレムを見せていただけますまいか」
「あなたもゴーレム作成を? 」
「いえ。でもゴーレム使いは何人もしっておりますので」
「そうかね。では恥ずかしながら」
影のなからぬっと作業用ゴーレムがでてきたのを見たアカザザの顔は一見の価値があった。この細目の男がここまで丸くできるのかとおかしかった。
「これはおどろきました。いえ、大きさではございません。大きさだけならこれより大きなものを作るものはおります。しかし、なんですかこの精緻な仕上がりは。これと勝負したという鬼族、相当に力が強かったでしょう」
「こんなものを使っておったよ」
ものいれから、巻き上げたベルトを出してみせた。アカザザは目を輝かせた。
「これは珍しい。作者のこころあたりは何人かおりますが、いずれも数百年から千年前の半妖の魔術師です」
ああ、と急になっとくした。こいつは魔法オタクだ。ロクジュの人選の理由がわかった。
「あいわかりました。とっておきのかたがたをご紹介しましょう」
最初の陰気なイメージとうってかわって、鼻息あらくアカザザは言った。
こうして、何人かの半妖の魔法使いにあうことができた。いずれもかなりの術者であったが、アカザザの紹介がなければそうとはわからない者が多かった。
「うるさいんじゃよ、魔界派の連中が」
「そういうあなたは? 」
「もちろん魔界こそあるべき姿。だがあいつらはなんかおかしいわい」
まぁそんな感じである。
知識の一端を彼らから引き出すのに代償が無用ということはなかった。一部は金で応じた。そういう者は真似できまいというものをひけらかしてくれることが多かったし、知識を求めてくるものもいた。古賢族というより、塔での一般的な魔法でことたりた。あるいは身の回りの世話をするゴーレムを提供することで応じてくれたものもいた。そしてごくごく少数は何も求めなかった。
いや、もっととんでもないものを希望してはいた。
「わしは魔界への門を開こうと研究しておる。意見を聞きたい」
それは無理な話だった。簡単に開けるなら魔王たちも塔に一人づつやってきたりはしない。
「しかし、転送はいけそうなのだ」
というので研究を見せてもらった。彼の転送魔法は物理的に位置をいれかえるのではなく、可能性の拡張であった。不確定性に似ている、半妖は魔界にもいる種族なので、その存在をゆらがせれば転送できるのではないかという研究である。
なかなか面白い研究だった。一つ思い付いたことがあって伝えると、彼はぽんと手をうって感謝の言葉をのべた。
後で再度分析して、何を教えたのか理解して俺は真っ青になることになる。
そしていろいろ手遅れでもあった。
アンナの苦笑いに見守られつつアカザザのオタク話に辟易していると、あれ以来姿を見なかったロクジュがやってくるのが見えた。
「やりましたな」
は? と怪訝な顔になる。
「魔界派の半妖の半分が姿を消しました」
いったい何がおきたのか。こういうことにくわしそうな者といえば。
俺の視線にアカザザは自慢そうに鼻をこすった。
「名は出せませんが、ゴウキ殿とひきあわせた転送魔法の達人が、魔界転送符の作成に成功したのです。魔界派のかなりの数が魔王に合力するため旅立ちました」
「ゴウキ殿」
アンナが俺の顔を見た。俺も事態は理解していた。たぶん真っ青な顔をしていたのだろう。
「アカザザ、一つ教えてくれないか」
「なんでしょう」
「半分くらいしか行かなかったのはなぜだ。数がそろわなかったのか」
「いえ、数は十分あります。あたしも一枚もらいました」
ぺらっと見せたのは革に複雑に書かれた術式が刻印されたもの。
「見ていいか」
「どうぞ、でも汚さないでくださいよ。発動のためには自分の血をたらす必要がありますので特にご注意」
ほぉ。
術式は手でほっているわけではなく、精緻な焼き印でやきつけてあった。仕上げにいくつか手間をかけているが、うまいやりかただ。
術式を追い、かわした話を思い出してすぐにわかった。
「これは、一方通行だ。一度行ったものには変化があって、同じ方法では帰ってこれぬ」
「ご名答でござる。さすが」
なるほど、そういうことなら腰の引けるものもでよう。
「同じ方法で、あちらから送り込まれてくるものがおりませんか」
アンナの懸念もごもっとも。
「これは半妖しか使えない。魔界からこれでわたってくる半妖は、まぁ大半は人界派だな」
「何より、これ作った先生があちらに行く気がありません」
アカザザはなぜか得意そうだ。
「なんでだね」
「魔界転送門の研究、あきらめる気がないそうで」
無理なんだがなぁ、と思ったが、それは言わないことにした。
「大体事情はわかりました」
ロクジュが安堵の息とともにそう言った。
「経緯はともかくゴウキ殿のおかげです。ありがとうございました」
俺は苦笑いとともにどういたしまして、と答えた。
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