第15話、フリゲート野郎の『 遺言 』
『 それは、あまりに危険過ぎます! 私としては、賛成しかねます 』
ガイドチャンネルを使用し、俺は、バウアーに事の次第を説明した。
「 成り行きとは言え、こうなっちまったモンは仕方ない。 もしもの時は、閣下に宜しくな…… あと、トラスト号に、ファルトの末娘が居候している。 耳が不自由な子で、名前はソネットだ。 ソフィーと一緒に、収容してくれ 」
俺は、ブリッジのメインパネルを操作しながら続けた。
「 ファルトは… 戦死するかもしれん。 おそらく、騎士団たちの先頭に立って突撃するだろう。 ヤツの功績を讃えて、戦闘が終結した暁には、アリオンの独立も考えてやってくれ 」
『 …… 』
無線マイクの向こうから、静かな、長いため息が聞こえた。
『 ……了解、致しました。 グランフォード殿の意向は、閣下に、必ずお伝え致します。 …が、必ず生きて、お戻りになられますように……! 』
「 有難う 」
メインパネルを操作し、トラスト号のエンジンの圧力計算データを、圧縮保管する。
キーボードを操作し、メインホイールの始動比率表や、加速圧・無段階変速比などのデータもコピー。 それらをPC内の、一つのファイルにまとめた。
バウアーが言った。
『 2番街のセンタービルと、13区のフィアットホテルですね? それと、港湾センターですか…… 」
キーボードを操作しながら、俺は答えた。
「 ああ、武装戦線軍 諜報部からの情報だろう。 精度は、かなり高いと思う 」
『 突入箇所は、センタービルですね 』
「 ああ。 申し訳ないが、砲撃を一時、中断してくれ。 味方の砲撃で撃沈されては、たまらんからな 」
『 了解です。 フィアットホテルと港湾センターに関しましては、兵力を集中させます 』
「 宜しくな 」
『 神の、ご加護があらん事を…! 』
無線を切りつつ、まとめたファイルに名前を付ける。
< ソフィーへ >
このファイルに気付くのは、ソフィーが幾つになった頃だろう。
( まあ、ソフィーが、このPCを開くかどうかも、定かではないがな…… )
俺なりの『 遺言 』だ。
( トラスト号を宜しくな、ソフィー… )
俺は、PCの電源を落とすと、ブリッジを出た。
薄暗い倉庫の中。
1隻のライトキャブが、天井から幾つも吊るされたカンテラの灯りに浮かび上がっている。
小さな展望式ブリッジ… いや、『 操舵室 』と木製の甲板。 硬化アルミの船体が、ぼんやりと銀色に、鈍く光っている……
改装を終えた『 特攻艦 』だ。
勿論、生還を基本とした作戦ではあるが、運ぶ騎士たちの大半は、還りはしまい……
回天に燃える騎士たちの熱い心とは裏腹に、銀色に映る船体の印象は陰気だ。 カンテラの明かりに反射する光も、どことなく鈍く、そして、やけに冷たく感じられた……
船首にあった小さなパネルを開け、荷降ろし用ゲートの外部開閉ボタンを押す。
突入し易いように改造し、普通のゲートの2倍の間口があるゲートが、モーター音と共に、静かに開いた。
( 掃射機銃の効果が功を奏しなかった場合、機銃弾が降り注ぐ中、連中は、ここから突入していくのか…… )
艦隊直属の空挺師団の古参下士官が、以前、言っていた事を思い出す。
『 突入舟艇から走り出た3人に1人は、1発の弾も発射せずに敵弾を受け、戦死する。 次は、オレかもな… 』
運が悪けりゃ、死ぬ。
戦闘は、命を懸けた博打だ。 生か、死か… どちらかしかない。
運よく生き延びたとしても、何の報酬も無い。
…とすれば、博打よりも酷い。
博打は、勝てば、掛け金より多い金が入って来る。
生きている事… それが即ち、報酬なのだ。
それが『 戦争 』である。
俺は、幾多の血を吸う事になるであろうゲートに手を置き、いつになく、センチな気分になっていた。
「 作動点検か? 」
ファルトの声がした。 振り向くと、黒いマントを羽織ったファルトがいた。
頭を傾け、吊り下げられていたカンテラを避けつつ、俺の方に近付きながらファルトは続けた。
「 急ごしらえの作業だっただけに、作動不良などが起こる危険性は高いかもしれぬ。 …事前に確認する君は、やはりプロだな 」
別に、点検をしに来たワケじゃないのだが…
俺は答えた。
「 自分の乗る船だ。 誰だって気になるモンだぜ? 」
本心である。 もしかしたら、運命を共にする事になるかもしれないのだ。
ファルトが言った。
「 突入する同志たちは、約70名だ。 だが、今回… 妹のジーナは連れていかない事にした 」
俺は、しばらく無言の後、答えた。
「 いい選択だ 」
ファルトは死ぬ気だ……
生き残るに越した事は無いが、戦死する確率は、極めて高いだろう。 彼、亡き後は、誰かがアリオンを導いて行かなくてはならないのだ。 その役目を全う出来るのは、ジーナしかいない……
俺は、ゲートを閉めながら続けた。
「 ジーナは、了承しているのか? 」
興廃を決するやもしれぬ、この一戦… あのジーナが『 留守番 』役に納得するとは、到底思えない。
ファルトは、苦笑いしながら答えた。
「 ジーナには、この作戦の存在すら、伝えてはいない 」
…そりゃ、アトでジーナは、怒り狂うぞ…?
