3 ラスボス

「あけてくれ」

 ローランが声をかけると、高い覗き窓から鬼族の目が、低い覗き窓から侏儒族の目がこちらを見た。

「すまん、なんだかこんなになってて顔だけじゃわからん。名のってくれ」

 彼らも戸惑っている。ローランが名乗るだけで扉は重々しく開いた。

「俺たちもびっくりしたんだが、町のほうは大丈夫かい? 」

「五階のほうはまだ見てないけど、奥の宿の連中はのんきなもんだ。大笑いしてやがった」

 あのへんにはセーブポイントがあったはずだ。そういえば、彼らのいうボスに勝てなかったときはどうなっていたのだろう。死んだ者だけセーブポイントに出かける前の状態で戻るのだろうか。プレイヤーは失敗の記憶をとどめるが、キャラクターの経験値は残らない。彼らはどんな状態で復活してたのだろう。そして、これからはどうなるのか。

 奥の宿というのは、セーブポイントを中心に両側の空間に二段式の寝台を配置したものだった。

 手前にどうやって作ったのか、石のオーブンと流しがあり、水がちょろちょろと流れ続けている。

 そこが厨房であり、洗面所でもあるようだ。

 大笑いしたときには数人いたのだろうが、俺たちが入った時には一人だけ、妖精族の戦士がいただけだった。

「ローランだ。ええとロゴレス? 」

「ご名答。おたがい濃い顔になったね」

「それで笑ってたのか」

「まあね。ところで人数がふえてないか」

 この妖精族、にこにこしているが目は笑っていない。

「ボス部屋でこの人を拾った。ボスはいなかったよ」

「ゴウキだ。クラスは魔法使い」

「どうも、まさかと思うけどあんたがボスだったってことはないよね」

「さあ。目覚めたのはお互いの顔が濃くなりはじめてからだし、その前はたぶん眠っていたのだと思うけど、その間に何かやらかしたとしても覚えてない。ただ、おきてすぐにあそこの主を倒したのは間違いはないよ」

「確かに戦闘の跡があった。タペストリはぼろぼろ、絨毯はずたずた」

 ローランが言葉を裏付けてくれる

「へえ、すごく強いんだね。レベルはいくつ? 」

 ステータス画面がでないのだから、それは答えようはない。最後にやったときは九十レベルくらいじゃなかったか。

「いや、俺が八十七、ローランが九十一だ。あのボスを倒せるならそんなものじゃないはずだ」

「セーブポイントではかってみようよ」

 古賢族の女魔法使い、ハンナがそんなことを言いだす。ちょっとまて、そんな仕掛けは知らないぞ。

 セーブポイントは鏡だった。そこに今の自分の写しを記録するという設定だったと思う。見せてもらったそれは、内ばりは鏡だが、蓋までついた棺桶だった。立ってはいるところが普通の棺桶とは違う。死んだ場合、少なくとも今まではこのなかでそのときのままの持ち物、姿で目をさますのだという。ただし、記憶はちゃんとつながっているそうだ。これまたずいぶんかわったものだ。

 セーブのときにはいろいろな数値が本人にも見えるし、レベルだけは外にいる者にもわかるよう表示されるそうだ、偽って参加するものがないように、といつのまにかそうなってたらしい。

「眠ってる間にいろいろ変わったのだな」

「そうさ。あんまりはっきり覚えてないけど、みんなで話し合って決めていったと思う。ただ、今回のこれほどの変化は本当に初めてだ:

 中にはいって扉をしめてもらう。赤い光の輪が頭からつま先までなめとるように一回動く。また、視界が一瞬かわってたくさんのコマンドが俺の周りを流れた。

 そして、コマンドの中から文字が飛び出してきて並ぶ形で目の前にレベルとステータスが表示された。

 四桁のレベルを見たときは故障だと思った。ステータスも筋力なんかは普通だが、魔力、生命力ともに二桁違う。

 魔王はいわなかったか。何万階も殺された。俺は経験値と魔法の威力をいじったのではなかったか。

 それでも上限があったはずなのに、これははるかにそれをこえている。俺がいじったのは計算式にちょっと書き加えるだけで成長のほうには手を触れなかったはずだ。限界をこえたらプログラムが致命的エラーを起こしかねないからだ。

