10 沼
「これはこれは、ようこそ」
疑いが晴れるまで少々かかったが、俺とアンナは村長に歓迎された。わざわざソードキングダム側から近づいたり、即製のゴーレムを従えていたりとはったりもきいているし、何より正規の信用状を持っていることを代官所の役人が確かめたこともある。争っている場合ではないという事情と、係争地の視察ももっともらしかろう。
「我々は彼が住めない土地にすんでいるのです。住むつもりのない土地なのによけいなちょっかいをかけないよう、いってやってくださいよ」
「そこが不思議なんですが、なぜあなたがたはここに住み着いたのです」
「それは、まあ見てください」
村長は沼を見渡せるデッキに出た。その風景は妖精族の案内人とともに一度見たものだから知っていた。それでもやはり感嘆の声を禁じ得なかった。
一面に、純白、あるいは薄く色づいた蓮の花が咲き誇っている。まるで天上の美しい世界のようだ。
「すばらしい眺めですな」
「でしょう」
村長はもみてしながらうなずく。
「しかし、美しいだけでは生きてはいけませんぞ」
「それはこれです」
おい、と従僕の少年に合図をだすと、銀の盆に蓋をかぶせた何かをもってきて、デッキのテーブルにおいた。村長が蓋をとると、そこにあったのは。
「蓮根? 」
「おお、ご存知で。蓮は魔界の瘴気を浄化しつつ浄化した魔力を地下茎にたくわえるのです。滋養強壮、魔力回復、そして薬の材料にもなる食品。この一本で金貨一枚になります」
なるほど、蓮根はいわば朝鮮人参の位置づけか。ちょっと驚きだ。
「蓮根の生育、質は通常の沼より呪われた沼のほうがよく、数年の作付けでほぼ浄化されてとれなくなるところも珍しくはありません。ここほど条件のよい場所はないのです」
絶対立ち退こうとはしないわけだ。いわばここは金山。ただ出て行けといわれて出て行くわけはない。
「今宵は歓迎の宴を催します。存分にお楽しみください」
「それは楽しみです」
こりゃあ、難しいぞ。と俺は思った。アンナがちらっとこちらを見る。まぁ、そうだろう。力任せに吹っ飛ばすという選択肢を一度は否定した。
「あなたの力ならできるし、誰にできることでもない。何らかの呪詛の暴走ってことにしちゃえばいいと思います」
今思えば、それが一番簡単だったかもしれない。ここにいる村民はほぼ全員死ぬことになるが。
だが、やはりなにか間違っている直感がある。
何よりアンナ=ハンナがその選択肢を口にしたことだ。あまり古賢族らしくない。彼女はカゲマルほどかつてのプレイヤーを意識していないが、やはり影響は出ているようで驚かされることがある。俺に好意的なところは、そうなると少し怖くもある。たぶん、彼女のプレイヤーはその後、いったいどんな人生を歩んだのだろう。
「どうなさいますの」
客人用の豪華な部屋に落ち着いたところで彼女が問いつめてきた。
「あの人たち、どんな説得にも応じないと思いますよ」
「説得はしないさ」
といってただ吹き飛ばすのはなしだ。もっと違う方法はないか。
「あの蓮根、一番いいものを持ってきたとしてもとても見事なできでした。ソードキングダムは王の決定でも手放さないでしょうね。でも妖精国も自分たちを弱らせている原因をほうってはおかないでしょう。戦争になるくらいなら思い切った手をうたないと」
「君はそんな人だったか」
思わず出た言葉に、彼女ははっと我に返った。そして目をふせた。
「時々、こうなるのです。たぶんかつて私だった人の気性なのでしょう」
どんな人だったのか。想像を話すことは控えた。
「いまの君の言葉で一つ考えたことがある。ここの蓮根はとくに出来が良いというのはなぜだと思う」
アンナははっとした。彼女もその因果関係には思い及んでいなかったようだ。
「でも、それこそ彼らが手放さない理由に」
「そうだな。それならしょうがない」
アンナのもの問いたげな視線に俺は目下の考えを述べた。
その夜、俺は魔力の視界でじっくり沼を観測した。短い魔法のコマンドがいくつも流れているのが見える。色がついているわけではないが、それは二種類にわけられるようだった。一つは沼の中枢からうたうように流れ出てて、網のように走るコマンド。発信源は沼の底にあり、コマンドの大半は蓮の地下茎に反応している。流れがはやくて読み取りにくいが、植物を活性化させるための数値上昇コマンドのようだ。受け取った蓮は二つに一つくらいをまた網の目に流す。最後には沼野すぐ外の森に達してそこで消えるようだ。これは王家の樹が森を活性化させているのだろう。もっと深いところからはまた違うコマンドが遠くに向けてでている。あれが株分けした書く部族の樹までとどくのだろう。
