第13話、アリオーソ・グストの旗の下

「 違うよ! まず最初は、お肉を炒めるんだよ? 」

「 いいじゃん。 オレ、野菜は多少、コゲてた方が好きなんだ 」

「 え~? シャキシャキしてた方が、美味しいよ~? 」

「 うるさいなぁ~ あ… ソネット、コショー取ってくれ 」

 食堂で、ニック・ソフィー・ソネットが調理中である。

 ソフィーは、シフォンケーキ。 ソネットは、野菜の煮込み。 ニックは、焼きソバを作っているらしい。

 ファルトの頼みで、ソネットをしばらくトラスト号で預かる事になった。

 施設には戻れそうにないし、軍艦であるファルコン号に乗艦させるのは、危険だからである。 ソフィーとも仲良くなったし、『 調理係り 』として受け入れることになったのだ。


 手料理に、免疫が無かったニック・カルバート・ビッグスは、毎回、食事の度にソネットの手料理の味に感動し、特に、ニックは『 男の料理 』を、新しい趣味としたらしい。 連日、食堂の厨房に姿を現していた。

 

 トゥーランに停泊して2日目……

 損傷を受けた船体の修理は、レスキューシステムと連動するリペア・マシーンにより、今日の昼過ぎには、ほぼ終了した。 この町には修理工場などは無く、船内に保管してあった予備の部品で、何とか急場を凌いだ状態だ。

「 ホイール・チャージャーは、実際のところ、新品のもので調整をしたいんじゃがのう… 」

 食堂の、隣の部屋のテーブルで修理台帳をつけていた俺に、マータフが呟く。

 データ計算機の電源をオフにしながら、俺は言った。

「 確か… 半年くらい前に、遺棄されていた皇帝軍の艦船から調達したヤツだっけ? 」

「 それは、ホイール・シリンダーですな。 チャージャーは、3年は交換しておりませんわい。 整備記録によると、アンタレスのスクラップ屋から、格安で払い下げてもらった4年落ちの中古品じゃ 」

 ホイールチャージャーの経年限度は5年だ。 使用期限を、2年も過ぎていたか…

 まだ何とかイケそうなのは、マータフの腕のお陰だ。 感謝するぜ……

 マータフは続けた。

「 全ては、応急修理… 外層は、規定の54ミリが無いから、内装用の34ミリを使用。 第2層もじゃ。 しかも、船内の溶接機では圧着出来んから、高圧シールドしてリベット止め… 早く、設備の整った整備工場で修理したいモンじゃのう 」

 部屋のインターホンが鳴り、カルバートの声がした。

『 キャプテン、そちらですか? 』

「 ああ、どうした 」

『 お客さんたちが、みえました 』


 …は? 客? しかも『 たち 』とは、どういう意味だ?


 俺は答えた。

「 セールスなら、お断りだと言っとけ 」

『 ファルトです 』

「 …… 」

 う~む… ある意味、セールスより厄介かもしれん。 だが、居留守を使う訳にはいかないだろう。 ソネットもいるし……

 俺は答えた。

「 分かった、今から行く。 俺の部屋へ通してくれ 」

『 いえ、キャプテンをお迎えに来たらしいです。 来て欲しい所があるようで 』


 ナンじゃ、そら…? どっか、いいトコへ招待してくれるのか……?


 顔を見合わせたマータフが言った。

「 あまり、良さそうな話しではないような気がしますな…… 」

 …俺も、そう思う。 マータフ、代わりに行ってくれないか? イヤだろな…

 俺の想像を肯定するような表情のマータフを見ながら、インターホンに答える。

「 よく分からんが、今から行く。 右舷ゲートで待っていてくれと伝えてくれ 」

『 了解です 』


 果てなく続く、褐色の砂丘に向かって開け放たれた昇降用ゲート。 雲ひとつ無い、青い空が印象的に映えている。

 ドックに係留している訳ではないので、地上までの高低差は、約13メートルくらいだ。 無理やり角度をつけたタラップに、長尺ラックをつなげ、地上までは、かなり長い鉄階段となっている。


