第14話、託された運命

「 こりゃ… ベルフォーレじゃないか……! 」

 スタンレーがテーブルに置いた1枚の写真を見て、思わず俺は言った。

 レース用クルーザーの、メイン・エンジンだ。

 ベスタリカ公国で、年1回行われる『 シュナイダー・カップ 』…… レース参加は、各銀河の貴族たちのステイタスでもあるが、このシュナイダー・カップは数あるレースの中、最も権威のある名門レースだ。 その覇者は、皇帝直々に『 サー 』の称号をもらい、セレブの仲間入りを果たす。

 昨年、優勝したのは、ベスタリカ公国の名門チーム『 フォサッティ 』。 そのカスタムクルーザーに搭載されていたエンジンが、この写真の『 ベルフォーレ 』だ。

 メインホイールのギヤ比は、最大で36。 サブシリンダーを8基持ち、バルブポートは、硬化テクタイト製のストレート2J。 全て、電子制御の出力補正システムを登載し、トルクは、最高圧まで45秒という、超ゴキゲンなファニーマシンである…!

 黒い帽子を被ったヒューラントが、呟くように言った。

「 昨年の、シュナイダー・カップの覇者か…! 」

 どうやらヒューラントは、レースに興味があるらしい。 ベルフォーレ・エンジンの価値を知っているようだ。 数人の騎士たちからも、ため息がもれた。

 テーブルに両肘を突き、口元辺りで両手を組んだ上に顎を乗せ、スタンレーは言った。

「 レースの公式記録によると、最高速度は420宇宙ノットだ。 今回はライトキャブに、このエンジンを組み込む… 船体が大きくなる分、多少、スピードは落ちるが、高角砲の照準を合わさせないくらいのスピードは、充分に保持出来る見込みだ 」


 …充分過ぎるだろう。 減圧抵抗を差し引いたとしても、多分、350くらいは出るぞ…? 亜光速では、最速と言える領域だ。


( しかし… こんなモン、どっから持って来た? ガメて来たんじゃないだろうな…? )

 アリオンは、その昔、ベスタリカ公国から分離し、アリオン人の国家として発展して来た歴史的経緯がある。 従ってベスタリカ王室間とは、未だ、親密な関係が存在している。 入手ルートは、この辺りからだろう。

( だが、それにしても惜しい……! )

 確かに、このスピードで回避航行すれば、撃沈される可能性は少ないが、銃撃による被弾は覚悟しなくてはならない。 作戦で消耗してしまうには惜しい『 作品 』だ。 壊れなかったら、アトで俺にくれ…!

( しかし、1つ問題が…… )

 俺が、そう思った時、その答えに準じる事実を、スタンレーが言った。

「 問題が、1つある…… 我々には、こんな船を操船出来る人材がいない 」

 そう言った後、彼は俺の方を見た。


 ……読めて来たぞ、この野郎。 俺に、それをさせるつもりか……?

 ナニが、コメンテーターだ……!


 ファルトが言った。

「 グランフォード卿… 察しが良い君には、そろそろ読めて来た事だろう。 勿論、強制はしない 」


( ちくしょう! この状況下で断れば、俺の… 男としての評価が下がるのは必至じゃないか! )


 ファルトは続けた。

「 先日の、エルドラからの脱出の際に見せてくれた、見事なまでの操船技術……! レーザーによるキャノン砲のロックオン操作すら躊躇・翻弄させる回避行動など… 私は今まで、見た事も聞いた事も無い。 数々の戦場で培った経験が、あの、神業とも言える操船を可能にしているのだ……! 銀河広しと言えど、君に並ぶ操船指揮者は、そうはいまい 」

 絶賛とも言える、ファルトの言葉。

 お世辞ではなく、心底、そう思っているようである。


 …再会したばかりの俺だったら、無碍も無く、断っていたかもしれない。


 だが、ソネット救出を機会にファルトは、俺に対し、素直な心で接してくれているように思える。 そのファルトが、ここまで俺を信頼し、賛美の言葉を贈っているのだ……

 俺の、心の片隅に、応えてやりたいという気持ちが、次第に湧いて来た。

( 2番街に突入したら、ここにいる騎士たちは皆、体一つで、玉砕とも言える単身突撃を敢行しなくてはならない。 当然、死をも覚悟の事だろう。 操船は、そんな者たちの運命を握る、大事なミッションだ。 それをファルトは、俺に託そうとしている…! )


 …だが、俺は迷った。


 例えライトキャブであっても、俺1人だけでは操船出来ない。

 船を回航するだけならば問題は無いが、じゃじゃ馬同然の怪物モンスターマシンを回避航行させるのだ。 当然、ビッグスやニック、カルバート… そして勿論、マータフの助けが要る。 連中を巻き込んでも、良いものだろうか……?