俺は、苦笑いで答え、ゲート外部開閉ボタンのパネルを閉めると、言った。
「 皇帝軍が、どう判断するかは分からないが… アリオン独立の道筋を草稿してくれるよう、査察艦隊の司令には話しておいた 」
フッと笑い、ファルトが答える。
「 有難う。 やはり、持つべきものは友だな 」
勝手に、友人にするなっちゅ~の…!
…だが、以前のような嫌悪感は無い。 ファルトの第3の目からも、穏やかな感情が感じ取る事が出来る。
俺は言った。
「 お前さんらの協力と、尊い犠牲が無駄にならなければ良いが…… 」
マントの中から右手を出し、俺に握手を求めながら、ファルトは答えた。
「 以前、君を見捨てた償いは、させてもらう…… だが今回、不本意ながら、更なる危険を強要させてしまったようだな。 勘弁してくれたまえ。 その代償は、我々の行動で返す 」
俺は言った。
「 俺には、幸運の女神がついているらしい。 その恩恵に与れば、きっと良い結果がもたらされるだろうよ 」
差し出された右手に、握手して答える俺。
ファルトは笑った。
「 情報回路・出力回路、共に、オールグリーン! 出撃準備、完了! 」
機関士シートに座ったマータフが、出撃前の最終報告をした。
計器パネルを操作し、ブースター出力のチェックを確認しながら、俺は言った。
「 報告によれば、2番街での戦闘は膠着状態にあるとの事だ。 解放軍の砲兵部隊も展開中。 地上からの高角砲による攻撃には、充分に注意しろ! 」
俺の指示に対し、ブリッジ下方に設置された射撃手シートに付いたニックが質問した。
「 攻撃を感知したら、撃ってもいいですか? 」
「 ああ、構わん。 小さいながら、赤外線式と、3Dの方位レーダーを装備してもらった。 感度は悪いかもしれんが、敵との距離は数百メートルだ。 目視でも確認出来たら、判断はお前に任す 」
なるべく民間の船舶を装っては行くが、2番街のセンタービルまでは、時間にして1時間も掛からない。 戦闘状態に入る頃には、もうLZだ。 最後まで民間を装う必要はない。 危険を感じたら、即、応戦だ。
俺は、航宇士シートのビッグスに言った。
「 ビッグス、最初から飛ばすな。 スピードにモノを言わすのは、攻撃を受けてからだ 」
「 了解! 豹変するワケっすね…? 何か、ワクワクして来ましたよ 」
…それも、今のうちだけだな。 砲兵部隊のPAC砲でも食らったら、一巻の終わりなんだぞ? コイツは、艦艇でも何でもない。 ただの『 船 』だ。 ボートと言っても良いだろう。 防弾装備は皆無だ。 ヘタをすれば、銃撃を食らっただけで空中分解するかもしれん……
ビッグスの横で、持ち込んだ無線機材やシールド配線に囲まれ、ブリッジの床に座り込んでいるカルバートが言った。
「 今のところ、磁気嵐も治まっているようです。 解放軍の無線周波数は、相変わらず不安定なチャンネルを使用しているようですが、増幅器を持って来ましたので大丈夫です。 リアルタイムでのオンエアをお届けしますよ 」
頼りにしてるぜ…!
