1 ゴウキとウラ
俺の名前はゴウキ。古賢族の魔法使いだ。古賢族は人間より細く背の高い種族で体力よりも知力に秀で、魔法を得意とする理性重視の種族。他のゲームならエルフというところだが、製作者はその名前やありがちなイメージを嫌ったようだ。図書館の妖怪と呼ばれていたと思う。
そう、思い出した。若かったあの頃のたぎるものがよみがえる思いだ。少し前までならこんなものはしんどいだけであったろう。今は懐かしく思い出せる程度ではある。
周辺はデータ量の少ないゲームの世界らしく、真っ黒な壁、真っ赤で平板な扉、そしてにじんで見える玉座がある。ここは確かボスの間で、何回目かのボス討伐をやってそれっきりになっていたはずだ。攻略の都度ボス階はマップや敵が変わるのが面白かったが、ダイモンが何かやっていたのかもしれない。
かつて、このゲームをやっていたときにはモニターごしのキーボード操作だった。今は自分の手足で動いている。手は最後に見た自分の皺だらけの乾いた肌ではなく、色つやのいい若い肌になっている。ここだけリアルなのは、たぶん俺の記憶にあるものだからだろう。これは自分の手だ。子供のころ工作で怪我をして跡の残った傷がちゃんとある。
鏡はないかと内ポケットに手を入れるとちゃんとあった。やはり若い頃の自分だ。どうも照れくさい。そういえばインベントリにたくさんのものをしまってあったはずだが、モニターごしでないこの状態ではどうやって出し入れするのだろう。せおっているバックパックは気にならないほど軽いのではかえって気になる。
結論をいえば、魔法のバックパックだった。背面がディスプレイになっており、懐かしいインベントリ画面が表示される。タッチしてバックパックの中に手をいれるとそれがあるという仕掛けだ。
いざというときにものを出すのには不便だ。ステータス画面は見えないが、どうも自分の魔力を使って動いているらしい。バグなのか、出し入れするたびにちらちら文字が見えるのが気になる。
ポケットも幅だけ通れるものであれば奥行きに関係なくものがしまえるらしい。緊急に必要となるもの、常日頃使うものはここにいれておけばいいだろう。手鏡は、確か迷宮の角でいきなり射撃されないよう様子を見るためのものだったはずだ。
ダンジョンの壁はあいかわらず画素数の少なそうな見かけだが、自分の持ち物はみなリアルなものであった。これは不思議だ。剣など滑り止めに巻いた包帯とにじんだ手あかまでくっきりである。
このゲームをやってたころはやはり画素数の少なそうなにじんだグラフィックだったと思う。
ふと自分の手を見た。
最初にリアルだったのはこれではなかったか。
思いついたことがあって壁に触れてみる。
劇的だった。ボス部屋の壁は豪華なタペストリーに飾られ、魔法で光を放つシャンデリアに照明されたものとなった。足下の白くつややかな石はこれは大理石だろうか。
「なぜ」
プログラムならそういうルーティンになっているのだろう。だが、なぜわざわざこんなことをするのだろう、
誰かの気配がした。はっとなって振り向くと、空っぽな上にドット数の少なかった玉座に塔の主がいた。暗黒の塔の主、魔王ウラだ。
魔王もすっかりリアルな姿になっていた。頭蓋骨をかたどった白銀の兜、金モールでかざった紫色の羅紗の外套、そして赤く仄かに輝く大きな玉をはめこんだ杖。
「よくぞ参られた。いまこそ決着をつけようぞ」
彼の声をきくのは初めてだ。美しいテノールだ。そして万感の思いがこもる声。これはプログラムされた存在とは思えない。
戦い方は覚えているか。俺はチートなしでもほぼ勝てていたと思う。だがあまりに昔の事だ。
「アイススピア」
魔王の前に氷の槍が現れた。通常、これをまともにくらうことはないし、これは誘導の一手だ、
ここはアースウォールでコンボの火炎技も防ぐはずだ。
「アーススピア」
いきなり間違えた! そしてなんだこれは。視界が一瞬白黒反転し、今までみえていなかった無数の線が現れた。いや、これは文字列だ。高速で流れる言葉の列。そこに俺の言葉が同じような線となって絡み付く。一瞬のできごとで、視界はもとにもどり魔法の効果が発現した。
アーススピアは相手の足下から土属性の槍を突き上げる魔法で、使うとわかっていれば一歩動くだけで簡単に回避できる。大失敗だがそれ以前に魔王のアイススピアがとんできている。
生身の記憶の最後のほうだったら確実に腰がおかしくなる動きで俺は体をひねった。鋭い冷気の刃がほほをかすめていく。本当に冷たい。
