第6話、フェリス・ジーナ
ドックから移動式ラックを渡り、ファルコン号へ入る。
船は、『 家 』のようなもの。 差し詰めファルコン号は、女性の家と同じである。
何とな~く… 入り辛い……
艦内に入る入り口脇で、女性乗組員が待っていた。
作業服は着ているものの、スレンダーな体型で、えらく美人だ。 軽くウエーブの掛かった栗色の髪を腰の辺りまで伸ばし、品位がある。
艶やかな声で、彼女が言った。
「 お待ちしておりました、キャプテンG。 ご案内致します。 こちらへ… 」
彼女の目が、わずかに光った。
( 赤外線探知システム…! アンドロイドか )
ルイス( *前編参照 )と同じ、上級士官就き専用の高級アンドロイドだ。 ご丁寧に、アリオン人に合わせ、額に第3の目まである。 イントネーションに、独特のアクセントが無いところから察するに、人工頭脳はRA―3E 自己変格プロトタイプ、と言ったところか… RAモデルの3Eシリーズは、勿論、皇帝軍専用のモデルだが、何で、ジーナが所有する事が出来ているのかは詮索しまい。 ヤボな事である……
エンジンのアイドリングが、静かに唸る下部デッキ通路。 特有の金属音が聞こえる。
( やはり、エンジンをいじってるな… )
シャフトモーターを、亜高速仕様に換装しているようだ。 多分、メインホイールのギヤ比は、最大で25。 300宇宙ノットくらいは出そうである。
( ブースターロッドを無段階対応にすれば、あと20宇宙ノットは稼げるな。 だが、それではメインコンピュータの情報指定回路が追い付くまい。 規格外のデータベースが必要だ )
それを可能にしているのが、俺のトラスト号だ。 技術屋には、知り合いが多いからな。 どうやって各セクションからの出力情報ラインを合わせているのかは、企業秘密である……
「 こちらです 」
デッキを何階か上り、ブリッジ奥の艦長室へ案内された。
彼女が、扉をノックしながら言った。
「 ジーナ艦長、お連れ致しました 」
「 入れ 」
扉の向うから、ジーナの声が聞こえた。
ダーク調の、木板張りの部屋だ。 古風なランプが乗った執務机の向うに、皇帝軍と同じ濃紺の艦長服を着た女性が立っていた。
「 ようこそ、我がファルコン号へ。 歓迎する、キャプテンG 」
俺の後ろで、アンドロイドの彼女が扉を閉めた。
「 お招き頂き、光栄だ。 フェリス・ジーナ 」
握手を求めると、ジーナは手を差し出し、笑って答えた。
「 ふ… ジーナ、で良い。貴殿にあっては、妙な気遣いは無用だ 」
涼し気な目元、鼻筋の通った清楚な顔立ち… 艶やかに、肩下まで伸びたコバルトブルーに輝く黒髪は、アリオン女性特有の髪色である。
にこやかな表情ではいるが、第3の目は、じっと俺を見つめていた。
( ファルトと同じだ。 やはり兄妹だな…… )
心の中では、まだ俺を信用していない。 どちらかと言えば、敵を見つめる目だ。
俺は、ジーナの視線を避けるように、視察の話題には触れず、言った。
「 いい船だ。 かなり、足は速そうだな 」
…あと、あちこちに兵装が隠されているような気もするが…
自分の船を誉められたのが嬉しかったのか、第3の目から敵意が消え、ジーナは答えた。
「 まあな。 貴殿のトラスト号には負けるが 」
「 ご謙遜だな 」
「 本当の事だろう? 我がファルコン号より、50宇宙ノットほど速い… と見たが? 」
ほう…… 鋭いな。
大した観察力だ。 女性には珍しく、船には、かなりこだわりがあるらしい。
俺は、誘導会話を仕掛けた。
「 まあ、お互い、ノット数は関係ないだろう? 」
「 ふ… そうだな 」
……やはり。
ジーナの船も、ワープ航法が可能らしい。 だが、亜高速時の速度が加味される為、俺のトラスト号の方が、同じワープ航法でも、航行時間が短い。 距離にもよるが、ここからアンタレス辺りくらいだと、数時間の差が出るだろう。
ジーナが、執務机の前にあった簡易ソファーに手を差し向け、俺に勧めた。
