11 尚武の国

「おい、おまえ。俺と勝負しろ。負けたら有り金半分おいていけ」

 どういうことだ。俺は案内人を見る。国境で茶屋をやっている男で、妖精国と鬼国の国境には珍しい人間だった。どっちも商売にはあまり気がないのでチャンスを求めて移住した。そんなことを言っていた。

 そして目の前に現れた鬼族でもひときわ大きいやつがそんなことを言ってきたのだ。その背後には子分らしい普通の鬼族が二人、こっちはにやにや笑ってる。いずれもごつごつしたこん棒をもってるし、これまで奪ったものであろう雑多なもので体を飾っていた。

 茶屋の男は後ろめたそうに下がってみている。そういうことか、と察した。たぶんこうしないと店を壊されるのだろう。

 有り金半分ですませてくれるとは、しかし人のよい山賊である。

「吹っ飛ばしますか」

 アンナが手の中に火の玉の種を宿しながらささやいてきた。ハンナと同じなら後ろの二人は即死、ボスは半殺しになる威力があるだろう。

 だが、古賢族の見るからに魔法使い二人を前にこの鬼はえらく余裕をもっている。無知でなければなにか隠し持ってるということだ。

 少しまて、と彼女を制して俺はボスの顔を見上げた。

「勝負といったな。こちらが勝てば何をくれるのだ」

「なんでも一つくれてやるぜ。財布はまるごと一つあつかいだ」

「そうか、魔法を使えばそれもふっとばしてしまうな。どうだ、俺の護衛とレスリングで勝負せんか」

 魔法を使わない、といったときにボスががっかりするのを俺は見逃さなかった。アンナも気づいたようだ。

「護衛なんかどこにいるんだ」

「ここさ」

 心で影にひそませたゴーレムに出てくるよう命じる。力仕事用なので武器はもっていないし素早くもないが、力は大きさ以上にある。それでもこの鬼より頭半分大きいが。

 ゴーレムは力士の姿をしていた。表面は力仕事でつぶれないよう硬度の高い青光りす鋼鉄である。

「さあ、勝負したまえ。それとも負けを認めるかね」

 影から他のゴーレムに頭だけチラ見させるよう指示する。他にもいる、と察して馬鹿なことを考えないようにする。

 鬼のボスは少しはがんばった。たいした膂力だ。だが、最後には信じられない顔で地面に組み伏せられた。

「なんでも一つだったな」

「くそ、好きにしてくれ」

「体。さぐらせてもらうよ」

 ゴーレムに羽交い締めにされたその体を探ろうとすると自由になる足で蹴ってきた。そういう気もしたのでシールドスタッフで防ぐ。足を傷めた山賊は苦悶の表情となる。

「いまので一つ追加ね。次やったら首折って身ぐるみだから」

「わ、わかった」

 魔力を感知しオラクルに照合しながら、面白そうなものを二つ彼から取り上げた、一つはシールドスタッフの仲間。一日一回だけ何種類かの属性の魔法反射する首飾り。彼の首には小さいのでポケットにしまってあった。これが自信の源か。あと一つは彼のベルト。肉体強化の術式がはいっている。そのかわり食事は倍量必須で、老化もはめてた時間だけ早くなる。それをはずすとき、激しく身悶えして抵抗したし、哀願もしてきた。身を削ってでも強くありたいのだろう。

 山賊のボスは子分より小さくなってその場にうなだれた。

「じゃあな」

 案内の男は目を見開いている。子分ふたりはひそひそ話をしているがその目はボスにむいている。

「あんた、案内を続けてくれ」

「は、はい」

 ちらちら山賊たちを眺めている。

「税金払いたくないのだろうけど、どっちかの国の保護にはいっておいたほうがいいよ」

 そうします、男は蚊の鳴くような声で答えた。

 しかし、おもしろいものが手にはいった。研究させてもらおう。魔法キャンセルはシールドスタッフの補強に、強化ベルトはゴーレムたちのブーストにつかえそうだ。その術式のコマンドラインを解析し、オラクルに質問し、実際にやってみる。そうやって部分となるコマンドを取得し、これを設計にのせて開発していくのだ。機械的にできる部分は助手のゴーレムに任せている。


 鬼族は大きな都市は作らないが、闘技場だけはずいぶん立派なものを作る。

 国内最大の闘技場に隣接して王宮がある。王をきめる戦いの勝者はその日からそこに住み、地位を失ったものは生きていれば追放され、五体満足なら奪回のための再戦を期するのである。

