第10話、脱出!
ブリッジに戻った俺は、ビッグスに言った。
「 上昇角、25度に修正! 港を出たら、取り舵15度だ。 ブースターの出力をメイン・サブ共に、最大に上げろ! 」
「 イエッサー! 」
マジな表情のビッグスを、久し振りに見る。 一刻を争う事態である事は、さすがのヤツにも理解出来るらしい。
キャプテンシートに取り付きざま、内線ボタンを押し、機関室のマータフを呼ぶ。
「 こちらブリッジ! マータフ、いるか? 」
『 こちら機関室。 ただ今、配置に付きました 』
「 メインホイールの始動を、手動に切り替えて始めてくれ! 積載重量は、完璧にオーバーだ。 オートだと、時間が掛かる…! 」
『 了解! 現在、サブシステムは85%で加圧中。 情報回路、制御コントロール、共にオールグリーン! 』
「 よし。 …多分、大気圏を出るまでは、無茶な回避行動の連続になる。 出力と船のバランスに気を付けてくれ 」
『 了解! 』
尚も、上昇を続けるトラスト号。 先発のファルコン号は、成層圏に到達したらしい。 遥か前方上空に、紅いアフターバーナーの炎が小さく見える。
代わって、シュタインの艦隊の姿が、ハッキリと見えるようになって来た。 真っ直ぐ、こちらに向かって来る。
方位レーダーを監視していたニックに、指示する。
「 ニック! 一応、迎撃準備をしておけ! 艦載機が出て来るかもしれん。 対空砲の用意だ! 」
「 ラジャー! 」
遂に、火器を使用する時が来たか…! 『 備えあれば、憂えい無し 』とは言うが、如何せん、相手の数が多過ぎる。 ワープ航行に入るまでだ。 何とか応戦しなくては…!
突然、ドーンという炸裂音と共に、激しい衝撃が感じられた。 船体が、左に傾く。
ビッグスが叫んだ。
「 砲撃です! シュタインの艦隊から、砲撃を受けました。 マスト右横、約70メートル! 」
続いて、2発・3発。 激しい振動と衝撃音。 かなりの至近距離である。
ソフィーが、ブリッジに駆け込んで来て言った。
「 オジちゃん! 今の… 今の、砲撃っ? 」
ファルトもやって来て、言った。
「 民間船を攻撃するなど、何たる非道! 」
俺は、ソフィーをキャプテンシートの下に押し込みながら言った。
「 大型の輸送船と見て、拿捕するつもりなんじゃないのか? 今の砲撃は、おそらく脅しだ 」
「 停船するのか? 」
「 まさか。 …ビッグス、取り舵25度! 回避行動に入る 」
また1発、今度はブリッジの上方で砲弾が炸裂した。 約、50メートルである。
「 試射だ! 次は、斉射が来るぞッ! ビッグス、面舵一杯だッ! 」
「 イエッサー! 」
フル加速の上昇に加え、急激な方向転換。 船体が、微妙に軋む…!
次の瞬間、ブリッジの外を、赤い火柱が無数に貫いて行った。 キャノン砲の曳光である。 当たれば、木っ端微塵だ。
停船に応じず、回避行動に出たトラスト号を確認し、拿捕から撃沈に切り替えたと見える。 本格的に撃って来るぞ…!
「 ビッグス! 上昇角、15度に変更! 更に、取り舵15度だ! 直進すると、ヤラれるぞ! 」
「 イエッサー! 取り舵15度! 」
上昇角を緩やかにし、速度を上げる。
接近して来る艦隊は、ハッキリと艦の種類が識別出来るような大きさになっていた。 空母・戦艦・重巡… いずれも、複数いる。
「 マータフ! メインホイール始動は、まだかっ? 」
『 ただ今、始動! 出力120%に上昇! 』
「 よし、超過分はプールしつつ、加圧。 接続しろッ! 」
『 接続ッ! 』
再び、強烈なG。 どこかに掴まっていないと、船尾方向に倒れこんでしまいそうである。 おそらく、船内の避難民たちは大騒ぎであろう。 ま、多少の打撲は覚悟してもらおうか…!
