4 町を去る者たち
五階に降りると、確かにひどく様変わりしていた。町は五階の一角から全域に広がり、でたらめな拡張のせいで迷宮のよう。武器屋ひとつとっても弓専門店や打ち物専門店などに分化した上に複数あって一カ所しかなかった時代とはまるで違う。呼び込みの声を発する店主の顔を見てふと疑問に思ったことがある。
「もしかして、あの店主」
「ああ、俺たちと一緒だ。器用な連中が荒事の得意な連中にものをうるようになった。鍛冶の最高のやつの製品など、ばかったかい上に頼んでも先約が多すぎて数ヶ月まちもざらだ。見てみな、自慢の剣だ」
ロゴレスは腰から鞘ごとはずして剣を渡す。細身の速度と精度重視の剣で、難点は強度なのだが。
「驚いた」
オラクルが分析してくれたので俺にもすぐにわかった。
「なんだこの切れ味は」
これに比べれば魔王の財宝室にあるような剣などがらくたにすぎない。
「どうやって実現したかは企業秘密らしい。が、さっきのカゲマルのようにかつて我らであったものの知識を応用してるのであろうよ」
「かつてわれらであったもの、か。ローランたちと話したときに、そういうことはお互い触れないことになっていると聞いたが」
「いいことはないからな。ローランのように善の側面だけが受け継がれたものもいるし、セイシのようにどこか歪みをかかえた設定にふりまわされる者もいる。かつてわれらであったものは我らが孤独であったころにはともにあったが、そのありかたの差が今となっては亀裂のもとにもなる」
「設定、か。この塔と、自分たちがどのようなものであったか、自覚はあるのだな」
「それも考えるだけ無益なことだ。我らはここに残され、お互いの存在に気付き、やれることをやり、やらねばならぬことをやっていただけ。それにどうこういっても仕方はなかった。今日まではな」
それでも、変化はゆっくりでも起きていた。それがいま一気に進んでいる。
「俺のせいか」
「さあな。いずれくる日だったのかもしれないね。ところでこのへん、わかるかい? 」
言われて見回すと何やら見覚えのある風景。道の両側に各種の店があり、セーブポイントがおかれている。
「昔の町か」
「ご名答、ここまでくれば下に下りる階段はすぐだ」
店は数軒開いてはいたが、武器屋などはしまっていた。防具屋から店主らしい小太りの男がスーツケースさげて出てきてドアを施錠している。
「閉店かい」
ロゴレスが気安く声をかけた。店主は彼の顔を見ると反射的に営業スマイルを浮かべた。
「ああ、売れないのになんでこんなに続けたのか。小金はできてるので故郷に帰るよ」
「そうか。元気でな。ところで外まで安全にいけるのかい? 」
店主は難しい顔になった。
「最初にどうやってきたのかよく覚えてないな。商品もいつのまにか仕入れ値分の金がへって補充されてたしね。うーん」
「ゴウキ殿、あんたも塔を出るのなら出口まで一緒にいってあげてはどうかな」
下の階は魔物がでてもしれてるとはいえ、冒険者たちとは違う彼らに生き延びるための力があるかどうかは不明だ。
「そうだね。そうしよう。ことのついでた」
ところがそれをきいた今でもあけてる店の店主たちの顔色が変わった。
「守ってくれるなら一緒にいっていいかい? 」
「先にいった人たちは冒険者やとって下っていったけど、私たちそんなお金ないの」
階段を降りる時には三人の店主、人間男、人間女、妖精女が店を閉めて一緒になっていた、最初の町はすっかり寂しくなってしまう。
四階の町は工房だった。ゲートの番は半妖の男魔法使いが一人居眠りしているだけ。下からあがってくる者も今はいないせいか、宿だったところは廃屋同然になっていた。
「今日は珍しいな。出かけて行くのがこんなにいるなんて」
彼はあくびをしながら門をあけてくれた。
「気をつけな。下は誰も討伐してないから低レベルとはいえ魔物だらけだ」
「ありがとう。守ってる人らがいることは忘れないよう加減するよ」
ロゴレスとはそこで別れた。
「それではいきましょうか。防具はあるだけきこんで、武器は長いものを。魔物にせまられたらつついておいやるだけにしてください。あとはやります」
商店主たちはみな不安そうだった。それはそうだろう。彼らはあそこを出た事がないのだ。ただ、設定はあったらしく外に故郷はあることになっている。
不安な顔は故郷に居場所があるか確かめたい、という気持ちの現れかもしれない。システムのあやつる人たちだが、この人たちもどんどんリアル化が進んでいる。自分がなにものか、発見の途上にあるのだ。
先に行った連中がいなければ、フロア全部を焼き払ってから進むのだが、彼らを巻き込む可能性がある以上、都度対処するしかない。
四階から三階におりる階段へ。迷宮構造なのでまっすぐいけないのはもどかしい。壁を破壊することも今は可能かもしれないが、衝撃がなにを起こすか見当もつかないのでまじめにたどる。
戦闘の跡は三カ所ほど見つけた。床が焦げ、血とおぼしきものが飛び散っている。魔物の残骸は転がっていない。ただ、燃やしたらしい痕跡はある。
これは楽にいけるかも知れない。先行の冒険者たちが片付け終わった後を通っていくだけなら。
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