第11話、被弾

「 ミサイル、当たっちゃったの…? 大丈夫? 」

 心配顔のソフィー。

 俺は、ソフィーを覆っていた腕をほどき、言った。

「 ミサイルの進入角度から見て、直撃じゃない。 寸前のところで、何とかかわしている。 心配するな 」

 だが、被弾したのは間違いない。

 メインパネルを操作し、被害状況を調べる。 着弾は、第2甲板の右舷側だ。 第1層・第2層外壁が破壊され、強化内層壁が損傷を受けているようである。 内壁は破壊されてはいない。 避難民たちに被害は無いようだ……

 俺は、内線を押し、マータフを呼んだ。

『 こちら機関室。 ヤられたのう…! 』

「 ソッチは、怪我は無いか? 」

『 少々、壁に頭をぶつけたが、大丈夫じゃ 』

「 状況はどうだ? 航行は可能か? 」

『 レスキューシステムが作動中。 特殊溶剤による応急修理じゃが… 航行には、支障は無い模様。 運航システムには、グリーンランプが点灯中! 』

 何とか、イケそうか……

「 踏ん張り所だ。 復旧を急いでくれ 」

『 了解! 』

 俺は、ブリッジ正面から突っ込んで来るデリンジャーを発見した。

「 正面、デリンジャー接近っ!」

 ブリッジ全体に、ガンガンと音を立て、銃撃が着弾する。

 俺は、再びソフィーの頭を抱き、叫んだ。

「 ちくしょうッ! やりやがったな! …ビッグス! 降下しろッ! メインブースター回路、遮断! 」

「 い… イエッサー! 」

 放り出されていた高角砲の射撃シートに掴まり、フライトシートに戻るビッグス。

 俺はソフィーを放し、キャプテンシートに座らせると、高角砲の射撃シートに座った。 ブリッジ上を、敵機が通過する。 後続する敵機が、ビューパネルに映し出された。 射撃体勢に入っているようだ。

「 また来るぞッ! 」

 叫ぶのと同時に、再び激しい銃撃。 蒸気が抜ける音がし、警告ブザーが鳴り始めた。

 キャプテンシートに座っているソフィーが、叫んだ。

「 オジちゃん! 警報が鳴ってる! 」

 俺は、ビューパネルの敵機に照準を合わせ、ロックオンしながら言った。

「 上から3段目、左から2番目の赤いボタンを押せ! レスキューシステムを、オンにするんだ! 」

「 りょうかいっ! 」

 けなげに答えるソフィー。

 ビューパネルの敵機に、自動追尾システムがロックされた。 射撃トリガーを押す。

「 くそっ…! くたばれッ! 」

 ブリッジ上の、3連装高角砲が火を噴く。 レーザーによる自動追尾式だ。 一度ロックオンしたら、撃墜するまで打ち続けるシロモノである。 かなりの操縦技術を持っていないと、まず逃れられない。

 ブリッジ上を通過する頃には、敵機は火ダルマになっていた。

「 4機、片付けたぞ! 」

 あと5機いるが、その前に、何とか大気圏外脱出だ。

 そう思った瞬間、船体に激しい振動を感じた。

 ビッグスが叫んだ。

「 左舷側、船首付近の上甲板に被弾ッ…! 」

 くそっ…! また食らったか。

 続けて2本・3本と、キャノン砲の赤い火柱がブリッジ横を前方に貫いていく。 明らかに、狙いすました射撃である。

「 後方、至近距離に、船影が無いかっ? 」

 ビッグスが、方位レーダーを確認しながら答えた。

「 い、いますッ…! 3号級駆逐艦が接近中! 」

 しまった…! 真後ろに付かれていたか! やはり戦闘状態では、クルーの人員が足りない…!

 俺は叫んだ。

「 急速上昇! 上昇角45度。 アフターバーナー全開ッ! 」

 強烈なGが、後方に掛かる。 俺は、更に叫んだ。

「 左舷ホイスト( 船体の斜度状態を調整する為に噴射する、大型の蒸気口 )、最大噴射ッ! 」

 ビッグスが言った。

「 揚力バランスを崩して、失速しますよッ? 」

「 そうするんだッ! 急げッ! 至近距離で、ロックオンされてんだぞッ…! 」

 ブリッジ左舷側に、一瞬、大量の蒸気雲が発生し、後方に流れる。

 再び、フワッとした感覚が体を包み、船体が左に傾いた。 そのまま、左舷側を下にし、物凄い勢いで落下を始めるトラスト号。 まるで撃沈されたかのようである。

 次の瞬間、赤い曳光が、右舷船首の油圧機械室付近を貫いた…!