 実際に国を動かしているのは王ではなく王宮で事務にいそしんでいる鬼族でもインテリの官僚たちだ。それでも王の無茶ぶりには逆らえない。

 当代の王は三期を勝ち抜いてきた豪傑で、驚いた事に自らわれわれを出迎えてくれた。何事も率直な人物のようだ。

「国境で不埒者をこらしめたそうだな」

 愉快そうにそんなことを言う。どうやったのだ、というので起重機と力比べさせたのだと正直に教えた。

「無茶には無茶です」

「なるほど。わしならそれに勝てるかな」

「およしください。力比べだけならどうかわかりませんが、あれはあくまで作業用。技を加えればひとたまりもありません。道具を壊しても道具を間違った使いかたをして壊しても何も誇れるものでありますまい」

「そうか。ところで塔のわが眷属たちは当分帰って来れないというのは本当か」

「魔王をあと五十九柱しりぞけねばなりませんゆえ」

「あいわかった。わしも次に王位をたもてなければ塔にいこう。助力したい。者どもにもいらぬ争いは自重させよう。しかし、一つだけ容認できそうにない事態が続いておってな」

 そらきた。

「侏儒国から追放された半妖たちが流れ込んでいるのだが、ちと多すぎる。全員とはいわんがせめて半分は妖精国かソードキングダムかに行ってもらいたい。説得していただけると助かる」

「説得できなかったときはどうなりますかな」

「力づくでということになるだろう。我々は半妖とはうまくつきあってきたので、こじれるようなことは避けたい」

「彼らが多すぎることで、具体的にどのような問題が? 」

「犯罪だ。侏儒国でやっていた怪しい薬の商売もはじめているし、魔界派もいるらしく、通り魔もあった。もともとすんでる半妖たちに管理させようとしたが、摘発しようとして逆に殺されたものまででおった」

 どちらかといえば単純明快を好む鬼族には頭の痛い事ばかりだという。力づくもがまんできなくなった向きからの過激な意見である。

「何ができるかわかりませんが、半妖たちと話をしてみましょう。もともとの住人でリーダーといえる人はおりますか」

「いる。呼んであるので紹介しよう」

 王の手招きに応じて、鬼国の官僚のなりをした威厳のある半妖の男性が進みでた。お仕着せが似合わない。もっと豪華な服を着せ、ダンジョンの豪華な部屋あたりでくつろいでいるのが似合う風貌である。

「彼らのまとめ役でもある財務大臣のロクジュだ。わしより威厳があるだろう」

「ロクジュともうします。王にはいつもひやかされております」

「ゴウキです。財務大臣とはまた重責ですな」

「おそれいります。鬼族は尚武の民ですが、誠意があって能力のあるものであれば弱くても尊敬してくれまする。おかげでそろばんしか得意のない私でもこのような地位をいただけまする」

「よし、あとは任せていいな」

 王にぽんと肩をたたかれたのでかなりびっくりした。護衛のゴーレムが不意をつかれている。害意がないことはすぐにわかったので彼はひっそり影の中に戻った。

「ロクジュ、わしの前ではしにくい話もあろう、わしは結果だけ求める、頼んだぞ」

「は、微力をつくさせていただきます」

 豪快に去って行く王にロクジュは慇懃に頭を下げた。

「いや、なんかすごいな」

「ああ見えて、とても計算高い人です。これまでの王位防衛戦も挑戦者を研究しつくして豪快粗放のふりをしながら有利な状況を作って勝っています。今回の件、鬼族の王としてはやれない手段もありえると読んでおられるのでしょう。さて、いつまでもお客人を立ち話につきあわせるのもどうかと思うので、どうぞこちらへ。ささやかですが、応接室に食事と飲み物を用意させていただいております」

 案内されたのは応接室といいながら、饗応用の宿泊施設だった。素朴な料理かと思えばかなり手の込んだ料理が並んでいる。

「驚いた。これはうまい」

 塔でかじっていたレーションバーとは比べ物にならない。ソードキングダムでもここまでのものはなかった。

「実は鬼族は料理好きでしてな。前の王など料理店を出してかなり繁盛しておられる様子」

 それは驚いた。あのごついのが真剣に大根の桂剥きなんかやってるのを想像すると似合わないことこのうえない。

「いや、腕力でしかものをはからないのかって印象があるし、塔の鬼族もそんな気配は見せないのでこれは新鮮です」

「そういえば、古賢族の国にも評判の料理店があって、なぜか鬼族の下働きがいるのでみんな不思議に思っております。あれ、もしかして」

「たぶんその鬼族がシェフですね」

「とても女性受けのするお店なので、びっくりです」

 アンナは驚きはしているが、失望はしていないようだ。むしろ楽しんでいる。そこは好ましかったが、きらきらさせているその目を見ると何やら悪だくみしているように見えて不安だ。

「鬼族側にもなにやら事情があるらしいですね」

「ご明察です。われら半妖にも派閥があるように彼らも悩みの種となるグループがおりましてな。侏儒族討伐派と名乗っておりますが、実際には王制転覆を狙う謀反人どもらしいのです。これと侏儒国憎しの難民半妖を中心とした魔界派融和主義者たちが手を組んでいるらしいのです」

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