あと一つは沼から出ている。無数の小さな粒はウラの撒いた呪詛の元だろう。そこから王家の樹とは逆のコマンドがじくじく出ている。これも蓮が大半吸収している。あの植物は向けられた魔法をフィルタする能力があるようだ。もしあの王家の樹のコマンドをもっと大量に流したらどうなるのか。うまくいけば一気に浄化されて巨大な蓮根が沼中をうねることになる。しかし、悪くすると連呼が全部かれるだけになるし、中途半端な終わり方になるほうがありそうな話だ。
実験というわけにもいかない。じっと見ていると、網の目は自然発生のせいか差異があるし、それにともなって魔法の流れが今ひとつのものから恐ろしいほど効率よいように見えるものまであることに気づいた。
これは使えるかもしれない。
「村長、だいたい謎がとけましたよ」
翌日、俺は村長に話を持ちかけた。
「さて、なんのことでしょう」
すっとぼける顔を見て確信した。やはり知っている。
「あのへんに、妖精族がまつってる大事な木の根っこかなにかが残ってるのは魔力を見てわかります」
「ほ、ほう。そうですか」
「蓮の花の並び方をみると、これが魔力を流す網の目になっているのがわかる。ここの蓮根が上質なのはそのおかげですね」
「そうかも知れませんな。まぁ、わたしは素人なので」
「まあ聞きなさい、一晩のもてなしのお礼だ。この網の目は自然にできていてね、今ひとつ流れが悪い。北のほうが南よりいいのがとれないか? 」
「おそれいりました。その通りです」
「だから、網の目を調整すれば全体に作柄がよくなるよ。ためしてみたまえ」
「どのようになさるので? あたしら魔力読みなんかできませんぜ」
「なに、簡単さ。網の目のよい形はこうだ」
紙を広げ、定規をつかって最低限のパターンをかいてやる。
「こことここにひっかかってる蓮の花を切るだけでいい。たぶん慣れたら経験だけでできる」
「ご助言かたじけない。まずは試してみます」
「うん。このことは村長にだけ教えるのだから、賢く生かしてほしい。まぁ、うまくいったらだけどね」
彼らは気づくだろうか。村長は俺の書いたパターンを食い入るように見ている。
どうやら、気づいたようだ。この村長には知識がある。
おそらく、うまくいくだろう。
「収益があがれば警備も強化できるだろう。妖精王国のほうには、戦力がさらに強化されているから言うだけにしとくよう助言するよ。うるさいと思うが、それくらいはがまんしてくれ」
「ありがとうございます。あなた様は見込んだ以上のお方だ。道中、どうかご無事で」
こうして俺たちは堂々と沼地の村を辞去した。妖精王国側にはいって少しいったあたりで、案内の男が護衛とともに姿を現す。この男が身分を隠しているが、クスノキ家の魔法使いの一人であることはわかっていた。
「仕込みはすんだ。彼らはこのあと二年くらいは非常によいくらしができるだろう。その後にそのつけの取り立てに気づく」
「何をなさいましたか」
「なに、魔力の流れを改善する知恵をさずけただけだよ。目端のきくものならもっともっと稼げると気づく方法をね」
「あやつらを富ませてどうしますか」
怒っているふりをしているが好奇心が隠せていない。
「蓮根は浄化の植物だ。沼の浄化がぐっとすすむ。ついでに魔力の供給増大で王家の樹の根をからさないよう手はうってくれるだろう。つまり、ある程度樹勢を強化してくれる。枝くらい上にださせてくれるかもな」
「おお」
「あとは彼らの欲が沼そのものを消し去ってくれるだろう。魔王の呪詛があの地より消えるという事だ。彼らはあそこにとどまる意味を失う。ここまでうまくいけば数年」
「しかし、彼らがのってこなかった場合は」
「俺が他の国であそこの蓮根の評判を広める口の軽い男を演じるだけさ。需要がふえると増産に手を出さざるをえまい」
「なるほど」
「一年くらいは様子をみてもらわないと効果がわからないのが難点だがね」
「なんの、十分でございますよ。それでは王都までご案内しましょう」
王都では議論も出よう。だが、うまくいくならこれにつきるという結論に必ずなる。それ
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