8 森の御隠居

 王というのは絶対権力者とは限らない。むしろ一つ間違えば転落死の頂であやうくバランスを取っているほうが多い。妖精王もまたそうだ。もともと王家と王の直轄部族がいたらしい。すべての妖精族の部族はそこからわかれた、いわば宗家である。それが今は喪われているので、部族長同士の互選で王を任じているらしい。任期ありというからいわば大統領だ。票数は部族の戸数、つまり兵をだせる家の数できまる。なんのことはない、干戈をまじえないだけの戦争だ。

 今の王は任期七年目、戸数なら最大だが、抜きん出ているわけでもない部族の出で、正妃の出身部族との同盟で今の地位を得ている。

 というようなことを道々アンナから教えてもらった。

「つまり、王が納得するだけではだめだと」

「はい、そうなります」

 と、なると場の空気がそうならないとだめなのか。

「面倒だな」

「レディ・クリスマティから彼女の立場に差し支えのない範囲で教えてもらっていますから、それが役に立つといいのですけど」

「いつのまに」

 そんな話をしていたのか。アンナはふふふ、と笑って答えなかった。こうしてみると、地味ながら妙に可愛い。遠い昔においてきた感覚をくすぐられるようで、少々戸惑いを覚える。

 オラクルを通じて調べたが、古賢族は人間のように年中発情はしない。長い人生で多くて十数回だけだという。何がきっかけになるかわからないが、そうなったときは日頃の理性的なふるまいとは別人になるそうだ。

 いや、まさかと思うがそれは困るな。

 そんな浮ついた心配はともかく、乗り合い馬車で妖精王国第三の都市、クスノキ城に到着した。

 ここは正妃の一族クスノキ族の町である。ここに立ち寄ったのは旅程の関係だが、王と接触する前にその政権基盤の一方と接触しておくのがいいだろうというニカデマス大使の助言もあった。

 といっても押し掛けるわけにもいかないので、まずは大使の古い知り合いだという家を訪れた。妖精族の魔法使いで、聞けばクスノキ家の現当主の大叔父にあたるという老人である。

「ニカデマス三十二世様より言付かってまいりました」

 まずはそういって書状と大分前に頼まれていたという品物を渡す。老人といっても妖精族はみかけは老け込まない。老衰死したときは風に粉となって散り去り、あとには翅だけがのこるという。墓場にはそうして残された翅が納められるのだそうだ。

「おお、覚えてくれたのか。ありがたい、ありがたい」

 無邪気に喜ぶさまは子供のようである。だいぶ待たせてたらしい。

「そうだ、おぬしら、今宵はどうする? 泊まっていかぬか? 塔の話も聞きたい」

 これが大変な一夜の始まりだった。

 塔の話はした。魔王ウラのつかう魔法なら俺も知っていたし、魔王俺のつかう魔法はアンナがハンナとして体験していた。それ以外のモンスターの特殊能力や特殊魔法の話もしたし、治療や蘇生についても話をした。そのへんはアンナが従姉から聞いたという事で、最近の話をしてくれた。

 やはり、身体欠損は自然治癒でできる範囲しか治せず、致命的なダメージをうけてそのままになる者も出たらしい。これは魔王側も同じで、回復してない欠損を抱えた魔物も目撃されているとか。

 火炎帝もいずれ致命的な一撃をうけるときがくるのだろう。

「なんとも面倒になったのう」

 ご隠居はため息をついた。

「昔はちちんぷいぷいでなんとかなったものだし、失敗はあったが蘇生もできた」

「ちと試していることがあります」

 ゴーレム作成技術と回復魔法を組み合わせてとあることを実験していた。俺のかつていた世界の言葉に治して言えば再生医療と義肢研究ということになる。魔王ウラは自己再生しなかっただけではなく、できなかったのかも知れないという疑いを持った時からはじめていた研究だった。

「おもしろい! 」

 ご隠居は塔でつかわれている派手な攻撃呪文や面倒な呪いの話よりくいついてきた。

「その発想はなかった。見ようによっては忌み嫌われるところもあろうが、何、後で変な揺り返しとかないようにすればよかろう。これと妖精族の梃子魔法をつかえば術式が作れるぞ」

「梃子魔法? それはなんでしょう」

「飛行魔法の原理じゃよ。魔法的な支店と梃子でものを持ち上げたり動かしたりする。妖精族の弓手は矢を加速する術式を弓によく彫り込んでおるぞ」

「あ、カゲマルさんの弓」

 塔のハンナの仲間の妖精族のレンジャー。その名前をアンナが口にした。

「変なルーンが掘ってあるし、射撃のときに魔力を感じるなぁと思ってました」

「それじゃ。われらの魔法使いは派手な攻撃魔法は使えないので塔にはおらんだろう」

 妖精族の選択可能なクラスはレンジャー、戦士、僧侶だけだったな。

「塔の中の町で弓匠をやったらすごく人気がでると思いますよ」

「ふむ」

 心当たりを思い出したのか、ご隠居は宙をちらっとみた。

「その梃子魔法の知識は持ち出し禁止ですか? 」

「そういうわけではないが、使うのは妖精族が一番むいておる。古賢族の魔力の大きい事はしっておるが、必要な魔力が大きすぎてたらんと思うぞ」

 魔力なら魔王をしのぐほどある。

「ならば少し手ほどきを。この術式は一朝一夕にはむりでしょう。私のほうでも研究してみますから、後々成果を交換しましょうぞ」

「おお」

 この先、いろいろ脱線しては知識の交換をし、やっと寝たのは空も白み始めたころであった。


 昼近くまで寝ていたであろうか。家政婦さんの冷ややかな視線の中、死んだような目で三人は食事をとった。

「ちと、はしゃぎすぎたのう」

「そうですね。ご隠居は眠くないですか」

「今日の残りはベッドですごすよ。君たち、もう一泊したまえ」

「そうさせていただくとありがたいです」

「明日は本館のほうへいってくれ。朝から迎えが来る」

「明日ですか」

「今日、むかえがきたんだが帰ってもらった。わしの顔をみたらだいたいわかったらしい」

 ぼさぼさの頭に見るからに寝不足の顔なら、ご隠居を知る人は何があったかわかるのだろう。

「今日は早めに寝ます」

 そうはいったが、ご隠居はベッドで考え事をして気になるといちいち俺のところに聞きにくる。家政婦さんにそのたびに睨まれるので、寝るのにご隠居の部屋の長椅子を貸してもらった。ついでに研究助手のゴーレムを一体出していろいろ面倒を見てもらう。

「どこからだしたのかね」

 バックパックの仕掛けを分析して作った研究室からだが、今は触れるべきではないだろう。ご隠居の興味がそれて脱線しても面白くない。

「秘密です」

「教えてくれてもへるものではあるまいに」

「ご勘弁を。そこに研究助手のゴーレムを作っておいてあります。材料は粘土なのであまり丈夫ではありませんが、日常の用には十分、これと同じくらいには気もききます」

「顔のない人間のようでちょっとこわいの」

「人間のかわりをさせますから人の形にしたのですが、目でものを見てるわけでも口ではなしているわけでもないのでこんな状態で」

「作るのは大変かね」

「同じものでよければ、半日あればできますよ。作ってさしあげましょうか」

「頼む。うちの家政婦殿にたのめない作業もあるのでな」

「それでは発つ前に時間を見て作っておきます」

「ありがとう。いくつか注文もあるのでまとめておくよ。できる範囲でいいからかなえておくれ」


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