第16話、曲芸航行
「 上空より、複数の熱源接近! おそらく、キャノン砲です 」
カルバートの報告に、俺は言った。
「 バウアーの援護射撃だ。 最高なプレゼントじゃないか 」
ライトキャブの進行方向を、前もってトレースするかのように、赤い火柱が上空から降り注ぐ。 立ち昇る黒煙を付き抜け、地上に突き刺さった火柱は、地上を赤々と染め上げた。 入道雲のように沸き立つ、巨大な真紅の炎。
俺は言った。
「 ビッグス! 炎の上を通過しろ! 地上からは見えん 」
「 イエッサー! 」
今の砲撃で、検知されていた動体のほとんどは、沈黙した事だろう。 だが、油断は出来ない…!
「 更に、新たな動体検知! 左舷下部、多数…! 」
カルバートが言い終わらないうちに、船体にガンガンと振動が伝わった。 機銃弾の攻撃だ。
低空飛行中だが、それでも地上からは数百メートルの距離がある。 小銃程度では、このスピードだと、ヒットさせるのは至難の業だ。 …とすれば、撃って来ているのは、おそらく重機関銃だ。 しかも歩兵支援機銃ではなく、自動追尾式システムを登載した、回転式架脚銃座…!
俺は言った。
「 多分、自走砲仕様の対空連装機銃だ! リック! 」
「 9時の方向、見つけましたぁ~! でも、17ミリじゃ、車の装甲までは破壊出来ませんよッ? 」
「 ソコまでは要求せん! 沈黙させなくとも、攻撃を怯ませろ! 」
「 了解! 」
射撃を開始するニック。 廃莢される薬莢が、船底にコロがり始めた。
( もう戦闘状態だ… 民間船を装う必要は無い )
ブリッジの舷側窓から眼下を見ると、あちこちの建物から解放軍らしき兵士たちが出て来て、こちらを指差している。 数人は、小銃などで発砲しているようだ。
俺は、ビッグスに言った。
「 建物スレスレに航行しろッ! 路地の上を、縫うようにしてもいいぞ! 」
言うのは簡単だが、実際に操船するのは難しい。 だが、この方が、上空を航行するより狙われ難い。
「 わ、わ…! ひえっ! 」
方向舵にしがみ付き、必死に舵を取るニック。 どうやら、微妙に出力調整の結果に時間差があるようだ…
ゲーム画像のように、塔や建物の軒がブリッジの窓一杯に展開する。 時折、解放軍兵士が建物の影から顔を出すが、慌てて引っ込めた。
マータフが言った。
「 情報指定回路が、出力についていかん…! エンジンは立派だが、サポートする機器がポンコツじゃ 」
このままでは、いずれ暴走を起こす。 内圧がオーバーし、ヘタをすると暴発する危険性もある。
俺は言った。
「 全て、マニュアル航行にするぞ! 出力情報の危険回避は、サポートに頼るな。 動作は全て、手動でやれ! 」
マータフが答えた。
「 了解。 『 赤城 』乗艦時代を思い出しますな…! あの頃は、ほとんどが手動でしたなあ 」
俺は、苦笑いを返した。
実際、じゃじゃ馬の手綱を、自らの手に握ったようなものだ。 無茶な操船にはなるが、反面、咄嗟の自由は利く。 マータフ、頼むぞ……!
船尾に左右ある噴射口のバランスレバーを調整しながら、俺は言った。
「 右に流れているぞ! 左スロットルを絞れ、ビッグス 」
「 んなコト、言っても… おっと、くそっ…! 」
右舷の船首が、建物の軒に接触。 レンガの欠片が、ブリッジに跳ね返って音を立てる。 高速の為、衝撃の揺れが激しい。 一度、上空に出た方が良さそうだ。
俺は言った。
「 取り舵20! 上昇角15、最大速度のまま、一度旋回だ 」
「 イエッサー! 」
目的地の方向を推測させない為にも、一度、旋回をする。 旋回外側に向かって、かなりの横Gが掛かる。 ミシミシと軋む船体…!