「 …くっ…! 」

 我が身を裂かれる思いだ。

 船体にビリビリと伝わる振動。 油圧系統のシステム警報も鳴り始めた。

『 出力ダウン! 予備ユニットにて復旧するが… しばらく、アフターバーナーは不可ッ! 』

( 油圧が、上がらないか…! マズイな。 油温が、どんどん上昇するぞ )

 マータフの声が、更に続く。

『 油圧ホイール冷却ファンが、右舷・左舷、双方とも停止! ブースターユニット内… 超過油圧、下がらず! 油温、オーバーヒート寸前…! これは、報告にあらず! 警告じゃッ! 』

( くそっ、やっぱりな…! )

 次の瞬間、再び、大きな衝撃を受けた。 俺も、ビッグスもニックも、シートから床へ放り出された。

「 左舷、後部中甲板、電圧室付近に被弾した模様ッ…! 方位レーダーが、イカれましたッ…! 」

 ビッグスが、電源の落ちた方位レーダーのパネル上部を、右手で叩きながら叫んだ。

「 降下停止ッ! 手動でホイストを作動させて、斜度を直しつつ、取り舵15度! 左舷後部、レスキューシステムを作動させろッ! …ソフィー! さっきのボタンの、2つ右のボタンを押せ! 」

「 りょうかいっ! 」

 俺は、ブリッジの前窓の光景に目を疑った。

 

 何と、敵駆逐艦が真正面、数百メートル先にいる…!

 しかも、こちらに突っ込んで来る…!


 反転降下した為、トラスト号の船首は、敵艦の方を向いてしまったようだ。

「 キ、キャプテンッ…! 」

 放り出された床から起き上がり、事態に気付いたビッグスが叫んだ。


 ダメだ…! 回避が、間に合わない! ツブされるッ…!


「 オジちゃんッ! 敵艦が突っ込んで来るっ! 」

「 ソフィー! 頭を低くして… 」

 フライトシートの側まで走り寄り、ソフィーが、何かのボタンを押した。

「 えいっ! 」

 突然、トラスト号の船首付近に閃光が走った。 ズシン、という反動。 次の瞬間、敵駆逐艦のブリッジ、ド真ん中が炸裂。

「 ??? 」

 敵駆逐艦の船首がグラリと傾き、トラスト号の左舷、やや斜め下方へと降下して行った。 ニアミスのように、トラスト号とすれ違って行く敵駆逐艦。 ブリッジ内では、火災も起きているようだ。 艦橋を逃げ惑う、敵将兵たちの姿が確認出来る。

 ソフィーが、小躍りしながら言った。

「 わあぁ~い! 当たったぁ~! 」

 ビッグスが、ソフィーの方を見ながら叫んだ。

「 パ… PAC砲かっ…! 」

 ビッグスから、新設したPAC砲の操作パネルを見せてもらっていたソフィー。 咄嗟に、射撃ボタンを押したのだ…!

 真正面にターゲットがいたのが幸いした。 修正無しの射撃だったが、見事に命中した。

 …コントロール室に、200ミリの爆身式超鉄鋼砲弾がブチ込まれたのだ。 あの駆逐艦は、航行不能だろう。

「 お見事ッ! ソフィー提督! 」

 ニックが、はやし立てる。

 おそらく、あの3号級駆逐艦は、トラスト号に対し、砲が仰角下だったのかもしれない。 兵装の無い輸送船だと思い、体当たりして踏み潰そうとでもしたのだろう。

( もし、船首に下方砲塔を備えた艦船で、砲撃が可能だったら、ひとたまりもないところだった。 とにかく助かった……! )

 しかし、咄嗟とは言え… 砲撃する手段を、瞬時に選択したソフィー。 元帥の孫ともなると、行動にも本能的な判断が、無意識のうちにも優先されるのかもしれない。 さすがだ。


