第17話、LZ、突入!

「 LZ、左前方に確認! 約、3キロに接近! 」

 カルバートの報告に、俺はブリッジ左舷側の窓を見た。

 目の前を、猛スピードで過ぎる建物の最上階の向こうに、一際高い構築物が見える。 他の建物同様、赤っぽいレンガの外壁だ。

「 どうやら、あれが2番街のセンタービルらしいな 」

 俺は呟きながら、船倉の内線マイクをオンにした。

「 ファルト、ソッチは大丈夫か? 随分と、荒い操船になってしまったが、間もなくLZだ 」

『 気遣い無用だ。 我々は、カウパーの揺れに慣れている。 いつでも良いぞ? 』

 あの操船でフラついていないとは、大したモンだ。 さすがだな…

 俺は言った。

「 1階は、おそらくロビーだと思うが、そのまま突っ込む。 船が停止したらゲートを開ける予定だが… 衝撃で、操作が不能になる場合もある。 そうなったら、ソッチの手動操作で開けてくれ 」

『 心得た。 協力、感謝する 』

「 意を決するあまり、突入前に開けるなよ? 破片が飛び込んで来るからな 」

『 了解した。 門出は、友である君に開けてもらいたいものだな 』

 勝手に、友にするなと… まあ、いいか。

「 死ぬなよ…?」

『 悔いは無い。 ダコダのお導きが、あらん事を…! 』


 路地の上空を急旋回し、センタービル前へと船を廻す。

「 高度を下げろ! 」

  幾つかの広い階段を上った所に、レンガを敷き詰めたエントランスがあるようだ。 その向こうに、大きなガラス張りの入り口が見える。 好都合だ。 突入箇所は、あそこに決まりだ……!

「 現場の見取りは、完了だな。 一度、高度を上げて左旋回! ニック! 掃射準備だ! 」

「 了解! 」

 ブリッジの前面窓に、暮れかかった夕空が映った。 瞬間、右に傾いだ街並みが流れ、再び、センタービルが見えた。 入り口付近に、相当数の解放軍兵士の姿が確認出来る。

 俺は、メインパネルに掴まりながら言った。

「 戦闘速度を維持! 正面玄関から突入するっ! 総員、衝撃に注意! 掃射開始! 」

 リックが、機銃掃射を開始した。 みるみる入り口が近付く。 ブリッジ正面に、ガンガンと敵の機銃弾が着弾する…!

「 皆、アタマを低くしてろっ! 」

 俺の耳元を、ブリッジ内を貫通した機銃弾が、幾つもかすめて行った。

 ニックが連射し続けている機銃弾が、入り口付近に無数に着弾している。 ガラスが粉々に飛び散り、レンガの壁は、白い粉煙と共に破片を舞わせた。

「 装甲車だっ! 」

 ニックが叫んだ。

 入り口の右横から、回転銃座を架装した兵員輸送車が姿を現した。 戦車かと思っていたが、装甲車だったか… どちらにしろ、機銃では歯が立たない。

「 目潰し程度でも構わんっ! 砲塔近くを、集中して叩け! 」

「 了解ッ! 」

  こちらに向かって回転を始めた銃座付近に、機銃弾が無数に着弾する。 アンテナやハッチの取っ手が飛び散り、びっくりしたのか、装甲車の動きが止まった。

「 そのまま構わず、突っ込めッ! 」

 ビッグスが叫んだ。

「 イっ… キあああああぁ~~~~っす! 」

 ブリッジの前面窓に、ガラスの割れた入り口が映り、船底に『 ゴゴン! 』 という、装甲車の天蓋が当たる音が響いた。

 続いて、船首付近に衝撃。 ブリッジの天井部分が、一瞬にして吹き飛んだ。 船体や、レンガの破片が辺りに四散する。 物凄い衝撃音…!