カルバートが叫んだ。
「 動体検知ッ、複数です! 4時方向から熱源! ランチャー、接近! 」
早速、来たか…! 降りれば、スリル満点のゲーム。 上がれば、ランチャーの洗礼。 ドッチも疲れるぜ……!
俺は言った。
「 誘導式のランチャーでない限り、マニュアルでかわせ! 先を急ぐぞっ! 」
その時、左舷50メートル辺りで砲弾と思われる爆発があった。 グラリと船体が揺れる。
カルバートが叫んだ。
「 砲撃です! 地上より、砲撃を受けました! 方位302! 」
くそう! 砲兵部隊だな? …歩兵砲では、この仰角は狙えない。 高射砲にしては、威力が大きい… とすれば、野戦砲だ。 このスピードでは、当たる確率はかなり低いが、命中したら、ひとたまりも無い。
俺はビッグスに指示した。
「 急降下ッ! 直線航行で構わん、また建物スレスレに航行しろッ! 」
上空から降りれば、野戦砲に狙われる事はない。 ビッグスには悪いが、勘弁してもらおうか…
再び、方向舵にしがみ付き、ブリッジに向かって飛んで来るように感じられる建物を、かわし始めたビッグス。
「 ひえ… ひ、ひええぇっ…! 」
スリル満点だろうが? どこかの壁にブツかって、オシャカになるかもしれんが、開き直って楽観しているしかない。 もう、諦め気味である。
「 スロットル全開! ハラを決めろ、ビッグス 」
船底から伝わって来る、怪物マシンの鼓動…! さすが、40秒台のトルク圧を誇るバケモノだ。 熱交換ユニットのバルブポート・ストレート2Jが唸り、腹の底に響くような振動が心地良い。 しかも、そのサウンドには、まだ余裕すら感じられる。
マータフが言った。
「 船体負荷が、レッドゾーン! ゴキゲンかましてると、空中分解じゃッ…! 」
…忠告、有難う。 この非常時に、確かに、ゴキゲンかましてました…! 何せ、こんな上等なエンジン、乗ったコト無いんで…
「 出力95%! エアバルブを放出! 」
出力を絞り、船首のエアスポイラーを作動させて、空気抵抗を増加させる。 後方に掛かる船体負荷を、船首から緩和させるのだ。
ビッグスが答える。
「 了解、出力95%! 一息、つけますわ…! 」
「 敵無線傍受ッ! 5時方向から、ランチャーが来ますッ! 」
再び、カルバートが叫ぶ。 俺はビッグスに指示した。
「 方向舵にて、マニュアル回避! そろそろ、直線航行は避けろ。 LZが、バレる! 下の連中も、この船が、どこへ行こうとしているのを察知する頃だ 」
「 イエッサー! 」
直線航行を維持し続ける艦艇に対して迎撃行動を遂行する際、ランチャーなどの到達地点を、あらかじめ予測して撃つ事がある。 まあ、めくら撃ちだが、意外と当たる事があるのだ。 蛇行しつつ、向かって来る高層建築物を避けながらの航行に切り替えた方が良い。
カルバートが言った。
「 再び、敵無線傍受! 解析によると… LZに、解放軍の機甲部隊車両が1両、停車中ッ! 」
「 ナンだとッ? 」
マズい…!
戦車だと、歯が立たない。 鉄鋼頭弾を使用するにしても、貫通は無理だろう。 しかし、今更、予定は変えられない。 他の突入箇所に変更すると、上空のバウアーたちの砲撃を食らう可能性がある…!