ソファーに腰を下ろすと、扉付近に立っていたアンドロイドが、サイドボードの上部を開け、中からウイスキーの瓶を取り出した。
ジーナは、俺の前のソファーに腰掛けながら言った。
「 スコッチしかやらん、と聞いた事がある。 ジョニー・レイウォーキーの25年だ 」
…サイコーじゃないか。
シングルモルトの最高級銘柄である。 いい酒は、中々手に入らないので、酒場で飲むのは、もっぱら『 キングコング 』( 質の悪い低級酒 )ばかり。 久々に、モルトの風味を堪能出来そうだ…
俺は、ジーナに尋ねた。
「 グスタフか? テールゲイツか? 」
蒸留所によって、微妙に味が違う。 俺は、ベガ北部にある、テールゲイツの渋味が好きなのだ。
ジーナは答えた。
「 勿論、テールゲイツだ。 グスタフは、水っぽくていかん 」
…ヤルな、お前。 少々、気に入ったぞ。
アンドロイドが、小振りのショットグラスを取り出し、ジーナを見やる。
「 それでいい。 …ロックだろう? 」
俺の方を見やり、知り尽くした感で尋ねるジーナ。
「 ああ、そうしてくれ。 …こりゃ、ベスタリカ・グラスじゃないか? 」
アンドロイドから手渡されたグラスを手に持ち、俺は尋ねた。
オリオンにあるベスタリカ公国に、1200年続く高級ガラス工房があり、切子細工に合わせガラスで、繊細に装飾された見事なグラスを製作している。 ベスタリカ・グラスと呼ばれる高級嗜好品で、この手のサイズでも12万ギールはするだろう。
そっと、グラスをテーブルの上に置く。
ジーナは、少し笑いながら答えた。
「 さすが、キャプテンG。 銀河を知り尽くしているだけに、目が肥えておるな 」
「 金目のモノに、目が無いのさ 」
そう返す俺に、ジーナはスコッチを注いだグラスを手渡し、もう1つのグラスを取った。
グラスを少し揚げると、言った。
「 銀河の英雄、キャプテンGに……! 」
俺も、祝杯を返す。
「 魅力的な淑女、ジーナに 」
少し、頬を赤らめるジーナ。 意外と、ウブなのか……?
軽く、ひと口煽ったジーナが、グラスをテーブルの上に置きながら言った。
「 貴殿のエルドラ訪問の理由と、皇帝軍傘下の件は、先程の交信でおおよその理解はした。 …まあ、くつろいでいってくれ。 銀河の果ての、面白い話など聞きたいものだ 」
俺は、グラスのスコッチを味わいながら答えた。
「 銀河の果てなど、無いさ… 生きる者が、他を占領しているか、されているか… の、どちらかだ 」
「 悟っておるのだな 」
「 そう言う訳ではないさ。 ただ、共存の道は険しい、という事だ 」
「 そうか…… 銀河とは、意外と小さなものなのだな 」
俺は、グラスをテーブルに置くと尋ねた。
「 どういう意味だ? 」
俺のグラスに、2杯目のスコッチを注ぎながら、ジーナは言った。
「 強大な力の及ばない… 自由な世界は無いのか? 」
俺は、しばらく考えて答えた。
「 軍属に身を置いている以上、無いだろう 」
「 …… 」
俺は続けた。
「 エクスプレスやってるとな… 日々は大変だが、自由は満喫出来るぜ? ある意味、クエイドたちも同じだ。 陽気な連中ばかりだろう? 楽しみながら銀河を渡っている 」
「 ……なるほどな 」
ジーナは、自分のグラスを手に取ると、琥珀色のスコッチを通し、遠くを見つめるような目をしながら言った。
「 私に、人生の選択肢があったら…… そうだな、貴殿と同じように、星を渡っていたかもしれんな 」
第3の目が笑っている。
頬をかすかに高潮させ、ジーナはスコッチを煽った。
俺は言った。
「 あと、20宇宙ノットほど必要だぜ? 」
ファルトは気に入らないが、妹のジーナは気に入った。
俺は、極上のスコッチを堪能しながら、船の話などに華を咲かせ、時間を忘れて楽しんだ。
「 ジーナ艦長、シュタイン様よりお電話です 」
室内にあったインターフォンのマイクを片手で塞ぎながら、アンドロイドが言った。
