第12話、砂漠を渡る夜風
大気圏外に脱出したトラスト号。
追尾艦船が無かったので、予定していたワープを中止し、被弾した損傷箇所の応急修理の為、エルドラ上空3千宇宙キロ付近にて停止した。
『 右舷船首の火災は、鎮火。 破壊された外壁は、レスキューシステムにより、ほぼ補強完了。 ただし、無茶な操船の影響は、保証しかねますな 』
マータフが、報告をして来た。
「 了解だ。 ご苦労さん。 一服してくれ 」
俺は、上着の胸ポケットからタバコを出しながら答えた。
ニックが、大きなため息をつき、言った。
「 ふうう~~…! 一時は、どうなるかと思ったぜ 」
今までも、ヤバそうな事態には何度も遭遇して来たが、今回のは、完全に『 戦闘 』だ。 まあ、いい経験にはなっただろう。
先行脱出していたファルコン号が近付いて来た。 ジーナから無線が入る。
『 3Dレーダーで見守っていたが、実に、見事な操船、感服した…! 第7艦隊時代、貴殿が乗艦していた軽巡洋艦 マーキュリーが、幸運の女神と称されていたのも納得出来る。 回避行動の手本としたい操船だ 』
俺は、タバコに火を付けながら答えた。
「 元、軍艦乗りのマータフが機関長だからな。 初代、連合艦隊旗艦 赤城の機関長だったんだぜ? 年季が違うぜ 」
『 それ以前は、貴殿のお父上が艦長を務めておられた、第1艦隊の初代旗艦 戦艦トラストの機関長でもあったそうだな 』
…よく知ってるな。 ナンでそんなに、俺の事に詳しいんだ…?
『 実戦経験が豊かなエンジニア・クルーに恵まれていて、羨ましい限りだ 』
俺は答えた。
「 お前さんの船にも、優秀そうなクルーがいるじゃないか。 ジャニス… だっけ? 」
『 ははは。 貴殿の好みか? あれは優秀だぞ? 今度、抱かせてやろうか? 』
「 …遠慮しておく 」
「 キャプテン、バウアーの艦隊が降下を始めました 」
ビッグスが、機能回復した方位レーダーを見ながら言った。
ブリッジ横を、戦艦・重巡洋艦・空母などが大挙して通り過ぎて行く。
圧巻的な光景だ。 一糸乱れぬ統率… 精悍、かつ堂々としている。 砲撃されたとは言え、輸送船ごときに翻弄され、隊列を乱しながら逃走していたドコかの寄せ集め集団とは、エライ違いである。
俺は無線マイクを手に取ると、ジーナに言った。
「 この大艦隊を率いているのは、俺の知人で、バウアーと言う男だ。 優秀で信頼出来る将官だ。 あとはバウアーに任せて、避難民たちをキースまで移送しよう。 先導してくれるか? 」
『 心得た。 貴殿が推薦する将官なら安心だ。 我が都、エルドラの危機回復に、尽力を尽くしてくれよう…! 』
トラスト号は、ゆっくりと始動を開始した。
小さな第2惑星 キースのコロニーは、避難して来た民衆で一杯になった。
港も数基のドックしかない為、全ての船舶は入り切れない。 仕方が無く、入港出来なかった船舶は、エルドラの南 約120キロにある砂漠の町『 トゥーラン 』に降りる事になり、ファルコン号・トラスト号もそれらに続いた。
「 砂ばっかりで、なぁ~んにも無いトコだな~… 」
ブリッジの窓から下の景色を眺めながら、ニックが呟くように言った。
砂漠の中、砂に埋もれるようにして小さな町『 トゥーラン 』が見える。 キースのコロニーに入港出来なかった数隻の小型タンカーや輸送船・ライトキャブなどが、町外れに、既に着陸しているようだ。
俺は、ビッグスに言った。