レッドゾーン、ギリギリの辺りを揺れ動いている出力計の針を、しばらく見ながら考えていた俺は、船倉内の内線マイクをオンにして言った。
「 ファルト。 LZに先客がいる。 多分、戦車だ 」
『 …そうか。 だが、相手の目をごまかす事が出来るな 』
ファルトも同じ事を考えていた。
つまり、機甲部隊車両がいる所に、ワザワザ突っ込んでは行かないだろう、と言う常識的解釈。 それを裏手に取るのだ。
俺は言った。
「 厳しい戦いになる……! 覚悟はいいか? 」
『 全ては、大いなる神 ダコダと共に 』
こういう時、宗教は助けになるな……
「 11時、デリンジャーですっ!」
左舷側ブリッジの天窓を見上げ、ニックが叫んだ。
ちっ…! 今度は、艦載機のお出ましか……!
左窓から見上げると、太陽を背にした艦上攻撃機デリンジャーが、単機で急降下して来る。 カン高い降下音と共に、ブリッジ天井部分に、ガンガンと衝撃が走った。
「 くそっ! 撃って来やがった…! ビッグス、右スロットル遮断、旋回上昇! 構わんっ、アフターバーナー! 」
航空機の空中戦の場合、攻撃されたら、普通は反転して急降下し、まず逃げるのがセオリーだ。
( …だが、この船のエンジンはベルフォーレだ。 試してやる…! )
物凄い負荷が掛かった。 左後方に、顔が引きつられる感覚だ。 マータフが叫んだ。
「 上等カマすのは、3分以内! それ以上は… 多分、空中分解! 」
…凄え、報告だな。 ある意味、脅しでもある。
だが、賢明なコメントだろう。 船体が、負荷に耐えられない。 エンジンのみが、船首から飛び出す事だろう…!
凄まじい上昇スピードで登って来た相手に驚いたのか、デリンジャーの降下方向が、わずかに左にそれた。 上下、ニアミスのように、敵機とすれ違う。
「 カルバート! レーダー確認! 敵機の方向を見定めろッ! 見失うなよッ? 」
「 …り、了解ッ…! 」
ブラックアウト寸前のような、おぼつかない表情で答えるカルバート。
「 ビッグス! 起きてっか? 左スロットル遮断! 」
「 …し… 失速しますよっ? 」
「 させるんだ! 」
俺は、船首のエアスポイラーを、全開に作動させた。 途端、フワっとした無重力感覚。 次の瞬間から、船は船首を逆さにし、急降下を始めた。
「 カルバート! 敵機はッ? 」
「 …ひ、左旋回を始めました… オエッ…! 」
俺も、キモチ悪ィ…!
「 再度、アフターバーナーだ! 左旋回ッ…! 」
うまくいった。 デリンジャーの真上だ!
「 ニィィーック! ブチかませぇーッ! 」
…ニックは、射撃手シートで気を失っていた。
俺は叫んだ。
「 なっ…!? アッホがあああぁ~ッ! …構わんッ、そのまま、ツッ込めえぇーッ! 」
みるみる、迫る敵機。 コクピットの中では、パイロットが左右を見渡しているのが確認出来た。 上だ、たわけが…!
そのまま敵機の上に、圧し掛かるようにして体当たりをする。
俊敏性の優れたデリンジャーだが、所詮は小型機だ。 ライトキャブとは言え、こちらの図体はデリンジャーの機体の10倍以上はある。 船首に振動が走り、折れたデリンジャーの翼が、ブリッジの窓の外を飛んで行った。
カルバートが言った。
「 敵機、四散を確認! お見事です、キャプテン! 」
ライトキャブでデリンジャーを『 撃墜 』したのは、俺が最初かもしれん……
イチかバチかだったが、何とか切り抜けられた。 軽巡洋艦『 マーキュリー 』乗艦時代、不足していた防空指揮士官の代役を、しょっちゅうしていたのが功を奏したようだ。 艦載機の動きは、大体が読める。
だが、船が航空機と代わらない『 曲芸飛行 』を実行する事が出来たのは、ベルフォーレあっての事だ。 普通では、まず不可能だろう。
俺は、気絶しているニックの後頭部を、特大スパナ( No 24 )で殴りながら言った。
「 LZへ向かう! 各自、警戒を怠るな 」
「 イエッサー! 」
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