「 ジャニス、お前が適当にあしらっておいてくれ。 今は出たくない 」
ほろ酔い顔のジーナ。 右手を少し上げ、手首をダルそうに振りながら言った。
アンドロイドのジャニスが、困った顔をしながら答える。
「 でも、あの… 私では、少々…… 」
仕方が無い、というような表情で小さなため息をつくと、ジーナはソファーから腰を浮かせながら言った。
「 すまんな。 少々、席を外す 」
…シュタイン…
ファルトが厚意にしているとか言う解放軍の幹部将官だ。 何事か、作戦の打ち合わせだろうか。 …いや、そんな事を電話などで済ますはずが無い。 多分、私的な用事なのだろう。
「 ジーナだ。 今、接客中だが、どうしても急ぎの用なのか? 」
……あまり、恩義に感じていないような口調。
ファルトの話しでは、連携しているのはカタチだけ、との事である。 だが、名目上、アリオン武装戦線軍と解放軍は『 友軍 』状態にあるはずだ。 解放軍が、アリオンを手助けしているカタチとなっている。 もうちぃ~と、下手に出た方がイイんじゃないのか? ジーナちゃん……
「 …何だと…? 」
ジーナの表情が変わった。
「 それは、まずい…! こちらの受け入れ態勢も、万全には出来ていない。 もう少し… 何っ…? 」
何か、相当にヤバイ雰囲気である。
「 …分かった。 到達時間を連絡してくれ。 何とかしよう。 では…… 」
受話器を、ジャニスに渡すジーナ。
何やら、考え込んでいる。 到達時間が、どうのこうのと言っていたが……?
酔い顔を一変し、ジーナは、俺に言った。
「 解放軍 第1艦隊が来る…! 」
「 シュタインか…… この、エルドラに来るのか? 」
「 ああ。 兄上の画策でな。…軍属ではない貴殿には、話してしまっても構わないと思うが… 我がアリオン武装戦線との共同作戦、という名目で解放軍の主力を集め、実は、我が方の部隊が待ち伏せし、これを撃破するのだ 」
何と……!
少々、卑劣だが… まあ、効率的ではあるだろう。 主力を失い、解放軍は窮地に追い込まれる。 ファルコン号がここにいる理由は、その画策があったからか……
しかし、そんな軍の機密案件とも取れる重要事項の伝達を、電話で済ませるとはな……!
ジーナは続けた。
「 エルドラではなく、辺鄙な港に入港させ… 配置した野砲にて攻撃をした後、騎士団を先頭に、イッキに艦内に押し入る予定だったのだが…… 」
なるほど、至近距離からの野砲攻撃か。 敵の損害は、かなりのものだろう。 姑息な手とも見えるが、艦船を持たないアリオンにしてみれば、致し方ない戦い方なのかもしれない。
俺は尋ねた。
「 その様子だと、予定が狂ったようだな? 」
ジーナは下唇を噛み、答えた。
「 決行は、4日後のはずだった。 ところが、シュタインは勝手に予定を変更し、今から来ると言うのだ。 もう、ワープに入っている頃だろう 」
相変わらず、いい加減なヤツだ。
…まてよ? 今から来るって事は…
上空には、バウアーの艦隊がいる。 そんな所へ、敵艦隊が出現したら……!
俺は言った。
「 ちょ… ちょっと待て……! それじゃ、会戦状態になっちまうじゃないか…! 」
「 その通りだ…! 上空には、皇帝軍の艦隊がいる。 乱戦となってしまっては、我がアリオン武装戦線軍も、非常に戦いにくい……! 」
「 う~む… 確かに。 解放軍と皇帝軍が口火を切った時、お前さんたちは、当初は解放軍側につかなきゃならん。 最初からイキナリ皇帝軍に寝返っていたら… 腰抜けシュタインの事だ。 そんな事態を見たら、一目散に逃亡する恐れがあるからな。 アリオンの腹の内が通報されちまう……! 」
「 どうしたら良い? キャプテンG…!」
ンなコト、突然に聞かれても……
くそう…! ヤバイ事になったぞ、これは……!
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