「 ソネットは、迷惑を掛けていないか? 」

 右舷ゲートのタラップの最上段で、いつもの黒いマントを羽織ったファルトが待っていた。 …だが、今日はマントの下に、剣を下げているようだ。 砂漠を渡って来る乾いた風が揺らすマントの裾から、見事な装飾を施した鞘の先が見え隠れしている。

 俺は答えた。

「 ああ、ウマイ料理を作ってくれて、皆、感謝しているよ 」

「 そうか。 居候を頼んで申し訳ないが、しばらくは、宜しく頼む 」

「 構わんよ。 …それより、今日はどうした? 」

 ファルトの他に、もう1人、男がいる。 俺は、その男を見ながら尋ねた。

 歳は、40代前半。 浅黒く日焼けした顔に、鋭い視線を持った目… 短く刈り込んだ髪には、白髪が混じっており、ファルトと同じ黒いマントを羽織っている。 アリオン騎士、特有の装束だ。 彼もまた、マントの下に剣を下げていた。

 ファルトは、彼を紹介した。

「 こっちは、スタンレー。 王家の血筋を引く、アリア家の当主だ 」

 マントの右袖を開け、出した右腕を左胸にあてがうと、スタンレーは、うやうやしくお辞儀をしながら言った。 アリオン騎士の、挨拶の仕切りである。

「 お初にお目にかかる、グランフォード卿。 アリア・ルドルフ・スタンレーと申す者にて。 以後、お見知り置きを 」


 貴族か…


 俺は、右手を軽く上げて答えた。

「 堅苦しいのはやめよう。 キャプテンGでいい。 で、用向きは何だ? 」

 ファルトが言った。

「 ここでは話せない。 我らの集会所に来てはくれぬか? 」

 …ヤだと言っても、来いってんだろ? やっぱ、何かあるな…… 俺を巻き込むな、ちゅうに。

 俺は尋ねた。

「 また、画策か? 」

「 いや、作戦だ 」

「 …… 」

 120キロ先のエルドラでは、バウアーの艦隊とシュタインの艦隊が戦っている。

 カルバートが傍受した戦闘無線の情報を集約すると、エルドラに展開したシュタインの勢力は、逃げ遅れた市民を盾とし、施設や民家を拠点として抵抗しているようだ。

 これに対し、バウアーも地上部隊や航空部隊を投入。 艦隊戦から地上戦へと、その戦況は変化している。 ゲリラ戦を得意とする解放軍が優勢となり、バウアーは苦戦を強いられているようだ。 未だもって、エルドラは解放軍の占領下である。 ファルトの『 作戦 』とやらも、それら状況の打開を狙ったものではあるまいか……?

( 俺は、軍属じゃない。 ビッグス・ニック・カルバートには、戦闘経験もないし… )

 どんな相談なのかは知らないが、俺に出来るのは、後方支援くらいなモンだ。 その協力も、危険度による。 ソフィーやソネットもいるしな……

「 分かった。 とりあえず話を聞こう 」

 俺は、ファルトとスタンレーの後をついて行った。


 レンガ造りの壁に囲まれた、細い路地。

 首都エルドラに比べ、東・西・北の三方を山に囲まれているトゥーランは、辺鄙な街だ。 おまけに、山から吹き降ろす乾燥した風の為、周辺地形の大半は砂漠である。 年間降雨量も少なく、干からびたような路地の赤茶けたレンガを、太陽が、ジリジリと焼くように照り付けていた。


 石畳に、俺たち3人の靴音が響く。

 この周りは、武装戦線軍の兵士たちの家が多いらしい。 レンガ造りの各家々の玄関先には、アリオーソ・グストの旗が掲げてあった。

 その旗の下部に、小さな白い星の刺繍がある。 個数は、家々によって違う。 出兵している家族の数を表しており、赤い星は、戦死した事を示す。 どの旗にも、赤い星が1~2個あった……

( 解放軍に占領されていた頃の… まだ武装戦線軍がレジスタンスだった時代から、トゥーランは、アリオン独立運動の拠点だったからな )

