6 ソードキングダム
どういうセンスでつけたのだろう。この国の人はこのあんまりな名前を当たり前のように受け入れているが、自国のことをいうときにはあまり国名を出さないあたり、やはり少々気恥ずかしいのかも知れない。
一週間後、俺は王国の首都に滞在していた。帰国途上の遊山の旅にある塔の冒険者ということにしてある。おそらく塔から出てきたのは俺が初めてだろうと思う。町の人間には根掘り葉掘り塔のことを聞かれた。おかげで夕食もゆっくり食べることができない。塔の中ボス、魔王ウラ、冒険者の町のことをかいつまんで何回話をしただろう。最後に町でみかけた講談師をやとってかわりに語らせるようにした。にこにこと人あたりのいい男なのだが、抜け目はないようで、打ち合わせでいろいろ突っ込んだ話をせがんできたのも彼である。いまやってる話のスピンアウトを作って真似するであろう同業者に差をつけるつもりなのだろう。
王都の人々は愛想はいいがどこかくたびれ、そして不安そうだった。塔の商人たちと同じで、とまどっているのだろう。王国には王族、貴族、都市民、農民があり、この講談師もつめかける聴衆も都市民で途上みかけた農民より裕福に見えた。農民たちはそれこそ土まみれで、一泊の謝礼は金貨よりも当面こまっている問題。閉塞した水路の開通や病気の蔓延の解決のほうを望んだが、こっちはもうなんでもかんでも現金である。珍しい史跡はきまって見学料を取るし、それが史跡の維持という名目だが、さてどれだけが本当にそう使われるのか。
お礼のお礼に何かを教えてもらうこともある。ゴーレムの作り方に加えて、ほかにもいくつかちょっとした知識を伝授され、目下研究中である。
王宮から迎えがきたのは、そろそろ次の国、妖精国にむかおうと思って講談師にとっておきだった火炎帝のことを教えた翌日だった。
「あんた、王宮の密偵やってたのか」
俺は講談師の顔を見た。タイミング的にこいつしかいない。相手もわかってて居直ってきた。
「ご褒美と脅しとで仕方なく」
てへ、という顔をするこの男、どこか憎めない。
召し出しの馬車に乗り込むと、古びてところどころすり切れているが豪華な礼服をきた貴族が地位をしめす冠をかぶってまっていた。白髪、白鬚を短く整えた筋肉質のがっしりした古強者という風情の男だ。目に修羅場をくぐってきた者の迫力がそなわっている。
「貴公の案内を申しつかった西方辺境伯のビョルンと申す。これより陛下の面前まで同道願いたい」
「生憎、礼服を持ち合わせておりませんが」
「非公式の謁見ゆえかまわぬとおおせだ。だが、そうもいかんので古賢族の大使よりお借りしてあるので安心めされい」
「されば」
古賢族の礼服は漢代の官服に似ていた。まだ見ぬ故郷はオリエンタルな国なのだろう。笏の裏には古賢文字でソードキングダムにおける礼法の注意点が細かくかきこんであった。たぶん大使のカンペなのだ。そして失礼のないよう貸してくれたのだろう。
王は若者とはいえない年齢にさしかかった精悍な人物だった。ビョルン伯のようにがっちりはしていないが、よく引き締まった体に儀礼用にしては重そうな剣をつってある。あまり飾り気のない格好だと思ったら稽古服らしい。なかなかハンサムだ。そしてこの世界の他の人たち同様、迷いをもっているようにも思える。
「苦しうないともうしたに」
「無知ゆえのご無礼あるかもしれぬまま引き合わせたことで十分無礼講でございます」
「そうか。それはともかく古賢族の魔法使い、ゴウキ殿に問いたいことがある」
「火炎帝のことですかな」
「わかっているなら話が早い。魔王ウラは入寂したが、新たな魔王が座にあるということで間違っていないな」
「はい。あれが座に向かうのを見ました」
王の側近のおそらく大臣たちが背後でひそひそささやきあう。面倒の予感しかしない。
「王、私からゴウキ殿に質問よろしいですかな」
一人の、年齢のわりに脂ぎった顔の大臣が許しを求める。王は鷹揚にうなずいて許可をだした。