俺は、船倉内の内線マイクをオンにし、言った。
「 ファルト、準備はいいか? 」
船倉からのモニターから、応答があった。
『 ああ。 こちらは、いつでも大丈夫だ。 大いなる神、ダコダのお導きが、あらん事を…! 』
倉庫のゲートが開けられた。
徐々に、赤茶けた砂漠の風景が、ブリッジの前方に開けて行く。
「 出撃! 」
荒馬の心臓を秘めたライトキャブは、死をも恐れぬ騎士たちの運命を載せ、ゆっくりと発進を始めた……!
眼下に見えるアリオンの首都、エルドラの街並み。
夕暮れ迫る一刻、あちらこちらで、戦闘によるものと思われる黒煙が上がっている。 網の目のように広がる路地には、砲撃の跡も生々しく、土嚢を積み上げ、それらを活かして急造された塹壕らしき陣地も見えた。
師団どうしの大掛かりな戦闘ではなく、部隊やレンジャーどうしによる小規模な戦闘が、散発的、かつ永続的に行われているらしい。 ドロ沼の様相だ…
「 ゲリラ戦になってるな 」
ブリッジの窓から見下ろし、俺は呟いた。
人の姿は見えない。
傾いた夕陽が山の稜線に掛かり、その陰となった街並みは、ひどく陰気に、無機質に感じられた。
青黒く、不気味な沈黙を纏い、眼下に広がる街……
実際、人気の無さそうな廃屋にも、敵味方が潜み、互いに機をうかがっているのだろう。 空挺師団のレンジャー部隊とゲリラたちの攻防が、街中に展開されているようだ。
俺は、射撃シートのニックに言った。
「 いきなり発砲して来るかもしれんぞ。 注意しろ…! 」
見た目は、普通の民間船だ。 まず威嚇から、がセオリーなのだが……
「 動体、検知! 赤外線にも反応っ! 」
3Dレーダーを凝視していたカルバートが叫んだ。
「 早速、おいでなすったか……! 」
赤外線反応と言う事は、照射レーザーで、こちらに照準を合わせていると言う事である。 民間船に対し、警告も無くロックオンをするなど、皇帝軍にはありえない行為だ。 恐らく、解放軍だろう。
俺は言った。
「 総員、まだ動くな…! マータフ、動力の接続は? 」
「 既に、手動にて接続中。 アイドリング率、98% 」
ようし… いつでも、このライトキャブは、じゃじゃ馬に変身する……!
俺は、『 相手 』の出方をうかがった。
カルバートが言った。
「 敵無線会話にて、発砲許可を確認! 」
続けて叫んだ。
「 発砲確認ッ! 5時の方向から、ロケットランチャーが来ますッ! 」
…来たか!
やはり解放軍… それも多分、ゲリラだ。
正規の砲兵部隊なら、命中精度の高い88ミリ砲辺りで狙って来るはず。 当たるかどうかも分からない『 手頃な火器 』で攻撃を仕掛けて来るところが、いかにもゲリラらしい。
俺は叫んだ。
「 面舵一杯ッ! 急降下! 速度、最高圧ッ! 」
途端、体が後方へ引っ張られる感覚。 ブリッジの窓の外を、傾いた街並みをバックに、白いスモークが横切って行った。
ランチャーをかわし、一旦、地上スレスレまで急降下をする。 他にも、この船を狙っているヤツラがいるかもしれない。 照準を外させる為にも、まずは急降下して様子を見るのか賢明だ…!
みるみる迫る、レンガ造りの屋上。 配管や、漆喰の亀裂などが識別出来るほど降下し、俺は言った。
「 戻せっ! 上昇角10度。 アフターバーナー! 」
ベルフォーレが吼えた。
砲撃の咆哮にも似た爆音を轟かせ、ライトキャブのルックスからは、到底、想像出来ないような加速を披露しつつ、猛スピードで危険領空を離脱する。 あっけに取られたのか、2発目のランチャーは発射されなかった。
「 このまま、速度を保て! イッキにLZまで行くぞ! 」
そう簡単にいくとは思えないが、俺は指示した。
カルバートが叫んだ。
「 再び、動体検知ッ! 」
「 位置はッ? 」
「 前方2時! かなりの複数ですッ! 赤外線投射装置の存在も感知! 3個小隊くらいの兵力かと…! 」
敵の巣に、突っ込んだか…!
俺は、ビッグスに言った。
「 水平に、ランダム蛇行! 単調にすると、食らうぞっ! 」
「 イエッサー! どっかに、掴まってて下さいよ~! 」
船体を軋ませ、船は、曲乗りのような航行を始めた。
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