20 魔界へ
ハイアンエルフの国を出て、より寒い大陸の端を俺たちはめざした。
このへんになると、大きな国はもうない。侏儒族の亜種、つまり採用されなかったデザインの住む鉱山が二つ、もう一家族しか残っていない妖精族の亜種が一軒、敵の設定なのだろう二足歩行し、武器をつかむ腕をもった狼の一族が二群れ、塔でみるのとより非力だがすばしっこい小鬼が一部族、小鬼と狼一族以外は若干の手助けで驚くほど喜んで、貧しい中でできるかぎりのもてなしをしてくれた。畑を荒らす魔獣の討伐、坑道を勝手につなげて掘り出した鉱石を盗んで行く小鬼の殲滅、枯れた井戸のかわりの掘削、そんなところだ。
浦上少年は普通の剣をもっていたが、小鬼の討伐で自然の魔銀のかたまりを見つけ、これを加工してもらってあたらしい剣を作ってもらった。できはすばらしかったが、ロゴレスのもっていた塔の匠製にはおよばない。ただし、魔銀を俺と侏儒族亜種の親方とで工夫したやりかたで鍛えたため、強度はおそろしいほどになっている。
狼一族は山賊として俺たちの前に現れた。ここで俺は浦上少年の実力を見せてもらうことになる。
彼は魔力を鎧としてまとい、剣に魔力を宿らせて戦う。魔王であったころと違って呪文は使わない。しかしその魔力剣は権限がとても強いのか、力の言葉も薙ぎ払えるようだ。力の言葉は彼にも見えるらしく、魔法さえ切り払うことができる。これは防ぎきれないほど膨大な魔力を寸断なく攻撃として浴びせるか、よほど頭を使って戦わないとそこらの魔法使いでは手におえない。
「魔王じゃないってのは本当だったんだな」
どちらかといえば「勇者」だなと思う。彼の魔力の鎧は輝いているし、魔力を宿した剣は青くさえざえとした光を宿している。見かけだけなら召還されし勇者様というところだ。
「それはどうも」
息をきらせ、ほほを赤く上気させて答える姿は、女性陣が見れば卒倒するんじゃないかと思うほどの美少年ぶりだ。理性が売りの古賢族でなかったら俺でも怪しい。
まあ、周囲は十数体の狼たちの臓物のかなりの臭気で吐きそうであはあったのだが。半分以上は浦上少年の仕業。あとは護衛ゴーレム。狩人である狼人たちは陽動と挟み撃ちをしかけてきたのだ。
失敗を悟った他の狼人たちは逃げた。しばらく俺たちを追っていたようだが、最果てへの最後のアプローチにはいるころには姿を消していた。夜中にうちのゴーレムが出て、そっともどっていったのでそれと関係あるのだろう。ゴーレム一号は何も言わないが、最近は自律的に動くことが多くなった。
ついに到達した最果ての最果てには塔があった。
暗黒の塔ににているが、少し違う。
「これも採用されなかった設定案だ」
やはり。
「人界はここで終わりになる。はいってみる? 」
「そうだな。誰か魔王がいたらどうする? 」
「ボツの魔王ウラならいそうだね」
「いや、人ごとみたいに」
「はいってみよう。魔王がいるなら魔物がわいているはずだ」
採用案よりおどろおどろしいデザインの巨大なドア。そのすぐわきに普通の大きさの通用門があって、誰なのかわからないが戦国時代の胴丸鎧に似た甲冑を着込んだ骸骨が倒れふしている。持ち物はぼろぼろにくちはて、吹きすさぶ風に飛び散った後なので何の手がかりも残ってはいない。
「彼の設定は? 」
浦上少年は首をふった。この塔の設定案とは関係ないらしい。
「そうか」
押すと少しきしんで扉はあいた。重いがちょうつがいの具合のせいというより、自重でしまるようにできているだけのようだ。
「このフロアの通路は採用案の塔といっしょだな」
一階には生きている住人はいなかった。低級アンデッドくらいいてもいいのに、あったのはたまに大小の朽ちた骨の山だけ。元の生き物の姿を推測するのも難しい。
そして、一階のボスの部屋は完全に空室だった。討伐のご褒美となる宝箱もない。
四階までまったく同様だった。通路がたまに少し違うくらいである。