 俺は言った。

「 クルーに聞いてみなければ、はっきりとした返答は出来ない。 今日1日、待ってくれないか? 」

 ファルトは答えた。

「 我々の運命は、君に託す 」


 …俺を巻き込むな、と言う心の叫びは、どうやら、お前さんの心には届いていなかったようだな……



「 はあ……? 今度は、特攻突撃ですか? 」

 焼きソバのソースを、口の周りに付けたニックが言った。

「 特攻するのは連中だ。 俺らは、彼らを運ぶだけだ 」

 ソネットが作ってくれたハンバーグを食べながら、俺は答えた。

 食堂の入り口脇にある冷蔵庫から、オレンジジュースのビンを取り出しながら、カルバートが言った。

「 かなり、ハードな回避航行になりそうですね。 まあ、エンジン・スペックからして、スピードは良いですが… エンジン出力に、船体がもちますかね? 」

 ビッグスが答えた。

「 ライトキャブは、小回りを利かせる為に、横方向のGについての耐久度を、駆逐艦並みに補強して設計してある。 多分、大丈夫だと思うぜ? 」

 夕食後の合成ワインを飲みながら、マータフも言った。

「 ギヤ比が高そうですな… 外付けの出力制御盤を持って行った方が良さそうじゃのう 」


 …請ける気かよ、キミら…


 俺は言った。

「 皆を、危険に巻き込みたくは無い。 拒否したとしても、誰からも責められる訳ではないから、慎重に考えて返事をしてくれ 」

「 ワシは、ついて行きますぞ? 」

 マータフが、迷いもなく言った。

 続いて、カルバートも答える。

「 自分は、基本的には通信士ですが… 職業訓練校時代、航宇士2級乙の単位を取得しました。 ライトキャブくらいなら、お手伝い出来るかと 」

 実際、戦闘中は、拡散粒子による受信障害が少ない携行無線が頼りだ。 出来れば、それらを駆使し、敵の無線を傍受して解析する為の無線士がいると、非常に助かる。 レーダー監視役も欲しいし……

 ビッグスも言った。

「 殴りこみを掛けに行くんじゃなくて、『 運搬 』っしょ? 出来れば、ギャラが欲しいトコですが… 借りモンの船じゃ、請求し難いっスよね 」


 まあ、多少の報酬はあるかとは思うが……?


 残るは、ニックだ。 多分、面倒臭がり屋のヤツは、拒否だな。

 俺の視線に、はたして、ニックは言った。

「 時間外手当て、付きます? 」


 …ヌカシやがったな、この野郎…!


 俺は言った。

「 ライトキャブの操船は、航宇士1人でも出来る。 お前… 今回は、留守番しててもいいぞ? 」

 …本音を言えば、射撃手が要る。 敵機の攻撃もありうるし、LZ( ランニング・ゾーン:着地地点の事 )に到達する前に、多弾頭式の機銃で、潜伏兵力に対し、掃射をしなくてはならない。 何せ、ファルトたちは、我が身ひとつで銃弾の中へ突入するのだ。 周り数百メートル範囲は、敵がいない状態にしておいてやりたい。


 ニックは言った。

「 オレだけ抜けるのは、ヤだな… トゥーランにはヘルスも無いし、留守番してても退屈っスからね~ 」


 よし、分かった。 後で、泣きを言うなよ? ヘタすると、死ぬかもしれんのだからな…!

 まあ、くたばっちまったら、ナニも言えんが……


 どうやら、決定のようだ。

 また、皆に迷惑を掛けてしまう事になってしまった。 やはり俺には、貧乏神が憑いているのかもしれんな……

 俺は、皆に言った。

「 じゃあ… いいんだな? くたばっても、恨みっこナシだぜ? 」

 マータフが言った。

「 キャプテンには、幸運の女神がついておる。 旧式艦船だったマーキュリーも、キャプテンが乗艦していた間、航行不能に陥った事は、1度もなかった。 タイタン会戦では大破したが… それでも航行不能には至らず、艦隊護衛の職務を全うし、帰還している。 大丈夫じゃよ 」

 …まあ、神のみぞ知る、だ。

 俺は、無神論者ではないが、今まで、神に祈った事はない。 だが、今回だけは特別だ。 思わず、何事も無く『 作戦 』が終了する事を、俺は、心の中で祈った。



 緊急無線と、突入したファルトたちとの交信に使う簡易無線の周波数を、トラスト号のメインパネルにあるチャンネルにメモリーし、俺たちの行動を、ソフィーがリアルタイムで把握出来るようにした。 簡易無線は受信モードしか設定出来ないので、ソフィーが俺たちに交信して来る事は出来ないが、状況を把握出来るだけマシだろう。

 ソフィーは言った。

「 オジちゃんなら大丈夫! クエイドの英雄に続いて、今度はアリオンから『 ナイト 』の称号がもらえるかもね 」


 …この子は、ホント、無邪気でいい。 何か、楽勝でイケる気がして来たぞ?


「 ねえねえ、オジちゃん。 お留守番している間、外層の色、塗ってていい? 」

 応急修理をした外層に、ニックたちが耐久塗料を塗布していたのを、興味深々に見ていたソフィー。 どうやら、やってみたいらしい。

( まあ、勝手にウロついて、どこかへ出掛けてしまうよりは良いだろう。 色も、ガンメタ1色だし… )

「 ああ、いいよ。 ケチらず、多目に塗ってくれ 」

「 やった! ねえねえ、船首に『 トラスト号 』って、描いてイイ? 」


 …ナンだ、そりゃ…?


 確かに、この船には船名が書かれていない。 識別は、認識コードの検索で足りるから必要がないのだ。 趣味として、デコレーション的に船名を入れている船も見かけるが、ほとんどは船尾である。

 俺は言った。

「 ちゃんと、キレイに描けるのか? 歪んだり、フォントがバラバラだったりしないだろうな? 船首は、顔と同じなんだぞ? 」

「 PCを使って、出力プリントで作るから大丈夫だってぇ~、ねええぇ~… イイでしょう? ね? 」

 『 アメ 』を渡しておくか…… その方が、この船から離れる事はないだろう。

 業務上、船名を不明にしておいた方が、何かと都合が良いのだが、この辺りの銀河で大型の輸送船は少ない上、トラスト号は『 有名 』になり過ぎた。 何せ、フィギアにもなっているし… 今更、船名を隠していたところで、図体からバレバレである。

 不本意ではあるが、俺は言った。

「 ちゃんと、カッコ良く描いてくれよ? 」

「 やったぁ~! 」

「 可愛いクマちゃんのイラストとか、描くなよ? アニメもな 」

「 イエッサー! 」

 敬礼しながら、留守番役ソフィーは、張り切って答えた。

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