「 ひるむな、ニック! 手当たり次第、動くモノは撃てッ! 」

「 やってまああああぁぁーす! 」

 ロビーは、比較的に広いようだ。 幾つもの太い柱が林立し、2階まで吹き抜けの設計である。 正面に、2階へと通じる広い階段があり、手摺の付いた廊下に、各部屋のドアが見える

 船は、イスやテーブルなどの調度品を蹴散らしながらロビーの絨毯の上を滑って行き、フロントの手前にあった段差に突き当たって、ガクン、と停止した。

 ニックが連射し続ける機銃の音が、玄関ホールに響き渡る。

 俺は、メインパネルに設置してあった多弾頭弾の放出ボタンを、全て押した。 両舷側にあった無数の発射口から指向性爆薬( 手榴弾のようなもの )が放出され、あたり一面に散らばり、炸裂する。 船の外には、破壊の咆哮が渦巻き、ありとあらゆるモノが飛び散り、四散した。

「 よし、行けえッ、ファルト! 」

 ゲートの開閉ボタンを押す。 パネルには、グリーンのランプが点灯した。 ゲートが開いたのだ…!

 船首付近に、アリオン騎士たちの雄叫びが響いた。

 俺は、天井が吹き飛んだブリッジから、頭を低くしながら船首辺りを窺った。

 爆薬の爆発で、もうもうたる煙と粉塵の中、黒いマントを翻し、抜刀した騎士たちが勇猛果敢に突撃して行く。 剣を高々と揚げ、皆の先陣を切って階段を駆け上って行くファルトの姿が見えた。

「 ファルト! 」

 ニックが撃ち続ける機銃の音や、爆発音にかき消され、俺の声はファルトには届かないはずだ。 だが、ヤツは、上り切った階段の上でこちらを振り返り、剣を振りかざして応えた。 ヤツは満足げに微笑むと、他の騎士たちと一緒に、建物の奥へと突撃して行った。



『 上の階へ行け! 通路の角に気を付けろ! 』

『 ミューラーがやられた! サミュエル部隊長も戦死! 左エリアを占拠した! 』

『 中央エリアへ向かう! ヘッケル、こいつらを連行しろっ! 』

『 左だっ! 迂回して叩けッ! 』


「 3階が司令部のようです… 幹部数人を、捕虜にしたようですね 」

 ファルトたちが使用している無線を傍受しているカルバートが言った。


 ……船の周りは、不気味に静まり返っている……


 突入して来た入り口付近に、周辺からやって来た解放軍兵士たちが潜み、こちらを窺っているようだが、攻撃を仕掛けて来る様子はない。

 船首にあった銃座を後甲板に移し、ニックが睨みを効かせているのもその理由の1つだろうが、司令部に突入されたという動揺が、攻撃を躊躇させているようだ。 司令官のシュタインが戦死ともなれば、一目散に敗走しそうである。

( 腰抜け共が! その気になれば、支援火器を使用しての攻撃も可能だろうが )

 船内に捕虜がいる場合を想定して、攻撃を控えているとも考えられるが… おそらく、そうではあるまい。 ただ単に、想定外の事が起こり、どうして良いのか分からないのだ。


 ファルトから無線が入った。

『 キャプテンG! 聞こえるか? 』

「 聞こえるぞ。 状況はどうだ? 」

『 司令部を急襲したが、シュタインがいない! 』


 何? 早速、逃げたか…?


 司令官を確保しないと、意味が無い。 予定ではシュタインを抹殺するか、拘束しなくてはならないのだ。 敵に戦意を失わせ、地域停戦合意に持ち込むのが参謀本部の計画であり、基本的に『 中途撤収 』は無い。 我々の帰還は、あくまでも『 作戦終了 』後なのだ。

( しかし、『 獲物 』がいないんじゃ、話にならんな )

 俺は答えた。

「 シュタインがいないのは、想定外だな…… 計画には無かったが、撤収するか? 司令部は引っ掻き回したし、とりあえず、攻撃は成功だ 」

 単身突撃と言うよりは、玉砕突撃に近い今回の作戦。 今のところ玉砕には至っていないが、強行撤収をするとなれば、これからが問題だ…… 多分、船は動くだろうが、帰途は、今来た以上の攻撃を食らう事が予想される。 引き上げるのであれば、出発は早い方が良い。 入り口付近に潜んでいる連中も、いつ襲って来るか分からないし、それ以上に、近隣地区からの増援が厄介だ。

『 とりあえず、ホールに戻る 』

「 了解した。 辺りに、気を付けろ…! 解放軍の連中が多数、潜んでいる 」

『 忠告、感謝する。 だが、腰抜け共の弾に屈する我々ではない。 無双正義の剣は、常に我にあり 』

 勇猛果敢で結構だが… 機銃弾を、剣で防ぐ事は出来んぞ?