ファルトが、配管に掴まりながら言った。
「 私にも… 何か、出来る事はないか? 」
俺は、パネルを操作しながら答えた。
「 避難民たちがパニックにならないよう、側にいて、見ていてやってくれ。 リーダーであるお前さんがいれば、民衆も心強いだろうし 」
「 了解した。 …貴殿には、何から何まで世話になるな 」
「 ふ… 成り行きさ。 恩義に感じるなよ? 」
ファルトの第3の目からは、敵意が消えていた。
ブリッジを出て行くファルト。 その背中からは、どこかしら人間味のある暖かさが感じられる。 それが何故であるかは、分からないが……
ニックが叫んだ。
「 キャプテン、あれを! 」
窓越しに指差す上空の艦隊を見ると、空母クラスの大きな船影から、ケシつぶのような小さな物体が、幾つも飛び出して来た。
ついに、来やがったか…!
「 艦載機だ…! 多分、街を爆撃するつもりなんだろう 」
ついでに、その前で回避行動を取っているトラスト号に襲い掛かって来るのは、火を見るより明らかである。
「 大気圏離脱までの辛抱だ。 何とか、応戦するぞ! 対空砲の準備はいいかっ? 」
新設したばかりの発射パネルに電源を入れながら、ニックが答えた。
「 OKっスよ~…! へっ、いやがる、いやがるぅ~…! 」
オペレータシート横に設置したシューティング・ビューパネルに、こちらに向かって来る数機の解放軍艦載機の機影が映し出された。 艦上攻撃機『 デリンジャー 』だ。 飛行航続距離は短いが、小回りが利く為、迎撃をするには厄介な相手である。
降下して来たシュタインの艦隊も、ハッキリと目視出来る距離となった。 大気圏航行による高熱で、どの艦も薄黒く煤けている。 トラスト号のブリッジの窓は、敵艦隊の船影で埋め尽くされつつあった。 前・右・左、ドッチを向いても、敵大艦隊の船影が見える。 圧倒的な脅威感……!
( この距離では、連中の艦隊とトラスト号が接近し過ぎている… バウアーたちも狙えないだろう )
自力で切り抜けるしかない。
( 回避行動を連続し、大気圏を脱したらソッコーでワープだ )
エンジンを酷使するが、マータフの腕次第である。 トラスト号のポテンシャルを、どこまで引き出せるか…!
ブリッジの前を、解放軍の艦載機が横切って行った。 こちらを振り向くパイロットの姿が、ハッキリと目視出来るぐらいの至近距離である。
( 兵装が無い輸送船だと思って、ナメてやがるな・・? )
2機目が横切る。 そのまま上昇して右旋回。 機首をこちらに向け、真っ直ぐに向かって来た。
「 来たぞっ…! 1時の方向、『 デリンジャー 』だ! 」
機首に、20ミリのバルカン砲を装備している。 コッチには、装甲が無い。 船底は防弾仕様だが、ブリッジは丸裸だ。 撃たれたら… ハッキリ言って、相当にヤバイ事になる…!
ビュー画面、一杯に映し出された敵機を見据え、ニックが言った。
「 う、う、う… 撃っても、いいっスか? キャプテン! 」
「 イッたれ! 」
その瞬間、もうニックは発射トリガーを引いていた。
ブリッジ脇に装備してある非常用舟艇… その影に隠して設置した15センチ対空砲が火を噴いた。 砲弾の供給はオート。 1秒間に、3発の爆身式鉄鋼弾が発射される。 ビュー画面の敵機は、一瞬にしてバラバラに消し飛んだ。
「 やったぜ! 初撃墜だ 」
ガッツポーズをする、ニック。
「 たった1機で、はしゃぐな。 攻撃隊は9機編隊だ 」
6機は、地上爆撃を開始している。 2機が旋回中だ。
未だ、攻撃を仕掛けて来ないところを見ると、撃墜された1機に気付いていないらしい。 チャンスだ…!