 静かに佇む家々の旗を横目に、俺は軍属だった頃を思い出していた。

( M―177会戦の後期は、惑星に地上部隊を投入しての白兵戦だった… 確かに、アリオン人たちの多くは逃げ腰だったが、中には、勇敢な連中もいたな。 特に騎士たちは、地上戦が得意だった。 単騎でカウパー( 馬のような動物 )に乗り、槍や剣1本を手に、敵の拠点深く攻め入っていたな )

 その多くは、還らぬ人となったが……


 しばらく歩くとファルトは、緩やかな坂になった石畳の途中にある1軒の酒場の入り口の前で立ち止まった。 この辺りに多い、地下酒場のようである。

 10段ほどの石の階段が薄暗い地下へと続いており、石階段を下り切った所に、古めかしい木製のドアが見える。 間口は、1メートルにも満たない狭さだ。

 辺りを軽く見渡し、ファルトが階段を下りて行く。 スタンレーも続き、俺の方を見ながら言った。

「 こちらです、グランフォード卿 」


 …ナンか、ヤバそうな雰囲気の酒場じゃねえか。

 階下の店内に入った途端、イキナリ、後頭部を殴られるんじゃないだろうな? ビール瓶で……!


 木製のドアを軋ませながら、ファルトが店内に入った。 スタンレーに続き、俺も店内に入る。


 店内の広さは、大きめの会議室くらいだ。 レンガの壁に囲まれ、数個のランプが灯っている。 丸いテーブルが数脚あり、それぞれのテーブルには、4~5人の客… いや、アリオン騎士たちが座っていた。

 ……薄暗い店内に漂う、タバコの煙……

 俺たちが店内に入ると、全ての騎士たちが俺達の方を振り返った。


 …皆、ファルトと同じように、黒いマントを羽織っており、黒づくめだ。

 ヒゲ面の男、アイパッチをした片目の男、つばの広い黒い帽子を被った男… ハッキリ言って、不気味である。 それらが全員、じっと俺の方を見ている。 俺は、ソッコーで帰りたくなった……!

「 …キャプテンGだ 」

「 グランフォード卿か…… 」

 ボソボソと、俺の名を呼ぶ声が聞こえる。 …うう… 帰りてぇ~……!

 ファルトが言った。

「 同志諸君、お待たせして申し訳ない。 グランフォード卿を、お連れした 」

 一番手前に座っていた、恰幅の良い男が立ち上がった。 着ていたマントの右側をひるがえし、右手を出して左胸に当てると言った。

「 武装戦線 第1騎兵部隊の部隊長、ワルターです。 ようこそ、グランフォード卿 」

 彼の横に座っていたアイパッチの男も立ち上がり、挨拶した。

「 第1騎兵所属、第2分隊長 オズウェルです。 以後、お見知り置きを… 」

 その後ろのテーブルに座っていた、黒い帽子の男も立ち上がる。

「 第3分隊長のヒューラントです 」

 やや後ろのテーブルでも、立ち上がった男がいた。

「 第2騎兵部隊 部隊長、グールド 」

 各テーブルから、1~2人が立ち上がる。

「 第1騎兵 第4分隊長、アッバス 」

「 第2騎兵 第1分隊の、デミーニ 」

「 第2騎兵 第2分隊の… 」


 いっぺんに言うな! 覚えられんわっ…!


 皆、同じような格好をしているので、さっぱり見分けがつかない。 おまけに薄暗いし… 後ろの方の連中など、ハッキリ言って、暗がりに溶け込んでいるようなものである。

 戸惑う俺の心境を察してか、ファルトが言った。

「 まあまあ、挨拶はそのくらいにしてくれ。 …グランフォード卿、こちらへ 」

 カウンターの、手前の席を勧めるファルト。 俺は、勧められるまま、ソコに座った。 スタンレーも、俺の横のイスに座る。

 ファルトが、俺の横に立ち、皆に言った。

「 卿の事は、皆も知っているだろう。 軍属の頃はタイタン会戦や、我々も参加したM―177会戦、メンフィス奪回と、その戦績も輝かしく、エクスプレスとなった最近も、バルゼー皇帝軍元帥を救出したり、クエイドを壊滅の危機から救ったり… その活躍には、目を見張るものがある。 まさに、銀河の英雄だ 」


 …乗せるなって。 ナニも、出んぞ……?