 …駆逐艦が、輸送貨物船によって航行不能にされた…

 しかも、砲撃したのは10歳の少女である。

 のちの戦闘記録には、そう記される事であろう。 いとをかし…


「 上昇角30度、被弾箇所の復旧に着手! 」

 依然、危険戦域を脱してはいない。 だが、今の駆逐艦に対する攻撃を目の当たりにした敵艦体は、一斉にトラスト号を避け、迂回し始めた。

 巡洋艦くらいの大きさのトラスト号… この場合、船体の大小に関わらず、これ以上、更にどんな武装をしているのかが不明なところに、警戒感を増幅させる要因があると推察される。

( 好都合だ。 サッサと退散しよう…! )

 ビッグスが、機関システムのパネルを操作しながら言った。

「 右舷から煙を出しています! 消化装置が動きません 」

「 手動に切り替えて電源を入れろ! 」

 俺は、フライトパネル脇に立っていたソフィーに言った。

「 ソフィー、右舷側のスチームバルブを、全てオンにしてくれ。 2段目の赤いボタンを全部だ 」

「 りょうかいっ! あっ… 」

 ソフィーの小さな叫び声と共に、再び、船首のPAC砲が火を噴いた。


 …また違うスイッチ、押しちゃったのね? キミ…

 PAC砲の射撃スイッチには、誤射防止カバーがあるはずなんだケド… 何で、間違っちゃうのかな~? もしかして、ワザと…?


 敵艦隊の上部ポジションにいる数隻の艦船に向かって、赤い曳光が、一直線に突き進んで行く。 密集している為、どれかの艦船に当たるかも……?


 …命中した。


 今度は、重巡洋艦の左舷下部甲板だ。 エンジンソケットが吹き飛び、サブ・ブースターが抜け落ちて、燃えながら落下して行く。

「 …… 」

 無言で、状況を見つめる俺たち。

 ソフィーが、ぽつりと言った。

「 また、間違って押しちゃった…! ごめんなさい 」

 …意図的な感を、拭え切れないが… 当たってるから、許す。 非常に、効果的に撃ってくれちゃったね? キミ……

 被弾した巡洋艦の後部からは、真っ黒な煙が立ち上がり、煙の中心からは、炎が出始めた。 火災を引き起こしているらしい。 まさに、エンジンを狙い撃ちしたようなものである。 これもまた、航行不能であろう。 右に船体を傾かせ、徐々に艦隊を離れて行く。


 この状況を見て、敵艦隊は更なる混乱状態になった。 本来、主要艦船を守る事が任務であるはずの護衛艦も、勝手に艦隊を離れて逃げ出し、我先にと、地上を目指しているようである。

 ニックが言った。

「 シルバーハート勲章受賞者の射撃手が乗っている、とでも思っているんじゃないのか? 」

 う~む… もしトラスト号が、副砲規模のキャノン砲を装備していたら…

 密集している艦隊の至近距離に、大型火器の存在は大変な脅威である。 適当に撃っても、必ず、どこかの艦に命中するからだ。 今まさに、連中にとってのトラスト号の存在は、その仮定そのものであろう。 逃げ出す気持ちも理解出来る……

 連中は、トラスト号攻撃態勢から逃走状態になった。 5機残っていた艦載機も、いつの間にか、僚機を4機も撃墜されていた事実に気付いたのか、航空戦艦の上空を旋回待機し、避難しているようである。

 俺は言った。

「 ずらかるぞ、マータフ! アフターバーナー全開だっ! 」

『 出力85%… イケるじゃろう! 接続っ! 』

 再び、強烈なG。 被弾した箇所が心配だが、空中分解する事はないだろう。 もうすぐ成層圏だ。 何とか、切り抜けれそうだ…!

 俺は、キャプテンシートに戻り、パネルを操作して被弾状況の把握を始めた。


 …右舷船首を貫通被弾したのは、曳光から推察して、おそらくキャノン砲だ。 左反転降下をしながらの被弾だった為、助かった。 直進中だったら、エンジンかボイラー室辺りをヤラれていただろう。 だが、満身創痍なのは間違いない。 ミサイルを1発、砲弾を2発、キャノン砲を1発食らっている。 直撃だったのは、砲撃の2発のみ。 運が良かった……!


 俺は、傍らにいたソフィーに言った。

「 …攻撃、終了します。 ソフィー提督 」

「 よろしい…! ケーキ、食べましょうか? 」

 ソフィーは、笑って答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る