「ゴウキ殿、私はこの国で税収を管理しておるバントーともうす。一つ教えていただきたいことがあるのだが、魔王が今も塔にあるのになぜゴウキ殿は塔を出られたのか」
まあ、そう聞いてくるだろうな。本当のことは到底信じがたいし、さらなる面倒を起こすこともありえる。このための作り話は用意しておいた。
「魔王ウラを入寂させた代償として、その呪詛を受けているのですよ」
「呪詛ですと」
「端的にいえば、私は火炎帝も、彼に続くどの魔王も倒せません。ゆえに塔の戦いから離れることにしたのです」
「そういいますが、魔王はもうおらぬのではないですか? あなたと一緒に塔の中の町の商人数名も出たこと、知っておりますぞ」
なんだかしつこい。魔王がいては不都合なのだろうか。
「お尋ねになってみるとよろしいかと。彼らも新しい魔王が来たとき、そこにいました。ソードキングダムに帰った人もおったはず」
「彼らは冒険者に剣や鎧を売る役回り、それが出て行ったということは無用になったということではありませんか」
この人は、つい先日の自分たちの変化にことを忘れたのだろうか。
「彼らは普通の商人で、普通の武器や鎧しか売れません。でも、塔の町では魔王の宝物庫にもないような武器や鎧が作られるようになっているのです。彼らは商売に負けて店をたたんだだけ」
ほう、と何人かの大臣と王の目が輝いた。
「先ほどからどうも気になっておるのですが、魔王がいなくなったほうが都合のよい事情でも? 」
王と大臣たちは視線をかわした。
「そのことなのだが、早とちりもあってな」
王みずから説明してくれたところによると、魔王討伐の報せは本当にあっという間に広がったらしい。その結果、これまでがまんして棚上げしていた国家間の音大や、国内問題がかまくびをもたげ、一部では戦支度まで始まっているという。
「魔王はまだ五十九柱のこっているのですよ」
「長過ぎたのだ。魔王ウラは滅ぼされきったという報告はなく、忍従の時間がいつはてることなく続いていた。あっという間に広がったのも、だれか一人二人の仕業ではない。待ち望んでいた者たちが小躍りして全力で広げたのだ」
どういうことが起きたか、目に浮かぶようだ。リアル化は心の動きもそうするようだ。いままではがまんできていたこともできなくなる。
国家間の問題が微妙になればやがて塔での協力体制にも影響がでてくるだろう。
だとしても、目下俺はかかわる立場ではない、
「陛下、本日のお召しの御用はほかにあるのではありませんか」
「ある、実は今の話を各国大使にもしてほしいのだ。場は別にもうける。その後、そなたは遊山の旅を続けて良い。ただ、すべての国を巡ってくれ。費用は出そう」
行く先々で必要なら説明しろということなのだろう。費用は足りないということはないが、ここは王の顔をたてておこう。費用を出すということは口を出すということではあるが。
「すべて了解いたしました」
「頼むぞ」
疲れた声で王はそういった。おそらく、これまでにないほどいろいろなことを考えているに違いない。大臣たちもそれぞれの思惑に顔を曇らせていた。
各国大使との会合はその翌々日であったが、翌日は旅の支度などで一日忙しかった。あらためて地図を確かめると、この先の旅は人里など何時間歩いてもないようなところを通って行かなければならないこともあることがわかっている。塔ほど凶悪ではないが魔物や野獣の危険のある地域もある。塔の攻略に特化した持ち物では行き詰まる。
その間に一度、命を狙われた。どこからともなく、長く太い針がとんできたのである。そんなものをどうやって正確にとばしてきたのかわからない。影の一号が防いでくれなければ、シールドも間に合わず手足のどこかにささっていたかもしれない。そして当たり前のように毒が塗られていた。
討っ手は針を撃つと結果も見ずに逃げたらしい。夜のことで、表にでている人間はいない。すぐ逃げたのなら見届け役もいそうだが、それも見当たらない。塔の魔物よりこわいものがここにはいるようだ。
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