 騎士たちが、またボソボソと話し出す。

 ファルトは続けた。

「 先日などは、大切な、我が同胞たち数千人や、年端もいかない逃げ遅れた子供たち数百人を、解放軍の猛攻に晒されているエルドラの街から救出してくれてもいる。 何と礼を言ったら良いか… 」

 少し、目を伏せ、わずかな間合いの後、ファルトは続けた。

「 貴族協議院での関係で、私とは以前から付き合いがあった。 本日は、我々の作戦会議における、有益なコメンターとしてお招きした 」


 …おい、聞いとらんぞ? そんな話……!


 俺の心境は、ソッチのけで、ファルトは更に続けた。

「 今現在、我が首都エルドラは解放軍の攻撃を受け、未だ持って占領されたままである。 皇帝軍が、これを殲滅せしめんと奮戦中ではあるが、戦況は芳しくない 」

 騎士たち一同が、口惜しそうな表情になる。

 ファルトは、右手に拳を作り、皆を見渡しながら言った。

「 祖国の危機に一矢報いないで、何が騎士か…! 今こそ、立ち上がる時なのだ! 」

 皆の目が、異様にギラついている。 一同の意志は、首都奪回の志に向け、ひとつのようだ。

( だが、船すら持たないアリオンには、立ち向かう術は無い。 騎士の剣で、キャノン砲を防ぐ事は不可能だ… )

 唯一、軍艦と呼べるのは、ジーナのファルコン号くらいなものである。 だが、兵装は攻撃用ではなく、迎撃用程度の武装しか装備していないはずだ。 到底、攻撃に使用出来るとは思えない……

( しかし、幸いな事に、解放軍艦隊はエルドラに着陸し、戦闘は地上戦へと移行している。 皇帝軍の地上部隊と合流して戦うのであれば、白兵戦を得意とする騎士たちの出番も、あり得る事なのかもしれないな )


 ファルトが地図を広げ、俺の座っていたテーブルの上に広げた。 エルドラ市内の地図のようだ。

「 我が同志の調べによると、解放軍の拠点は3つ。 …2番街のセンタービルと13区のフィアットホテル、それと、港湾センターだ 」

 …ほう、こいつは有益な情報だが…

( 早くに分かっていれば、キャノン砲で狙い撃ちする手もあっただろうが、敵味方が入り乱れている現在では無理か……? )

 皇帝軍を一時、撤退させれば、やってみる価値はありそうだが、連中も、それは察するだろう。 すぐに撤収し、兵力を市内に分散するに違いない。

( だが、拠点が判明しているのであれば、今後、兵力を集中させ、効果的に攻撃を行う事も可能だな…! )

 ファルトは地図上のポイントを指し、続けた。

「 この、2番街のセンタービルに、解放軍の司令部が設置されている。 叩くなら、ここだ……! 」

 一同が、俺の座っているテーブルに集まり、地図を覗き込む。

 オズウェルと名乗ったアイパッチの男が、腕組みをしながら呟いた。

「 この辺りの路地は、入り組んでいる… 大部隊での移動・突入は危険だ 」

 確かに、地図を見ると、複雑に入り組んでいる。

 俺の横に座っていたスタンレーが、静かに言った。

「 船で行くのだ……! 」


 …船? まさか、ファルコンに皆が乗船し、突っ込む気か…?


 第1騎兵部隊長のワルターとか言う男が、ファルトに注進した。

「 地上砲火の危険が… 」

 その通りだ。

 いかに防弾仕様のファルコンでも、砲撃されたらひとたまりも無いだろう。 ファルコンは、基本的にはクルーザーである。 一層構造で、外層は30ミリ程度のはずだ。 速度を出す為に、軽量化もしてあるだろうし……

 スタンレーは言った。

「 この作戦の為に、超重磁力制御システムを登載した特別改造の船を使用する。 今、改装中だ 」

 どうやら、この作戦の発案者はスタンレーらしい。

 彼は、1枚の写真を出し、テーブルの上に置いた…

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