そして五階、採用案なら町のある階に町はなかった。初めての通路構成に初めてのボス部屋。下の階同様、ここにも何も配置されていないので、どんなボスが予定されていたかはわからない。部屋の調度を見るに、一つの山場となるようであちらの塔の魔王の部屋なみの豪華さだ。
結局、そこから上も同様で、寂しいかぎりのがらんとした塔を上り詰め、ついに魔王の部屋についた。
「入るぞ」
浦上少年がごくりと固唾を飲むのが聞こえた。
入った部屋はあちらの塔とは全然ちがった。豪華な調度がならび、壁にはたくさんのバナーがさがっていて、いずれにも黒と赤と金でおどろおどろしい紋章があしらわれている。足下には緋毛氈がしかれ、玉座への道を示している。
「思い出した。最初のボスの設定は魔王じゃなく死の王だったんだ」
浦上少年の言葉とともに玉座にジャギがはいったかに見えた。
金の縁取りの漆黒の衣に身をつつんだボスがそこにいた。骸骨の顔に黄金の王冠、眼窩には暗い赤い炎。魔力は赤炎帝と同じか少し多いくらい。
正直、ここまで何もいなかったのでここも空だろうと思っていたので面食らった。
「死の大君主タケハヤである。わが静謐を乱したる痴れ者め、控えるがよい」
ぞっとするような声だ。同時に魔力の波動が降り注ぐ。生命力を奪い、恐怖心をかきたてる魔力のわざだ。シールドスタッフが対応していない属性である。
戦いが始まった。浦上少年がいてくれたので苦戦はしたが、戦術に選択があったので気持ち的には楽に勝てた。
具体的に書き出すときりがないので非常に雑にたとえると、死の大君主が死ねとばかりに押し出してきた攻撃の手を掴んでひきずり、踏ん張るところでその魔力を切り払い、いきおいあまって後ろに倒れそうになるところに奪った魔力をぶつけ、悪あがきに攻撃魔法を乱打するのを払いながら突入した浦上少年が一太刀。回復をはかるところを邪魔してさらにとどめの斬撃。そんな感じである。
「おお、思い出した。貴様はわしをたばかった魔界の王。おのれ一度ならず二度までも」
浦上少年の顔を見て、死の王はいまわのきわにそんなことを言った。
「いまのも、ボツ設定かい? 」
「いや、あれは採用された設定ですよ。魔界人界死は共通だから、死の王をたきつけて接点となる塔を作らせ、昔の僕が奪ったんです」
「誰も知らない設定だねぇ」
「あの塔だけ蘇生魔法が使えるのもまぁそのおかげです」
「誰も知らない設定だねぇ」
「ええ、さて、奥を確かめましょうか」
宝物庫にはいる。今回は何かあるだろうと思ったが、確かにあった。
宝箱はなかった。かわりに巨人でもかがめば通れそうな黒檀の八角形の枠。その向こうに見慣れぬ風景がゆらぎながら見えていたのである。
「魔界だ」
浦上少年の怯えを含んだ声が聞こえた。
不可能と思われた魔界へのゲートだった。
ただ、ゆらめきがおおきくなり、黒檀の枠がぼろぼろくずれはじめており、崩壊は時間の問題だった。死の王が滅ぶことで、須臾実現した奇跡なのだろう。
行くか行かないか、決断の時間は短い。
俺の心はきまった。
「俺はいく。君は残れ」
浦上少年はその言葉に救われたような表情になる。これがあの魔王だったのかと思う表情だ。
何がまっているかわからない。だが、いざとなれば研究所経由で戻れる。俺はそれほど不安ではなかった。もちろんルール違いでそれができない可能性はあったが。
意を決し、門をくぐった。温かく、かいだことのない匂いが鼻孔をくすぐる。
「ここが魔界か」
足下の草むらは人界とかわらないように見える。だが、動物は違うだろう。氷血帝がおそろしいと感じたのを俺も感じていた。
そのとき、背中にどんとぶつかられて、本当に驚いた。
浦上少年だった。
「なぜ」
彼の背後でゲートが最後の姿を見せていた。
「わかりません。でも、恐ろしくて後ずさった先にはきっと何もないと思ったのです」
「そうか」
何を言えるだろうか。
「土地勘のある同行者がいると助かる。正直、どんなことで不意をつかれるかわからんので不安だったのだ。ありがとう」
かくして魔界の旅が始まった。
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