 外の連中も静まり返っている。彼らにはレベルしかわからないがそれでも十分だろう。

「いや、驚いた」

「そうだね。びっくりだ」

 妖精族のレンジャー、カゲマルが石盤に蝋石でなにやら筆算している。

「ゴウキさん、俺たちが何度も戦ったボスはどうやら眠っている間のあんただったみたいだ」

「ほう」

「俺のプレイヤーはあんまり設定とか考えないほうだったから、その知識もそのまま伝わっている。それでレベル計算すると、生命力、魔力は俺たちがなんとか削って倒したときのボスにほぼ一致するんだ」

 今のは大事なヒントだ。俺はカゲマルの顔を見た。妖精族の特徴であるほっそりした顔、細い目はテンプレート的ではあるが、そこにあったことのない彼のプレイヤーの面影を見たような錯覚を覚えた。

 一行の目がこちらに向けられている。鬼族の戦士シュテンは主に恐怖を、侏儒族の戦士ストーンはカゲマル同様に好奇心を、半妖僧侶のセイシは恐ろしく冷たい目を、古賢族のハンナはなぜか熱い視線を。

「覚えはないのだが、もしそうだとしたらどうするのかな」

 一同の顔を見回す。戦いになるならどうするか。自然にコンビネーションがうかんでいた。

「今、あなたと戦っても何も得るものはないと思う」

 ローランが答えた。

「どうしてかな」

「あなたはボス部屋にいたからあなたを倒せばあの奥の財宝を取れたし、かなり強くもなれた。今ここでことを起こしてもなんにもないのじゃないかな」

「そうだな。奥の財宝も、強さの源泉も、あそこの本来の主である魔王ウラのものだと思うよ」

「そいつはまた出現するのかい? 」

「確信はないが、なんとなくもう現れないんじゃないかと思う、と、するとこのセーブポイントもどこまであてになるか」

 冒険者たちは顔を見合わせた。半妖僧侶のセイシがため息をついた。

「あなたが眠っている間に、蘇生魔法がもたらされている。成功率は半分。失敗した場合はセーブポイントに戻るのだけどなんとなくもうそれは駄目のような気がするわ」

「集団で冒険するようになって、いちいち引き返さないですむためのものか」

「そう。いつのまにか使えるようになっていた。こうなる前のことは今ではぼんやりしていて覚えていないわけではないけど、どうもはっきりしないの」

「ずいぶんと変わったのだなぁ」

 ダイモンの言う通りなら、ずっとここでやっていかなければならない。それでなくともこの世界は現実なみに複雑化しつつあるようだ。

「あなたはこれからどうされるのか」

 まさかまたボスとしてあそこに戻るのか、それはないだろう。ローランの質問はもっともだ。

「塔を出て外の国を見てみるよ」

「外」

 彼らも知らないわけはないだろう。外には接して二つの国、人と妖精の国があり、遠くは侏儒族と古賢族の国、もっと遠くには鬼族。それらの国々に半妖たちが隠れ住んでいる。それぞれ母国の出身ということになっているはずだ。

「世界を見て、身の振り方を考える。面倒は嫌いなのでたぶん野望はだかない」

「そうか」

 冒険者たちは顔を見合わせた。

「俺たちはもうしばらくここにいるよ。魔王がまた出るかもしれないし」

 そういえば、魔王討伐の使命を受けている設定だったな。本当にもうでない事を確かめるまで動けないのは当然か。

「町を出るまでは案内しよう」

 ロゴレスが言った。

「勝手が大分ちがってるから迷うと思う」

「感謝する」

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