「 一番端っこの… そうだな… あの、小高い砂丘の前に降りよう。 他の船舶に接近しては、着陸する際の砂塵が凄そうだ 」
「 了解 」
上空から見ると、赤茶けた砂が延々と続く単調な景色だ。 それは地表から見ても同じだろう。 小さなオアシスを囲むように、レンガ造りの建物が、周囲500メートルくらいの範囲で肩を寄せ合うように密集し、建っている。 ニックじゃないが、まさに砂ばかりで、何も無い所だ。
…ゆっくりと降下する、トラスト号。
やがて、満身創痍の船体を、熱く焼けた砂の丘に横たえた……
「 トラスト号だ! 」
「 へええ~、あの有名な? 」
「 結構、ヤラれてるな。 載せているのは、避難民か 」
着陸したトラスト号に、トゥーランの住民たちが、水や食料・毛布などを持って寄って来た。
船首・後尾の開けられた出入り口から、避難民たちの下船が始まる。 かなり荒い操船をした後だけに、多くの者が船酔いをしているようだ。 タラップから砂の大地に降り立った途端、倒れこんでしまう者もいた。 皆、思い思いに座り込み、お互い、無事に脱出できた喜びを噛みしめている。
( 何の儲けも無かったが、こうして数千の人たちを救出する事が出来た…… )
俺は、満足だった。
…しかし今回だけは、マジにヤバかっな。 火器を装備してなかったら、間違いなく撃沈されていたところだ。
巡行モードを解除し、アイドリングモードに切り替える。
静かになったブリッジ……
( 数日間は、船の修理だな )
俺は、タバコに火を付けるとブリッジを出た。
砂漠の白夜は、星が美しい。
降るような星空も良いが、聡明に感じるほど深いダークブルーの空に、置き忘れたかのようにポツリ、ポツリと輝く、名も無き星たち…… じっと眺めていると、妙に心が落ち着く。
しんと澄み渡った空気に、畝々と続く砂丘が、沈み切らないアリオンの小さな太陽の光に反射している。
…まるで絵画を観ているようだ。
誰かが、意図的に着色したかのように、ぼんやりと薄赤く映っている砂丘。 砂漠に、点々と灯る避難民たちのテントの灯り……
大変に、幻想的である。
船首の入り口脇に張ったタープテントの下…
ポールに掛けたハンモックで横になっていると、砂漠を渡って来る夜風が涼しく、熱のこもった船内より、ここの方が心地良い。
昼間の『 戦闘 』後、俺は、衝撃で暴走したデータの修復などをしていた。 慣れない情報処理作業で疲れたのか、どうやら少々、寝入ってしまっていたらしい。 ふと目を覚ました俺は、腕時計を見た。
午後、6時45分。
ブリッジを見上げると、食堂に明かりが点いている。 窓からは、ソフィーとカルバートらしき姿が見えた。 ソフィーお得意の、カードゲームでもしているのだろう。 ナメて掛かると、恥をかくぞ? カルバート。
……ふわりと、良い匂いがした。
( ビーフシチュー…? )
サクサクと、砂を踏む音が近付いて来る。 顔を上げ、人の気配がする方を見やると、ソネットが鍋を持って立っていた。
「 やあ、調理してくれたのかい? ニオイからみて、ビーフシチューだな? 」
にっこりと微笑みながら鍋を砂の上に下ろし、着ていたエプロンのポケットからアルマイト製の碗を取り出した。 鍋に入っていたレードル( 大きめのスプーン:おたま )で碗に取り分ける。 鍋の中身は、やはりビーフシチューだった。 ウマそうな匂いが、寝覚めの鼻をくすぐる。 腹が、グーグーと鳴り出した。
「 コイツは、ウマそうだな。 有難う 」
ハンモックから降り、碗とスプーンを受け取ると、早速、口に運ぶ。
…ウマイ…!