( ヤバイ雰囲気に、なってきやがったな…… )


 突撃したまでは良かったが、アテが外れたようだ。 敵中、ド真ん中である。

 刻々と危機が静かに迫る… そんな感じである……!


 やがて2階の階段付近に、数人の解放軍幹部を拘束したファルトたちが姿を現した。

 船の後方、入り口付近に見え隠れしていた解放軍兵士たちから、明らかなる動揺が感じられる。 物陰から盛んに頭を出し入れし、こちらを指差して、何やら騒いでいるようだ。

 ファルトたちが、幹部連中の首筋に剣を当て、捕虜を盾にして階段を下りて来る。

「 突入した騎士の内、半数以上が戦死したな…… 」

 俺は、屋根が吹き飛んだブリッジからファルトたちに手を振りながら、呟くように言った。 ファルトは健在だが、他の騎士たちの姿は20名くらいしか確認出来ない。 よく見ると皆、手足を負傷しているようだ。 ファルトも左肩辺りのマントが裂け、着込んでいる白地の衣が、真っ赤に染まっている。

 階段を下りつつ、ファルトが無線を入れて来た。

『 どうする? このまま入り口まで行って、構えている連中を牽制するか? 』

 俺は、無線マイクを持ち、答えた。

「 その提案は、危険だな。 連中は、そいつらを見殺しにするかもしれん 」

『 作戦本部長の中佐と、M―177銀河派遣軍 主計参謀長の少佐だぞ? 他にも第1艦隊 陸戦部隊長や、航空隊の上級士官もいる 』

「 解放軍の統率系統の質は最低だ。 上官だからと言って敬意を表するとは限らん。 遠慮なく、弾をブチ込んで来るかもしれんぞ? 」

 マータフが側に寄って来て、俺の耳元でささやいた。

「 キャプテン… 最悪の報告じゃ。 ドライブシャフトが、イカれとる……! 」


 なっ…!? そ、それって…

 オシャカって事じゃないのかっ……?


 無線マイクを持ったまま、無言で見つめ返した俺に、マータフは続けた。

「 砲弾の破片が船底を貫通し、シャフトの屈折部に当たっていたようじゃ。 ミッションボックスの手前で、折れちまっている……! 」


 ……終わった……!


 どこかにシャフトがあったにしても、交換するにはミッションボックスを分解しなくてはならない。 超高圧のボックスを分解するには、当然、それなりのピット設備が必要だ。


( これは、相当にヤバイ事になった…! エンジンは起動するだろうが、動力がメインホイールに伝わらない。 ここから、一歩も動けない… って事だ……! )


 俺は、マイクに向かって言った。

「 ファルト… とにかく、船へ入れ。 エンジンは掛かるだろうが、動けん事が判明した。 シャフトが折れているらしい……! 」

『 船の事はよく分からないが、それは… 絶望的危機にあると言う事なのか? 』

「 まあ、認めたくはないが、そういう状況にある 」


 敵に、コッチの状況を察知されたくない…!


( 最悪、捕虜の解放を条件に、期間停戦を提示しようか…… 敵さんが、上官である捕虜たちの必要性を認識してくれたら、の話しだけど )

 俺は続けた。

「 今、捕虜を失ったら… 間違いなく、俺たちに明日は無い 」

『 了解した。 こう着状態に入る可能性もある訳だな? 』

「 そうなるな。 誰か、使者を立てて… 早急に対処しないと、ヤバイぞ。 増援が来ればアウトだ。 捕虜の有無など、前線指揮官の戦闘報告次第で、どうにでもなる 」

『 なるほど。 質の悪い軍隊ほど始末に負えないものはないからな。 船内で対策を練るとしよう 』

 俺は無線マイクの交信を切ると、力なくメインパネルに視線を落とした。


 ……落ち着いて交信していた俺だが、内心は、超ビビっていた。

 船が動かないのであれば、どうしようもない……!

 我々はエクスプレスであって、戦闘員ではないのだ。


「 火器も、船首から船尾に据え直した17ミリ機銃、1丁のみか…… 」

 ゼロを指したままの出力計の針を見つめながら、俺は呟くように言った。

 マータフも、ポツリと言った。

「 バズーカでも打ち込まれたら、一巻の終わりですな 」


 俺は、今までに経験した事が無いくらいの、最悪の危機に直面した……!

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