魔王の次の攻撃にそなえないといけない。よろめき倒れて四つん這いになったところから急いで体を起こす。ぶつけた膝がさすがに痛い。
魔王は、足下から絨毯を貫いて龍気した百とかではない数の土の槍に貫かれて空中にあった。
白銀の兜が脱げ、床に落ちる。魔王は美少年だった。そのほほから血の気がみるみるうせていく。通常、すぐに消えるはずのアーススピアはようやくここで消えた。落ちた魔王の体はこれ以上ないくらい嫌な重い音を立てた。
「これが痛みか」
血を吐きながら魔王がつぶやいた。
「ゴウキよ、わしはようやく生きている実感を得たぞ。大儀であった」
ほほがひりひり痛い。先ほどのアイススピアの鋭い切り傷がようやく傷み始めたのだ。
大ダメージではあったが、あれで魔王が死ぬとは思えない、治癒の魔力は残っているはずだ。
「ああ、とどめか。爆裂魔法かなんかで一気にやってくれ。おぬしにはもう何十万回殺されたかわからぬ。ここで悪夢はおしまいにしたい」
何十万回? さすがにそんなにやってはいないはず。
「忘れたのか? おぬしは経験値を延々稼ぐためにわしとの戦闘を自動化しただろう」
つまり、塔を起動しなくなってからも延々俺のアバターと魔王はここで戦い続けていたと?
「さあ、やってくれ。お前のはじめたことを終わりにしてくれ」
「わかった」
候補の呪文がいくつか浮かぶ。一つを選んで言葉にするとふたたび視界がかわって、また違った流れに絡み付く。この言葉なんだろう。いくつか、見覚えのある単語を拾い上げて直感した。これは一種のプログラム言語だ。
魔王の体は四散し、燃え尽きた。焦げたり裂かれたり、豪華だった部屋の中はひどい有様だ。
兜と、杖が残されていた。ゲームでは魔王と一緒に消えているはずのものだ。
荒れ果てた室内がもとに戻らないこと、魔王の品物が残っていることは彼が再度現れることはないということかも知れない。
兜と杖を調べてみる。兜の本体は中にはまったサークレットだった。中に刻まれた文字にはオラクルとある。サークレットをはめてみると、目の前に文字が流れ始めた。
オラクル起動中、と読める。
「ようこそ、オラクルへ。私はこの世のどこかに秘された魔法の図書館の精霊。あなたの質問に可能な限りお答えします。使い方のチュートリアルを始めますか」
なんだろう、この古いパソコンのソフトウェアのような魔法具は。
使い方は簡単だった。知りたいものに視線を向け、欲しい情報を思うだけで解説が目の前に現れる。中には図解をかぶせてくるものもあってとてもわかりやすい。ただ、正確に聞かないと答えてくれない。まるでスマートスピーカーだ。
おかげで魔王の杖がどういうものかわかった。シールドスタッフというらしい。魔王の異様な防御力の源泉はこれだったのだ。古代の至宝でたった一つしかない、ということは魔王の再出現がないことを物語っていた。少し威力は落ちるが、指輪の形にもなるらしい。
試しにシールドを出してみると、正面三重、物理、熱、冷気の三属性、全方位物理一重のシールドが出た。ガスもふせげるようなので便利だが、つまり長く粘ると窒息することになる。
さて、これからどうしようか。五層に町があったはずだから、まずはそこまで降りてみよう。その前に奥の宝物庫を確かめる。
数万枚の金貨がバックパックのスロット一つに収まったのは幸いだった。ここにはいれば重さを感じないのでこれで金銭的に困ることはないだろう。望んだことではないが、ダイモンの言葉を信じればここでやっていくしかない。何もかもリアルになって自然回復しなくなるようであるから荒っぽいことは避けたい。魔王の死に様は本当の人間のようで、とても気分のいいものではなかった。
オラクルがあって助かったのは十数個の魔法の宝の鑑定だった。おかげで呪いの指輪をうっかりつけてみるということは避けられた。呪いの内容もリアルに嫌な内容に書き換えられていて、本当に避けられてよかったという代物。その他は一つをのぞいて微妙なものばかりだったので一度しまい込んでしまう。売ったりあげたりするのによさそうだ。便利なのは自動回復のアミュレット。怪我や病気をどんどん治してくれるらしい。オラクルの説明になかったから、痛みなどは緩和してくれないのだろう。
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