「 コイツは、イケる! ソネットは、料理が上手なんだね 」
耳が聞こえないから、ソネットには分からない。 だが、俺の表情から察したらしい。 嬉しそうに、ソネットは微笑んだ。
「 危ないとこほ、有難うござまいまいした 」
改まって、お辞儀をしながらソネットは言った。
生来の障害者ではないので、会話は出来るのだろう。 だが、自分の言葉さえ聞き取る事が出来ないと、どうしても発音が不明瞭になる。 ソネットも例外ではなかった。 微妙にアクセントなどが不鮮明だ。 しかし、会話に支障を来すほどではない。 ただ、多くの者の場合、それが恥ずかしい事だと認識する。 自ら、会話をしなくなり、自分の殻に閉じこもってしまうのだ。
大切なのは、健常者の方から『 心 』で話し掛ける事だと、以前、障害者ボランティアをしている知人から聞いた事がある……
俺は言った。
「 どういたしまして。 友達も、みんな一緒に、無事に脱出する事が出来て良かったね 」
ソネットには聞き取れなかったとは思うが、雰囲気で俺の言葉は理解したらしい。 更に微笑み、ソネットは小さく頷いた。
傍らの船底付近から、人の気配がした。 誰かが、砂の斜面を這い上がって来るようである。
「 あ~! イイ匂いがすると思ったら、キャプテンだけ、飯っスか~? 」
ニックだった。 作業着を、機関油で真っ黒にしている。
…てめえは、しょっちゅう装備を壊してんだから、たまには労働で補え。
ソネットが、ポケットから碗を出し、ニックにも取り分けた。
「 コイツぁ~、ウマそうだぜ! いただきま~す 」
スプーンで、ズゾズゾと音を出しながらシチューをすする、ニック。 コースマナーをマスターしろ、とは言わないが… すするか噛むか、どっちかにせんか。
「 あ! ナンで、呼んでくれないんっスか、キャプテ~ン! 」
ビッグスも、煤だらけの顔で斜面から這い上がって来た。 『 しゃもじが呼ぶ 』とは、この事か… お前ら、メシの時だけは、呼ばなくても必ず来るな。
「 うま、うま…! はぐ、うま~! 」
「 んは、んぬぅ~、のぐぐぅんん~…! 」
食いながら喋るな。 ったく、お前ら… 『 品位 』と言うモンを、考えた事があんのか? …まあ、無いだろうな…
もう1人、足音が近付いて来た。 黒いマントの裾が、シチューを食べる俺の視界に映る。
…ファルトだ。
「 キャプテンG。 今日は、本当に世話になった。 何と礼を言って良いか…… 」
俺は、ハンモックに座り、碗を持ったまま答えた。
「 だから、成り行きだと言っただろう? 恩に着るなって 」
スプーンでシチューをすくい、口に運ぶ。
ファルトは言った。
「 やはり君は、私が思っていた通りの男だった。 義より、情を重んじるのだな…… 」
「 別に、そういうワケじゃないぜ? 俺の成り行きって意味は、その場その状況において、今、成すべき事を優先させる、って意味さ 」
砂漠の夜風が、無言でいるファルトの黒髪をなびかせる……
俺は続けた。
「 あの時、養護施設にはソフィーがいた。 知人のアントレーも一緒だ。 迎えに行くのは当然だろう? たまたま、施設にソネットがいただけだ 」
ファルトは、しばらく無言の後、視線を自分の足元に下ろし、少し笑うと言った。
「 ふっ… 真の勇士は、恩義を語らぬもの… か。 君の為に、あるような言葉だな 」
…そんなに美化するな、つ~の。
俺は、勇士から見れば一番遠い所にいる者だと、自分では思っている。 思慮的には、損得が基本だからな。 ソフィーやアントレーとは、『 以前の作戦 』からの付き合いだ。 放っておく訳にはいかない。 ギリギリ、イケると判断しての行動で、結果、何とか収まっただけの事だ。 感謝してもらうと、くすぐったいぜ……
ファルトは続けた。
「 画策など企てても、事態は、思うようには好転しない。 私も君のように、今、成すべき事を優先させよう 」
…何を悟ったのかは知らんが、俺を巻き込むなよ…?
一陣の夜風がファルトのマントを、軽くひるがえす。
ファルトは言った。
「 エルドラの都を追われ… このまま私も、大人しくしているつもりはない……! 」
くどいようだが… 俺を巻き込むなよ……?
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