「 ニック! 上空11時、2機が旋回中だ。 やれッ! 」
「 イエッサー! 」
再び、砲身が火を噴いた。 排莢された薬莢が、騒がしい音を立てて甲板後方へとコロがって行く。 ブリッジ左横を、1機は火ダルマ、もう1機は片翼を失って、キリもみ状態で地上へと落下して行った。 今の間合いから察するに、無線による救援連絡を発信するヒマは無かっただろう。 トラスト号の武装は、残る6機には、未だ知れていない。 俺は、ビッグスに言った。
「 ビッグス! 上昇角、25度に修正! しばらくは、レーダー誘導によるリモートだ。 お前も高角砲につけ! 」
「 イエッサー! 」
高角砲は、ブリッジ上部、方位レーダーのトランス脇に、3連アンテナのように偽装して設置してある。 射撃シートは、フライトシートのすぐ横だ。 ムリヤリ設置したものなので、フライトパネルと2階建てのような構造になってしまった。 だが、ひょいと下をのぞけば、3Dレーダーも方位レーダーも見れるし、手を伸ばせばフライトパネルも操作出来る。 万年クルー不足のトラスト号には、都合の良いレイアウトである。
高角砲の射撃シートに移ったビッグスに、俺は言った。
「 いいか? かなり引き付けてから撃て。 デリンジャーは、翼の付け根にエネルギートランスがある。 そこを集中的に… 」
またブリッジのすぐ横で、砲弾が炸裂。 続いて、キャノン砲の赤い火柱が左舷すれすれを貫いて行った。
「 くそっ…! 巡洋艦の、副砲あたりにロックオンされているぞ! レーダー誘導解除! 面舵一杯ッ! 出力、シャットアウト! 急降下ッ! 」
ビッグスが、高角砲の射撃シートから手を伸ばし、方向舵を操作する。 エレベーターで降下したような、フワッとした感覚。 トラスト号は、急激な反転降下をした。 途端、赤い火柱が2本、マストすれすれを貫く。 敵艦体は、降下しながらの砲撃だ。 ロックオンしていても、多少の射撃誤差が出る。 今のは、それで助かったようなものだ…!
「 プログラム離脱ッ! 急速フル加速開始! 左舷ブースター点火ッ! 」
かなり、無茶なリクエスト。 一転して、急激な加速と右方向へのドリフトだ。 マータフ、頼むぜ…!
ブリッジの左を、数本の火柱が通過した。
内線マイクから、マータフの悲痛な声が聞こえる。
『 キャプテン! これじゃ、ドライブシャフトがもたんッ…! 次は無いですぞっ? 』
「 何とかしろッ! 右舷ブースター点火ッ! 」
無茶を強いているのは承知の上だ。 当たり前の回避行動だったら、ファイティング・シミュレーターで予想され、今頃、エルドラの街に落ちて炎上中だ。
ビッグスが、方位レーダーを見て叫ぶ。
「 ミサイル検知ッ! 3時方向から2発! 熱源感知式です! 」
くっ…! 今度はミサイルか!
「 エサを撒けっ! 3番から5番だッ! 」
「 イエッサー! 3・4・5番、放出ッ! 」
右舷の後部射出孔から、ドラム缶のような熱源誘導装置が排出される。 小さな噴出ノズルから高熱の蒸気を噴射し、トラスト号から離れて行く。 やがてミサイルは誘導装置の熱源に引き寄せられ、時限信管により爆発した。
無線室のカルバートから、内線が入る。
『 キャプテン! シュタイン中将の名前で、メッセージが入っています 』
「 どんな? 」
『 停船せよ、です 』
「 クソッタレ! 」
『 そう打電しておきました 』
事後報告かよ。 内容的には、それでいいが… そもそも、撃沈意志のある砲撃をしておいてから、停船もクソもあるか…!
再び、ビッグスが叫んだ。
「 キャプテン! ブラスターミサイルの接近を検知ッ! 4時方向から接近中ッ! 」
今度は、追尾式ミサイルか…! コイツには、熱源誘導が効かない。 高価な対戦艦用ミサイルを、民間貨物船に使いやがって…! たいていは、ロックオンする間の距離測定レーザーを、3Dレーダーが感知し、連動させたPAC砲などで撃退するのだが、今、接近中のミサイルは、どうやら戦艦の陰に隠れて、駆逐艦あたりが発射したものらしい。 姑息な手段を…!
俺は叫んだ。
「 左舷バラスト放出ッ! 取り舵一杯! 総員、対G! 」
キャプテンシート下にいたソフィーを抱かえ、両腕でソフィーの頭を覆った。
一瞬、閃光が走った。 続いて物凄い衝撃…! ニックとビッグスは座っていたシートから放り出され、床に転がった。 あちこちのクロークから雑貨などが飛び出し、階下からは大きな破壊音が響いて来る。
( くそっ、食らったな…! 右舷か )
ブリッジ天井にある赤い警告灯が点滅し、危険警告のブザーが鳴り響く。 メインパネルには、右舷バラストのシステムダウンを知らせるランプが点灯した。
…ヤバイぞ、これは…!
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