9 妖精族の悩み
クスノキ家の当主は正妃の弟である。といってもその父は隠居しただけで健在。好奇心の強い人物らしく、会見に同席していた。
「塔の戦いの意味は理解した。魔王ウラをとめてくれて感謝する。新しい魔王もあまり侵食することなく討伐されてほしいもの」
姉に頭があがらない、という評判であったが、非常に堂々とした態度で話し方も理性的。これは好感度が高かろうと思うが、こういう巧言令色にはやはり裏があるのだろうなと感じるところもある。
「我が国はソードキングダム、鬼国と武力衝突の火種をかかえている。塔ですべての魔王が討伐されるまではこれを控えるよう協力したいと思う」
そこまで言って、ちらっと父親のほうを見た。ああ、そういうことか。
「しかし、それは民に忍従を強いることになりませんか。ただ力でおさえつけて解決する問題なぞありません」
当主はびっくりしたように俺を見た。俺は言葉をまった。
「古賢族の大魔法使い殿のおっしゃる通りだ。面子がかかっていようと、利益にかかわろうと、できもせぬ約束はできぬ」
隠居した前当主であった。当主とは何も実のある取引ができまいと思っていた俺はは内心をけどられないよう極力厳かな顔でうなずいた。
「それぞれの問題についてご教授願えまいか」
アンナが調べてくれたことと、オラクルから得た古い記録で本当はわかっている。だが、彼らの口から聞く必要はあった。
「鬼族のほうは大した問題ではござらん。出過ぎた真似をした氏族がおるだけです。鬼族に話をきいてよきよう対処をお願いします。しかし、ソードキングダムのほうはいけません」
「つまり、被害を被っていると」
「はい。暗黒の塔が出現し、魔王ウラの猛威がふるわれ、魔界化して呪われた場所があります。我らの森であったところが枯れ果て、腐敗の呪いにより瘴気の沼となりました。そこにあろうことか住み着いた人間たちがいるのです。瘴気の中でくらすなど信じられませんが、彼らの主張では我々の放棄した土地に住んでいるだけだと。そして沼の浄化のために派遣された者たちはすべて武装した彼らに追い払われました。すでにソードキングラムの代官の保護下にはいっており、国軍で討伐するなら国家間の衝突が避けられないという有様」
「代官にどんな利益があるのでしょう」
「沼から何かとっておるようですな。結構な利益になるらしく、代官もその利益で国の要人をだきこんでいるようです」
「ほうっておけない理由は不法占拠だけですか」
「何がおっしゃりたいのか」
「あなたがたにとって大事なものがあるのではありませんか。魔王が魔界化させる理由になったようなものかなにか」
「ふむ。お耳をお借りしてもよろしいかな」
耳打ちされた内容は、オラクルより得た知識と一致した。
「喪われた王家の墓所があるのです。あの地は王家の直轄地でした」
「王都へは少し遠回りになりますが、現地を見に行ってよいですか」
「賢者様の思う通りになさってください」
当主がここで立ち上がった。
「道案内のものを手倍せよ。それと文をかくゆえ王都に賢者殿遅着を知らせる使いを」
惜しいなと思った。彼は決して無能ではない。自信とおそらく自省がたりないのだ。
「ああ、瘴気の沼か。知っとるよ。王家の墓所があるということになっとるが、本当のところ奪回したい理由はそれじゃない。王家の樹の根がまだ残っているからじゃよ」
ご隠居はそう教えてくれた。
「王家の樹? 」
「森の核となる木での、別名妖精界の木。株分けでしか増えぬが、森を整え育てる大事な木だ。氏族はみな一本づつこれを祭っているがいずれも王家の樹からの株分けなのじゃよ。そして、親株は子株を強くする力がある。親株が死ねば子株は自力でやっていくしかない。それまでに親株をしのぐ大樹になっておればよいのだが、魔王の呪詛が流れ込んでどの氏族の樹も往時よりは弱ってしまっている」
「なるほど」
ゴーレムの造形の最後の仕上げをおこなってご隠居を見ると、こてをもってやってきてぐいぐいと顔を直した。
「これでよい。仕上げてくれんか」
コアの部分はもうあるものの複写なので、それをあらかじめしかけておいた術式で打ち込めば完成だ。粘土の塑像のままではわかりにくかったディテールがくっきりし、ご隠居用のゴーレムは目をあけた。すでに所有者はご隠居として設定している。
可憐な妖精族の少女がそこにいた。ご隠居の最後の仕上げがそういう造形だったのだ。
この人は芸術家でもあったのか。
「お主の名はベルだ。今日からよろしくたのむぞ」
ご満悦のご隠居に、通りかかった家政婦さんがこれ以上ないくらい冷たい目を向けたのを俺は見逃さなかった。
「王家の木だが」
ご隠居は生まれたばかりのベルに指示して棚から丸めた分厚い紙をもってこさせた。広げると地図だ。古地図らしく、森の中のひときわ大きな木と集落の位置が記されている。
「これがそうじゃ。樹齢を考えればもっと大きくてもよいのだが、このくらいの巨木になっておった。幹から上は魔界にのまれ、王家と直属の郎党たちは消えた。根は沼の底でかろうじていきているようだ。子株を通じてそれはわかっておる。そしてこのあたりに不法占拠者たちの村。こことこことに監視塔がある。沼といっても喫水の浅い船なら上澄みの中を進めるので何かあると村から武装した村人が船でかけつけてくる」
「なるほど」
「それで、賢者殿、ここを訪れていかがなさるかね」
「それはおいおい考えることにします。思い込みで決めた方策がうまくいくことはまずありませんから」
「行き当たりばったりか、それもよかろう。では、できるだけいろいろ教えておこう」
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