第7話、風雲、急を告げる
解放軍の第1艦隊が来ると知り、ジーナは、にわかにうろたえ始めた。
「 まず、守備隊の総員配置だ! 予備の監視衛星も作動させなくては… あ… あと、軍令部に本部を設置して… 」
俺は言った。
「 それより、一刻も早く民衆を避難させろ! 解放軍は、必ず民衆を盾に利用して攻撃を仕掛けて来る。 劣勢意識も加味されているからかもしれんが、今までの、主な会戦の戦法は、ほとんどがそうだ。 皇帝軍の艦隊を発見したら、真っ先に、エルドラに降りて来るぞ! 」
俺の携帯が鳴った。 発信者を確認すると、バウアーだ。
交信ボタンを押し、通話に出る。
「 俺だ。 どうした? 」
『 今すぐ、エルドラを発艦して下さい 』
「 シュタインの第1艦隊だな? レーダーで捉えたのか? 」
『 さすが情報収集が早いですな。 おっしゃる通りです。 おそらく、エルドラに降りて行くでしょう。 戦火に巻き込まれる前に、一刻も早く発艦願います 』
俺は、腕時計を見ながら答えた。
「 連中は、まだ気付いていない… な? 」
『 解放軍のレーダーは、時代遅れのポンコツです。 今のところは気付いておりません。 でも、じきに発見されるでしょう 』
「 あと… 4~5時間、ってトコか 」
『 ご明察ですな。 我々を発見するのは、正確には、4時間と… 45分後くらいでしょうか。 その程度の精度です 』
ジーナが言った。
「 皇帝軍に、先にエルドラに降りてもらうのは、どうか? 」
俺は、携帯のマイク部分を指先で覆い、答えた。
「 エルドラを守って欲しい気持ちは分かるが、結果は一緒だろう。 解放軍にしてみれば、最初から武装戦線軍が皇帝軍側についていたようなイメージを受けるぞ? 」
下唇を噛む、ジーナ。
俺は、携帯のマイク部分を放し、バウアーに言った。
「 了解した。 また連絡する 」
『 宜しくです。 くれぐれも、早期の発艦を願います 』
くれぐれも、か… 状況によっては、トラスト号が発艦していなくても攻撃を開始する事を意味している。 まあ、それは仕方の無い事だろう。 軍人とは、そういうものだ。
俺は、ジーナに言った。
「 港にある船、全てを、すぐに徴収しろ! エルドラの民間人を乗せるんだ。 俺のトラスト号も、空荷だ。 詰めれば、3千人は乗れる。 隣の第2惑星 キースにあるコロニーまで運ぶんだ 」
とりあえず、隣惑星まで運べば良いだろう。
ジーナは答えた。
「 了解した! 兄上に知らせ、非常事態宣言を発令してもらおう…! 」
移動式ラックを駆け下り、ファルコン号の船外に走り出る。
事態は、一刻を争う。
( くそう… クエイドの時みたいに、なってきちまったな…! )
星の寿命で、破裂消滅する運命にあったクエイドの星……
アントレーたち、クエイド人救出の真っ最中に戦闘を始めた解放軍・皇帝軍。 緊急脱出を余儀なくされ、行き交う弾丸・レーザー砲の中を、俺のトラスト号は強行発艦した。 消滅する星に取り残された、数千・数万のクエイド人たち… 小さくなっていく、彼らの顔・顔・顔……
( 何度、思い出しても、胸が締め付けられる記憶だ。 また、あんな事態にならないよう、一刻も早く行動しなくては…! )
港が、ざわめいている。
ライトキャブを始め、輸送船・タンカーなどが、先を争うように港を出港して行く。
( 解放軍の接近に、気が付いたか )
当然、上空に皇帝軍が展開している事にも、気付いていたはずだ。 そこへ、解放軍がワープして来る…… その後の展開など、誰だって予想する事が出来るだろう。 今のうちに、逃げるが勝ち、なのだ。
エクスプレスの連中が装備しているレーダーは、皇帝軍のサープラ品( 払い下げ品・余剰品の事 )が多い。 俺のトラスト号なんざ、シミュレーターからリモーター、解析機に至るまで、まんま軍用品が流用してある。 我が身を守る手段に選ぶ品々は、自ずから、そういったモノになるワケだ。 民間よりも劣る情報機器を使用しているようでは、解放軍の淘汰も近い事だろう。 もしかしたら、この一戦にあるのかもしれない……
再び、携帯が鳴った。 今度はビッグスからだ。
『 キャプテン! 今、どこっスかっ? 』
「 トラスト号の、左舷側ドックの上だ。 事態は分かっている。 大至急、出港の準備だ 」
『 でも、ニックがまだ戻って来てません! 』
「 ほっとけ 」
『 なっ…! いいんですか? 』
…冗談だわ。 でも、半分はホンキだった。
「 そのうち戻って来るだろう。 それより、左舷側のハッチを両方とも開けてくれ! 」
『 両方? ナニ入れるんですか? デカイみやげですか? 』
たわけか、お前は。
「 アリオン人を受け入れるんだ。 最大収容するぞ。 各荷室のゲートを全て開け! 」
『 えっ、また、人助けですかっ? 1人、2ギール取りましょう! 』
…素晴らしい考えだが、2ギールとは、セコイ料金だな。 どうせなら、5名以上は割引料金になるくらいの配慮を見せんか。 コッチの方が、もっとセコイか…
港湾センターに行き、事態を報告する。
「 商用目的の他国籍船舶は、直ちに出港させてくれ! じきに、非常事態宣言が出る。 アリオン管轄の船舶は、全船、民間人救出に協力するよう通達を出すんだ! 」
「 あの… あの、えと… 」
受付の女性が、しどろもどろになっている。
ええい、まどろっこしいわっ…!
俺は、女性のデスク脇にあった港湾放送用と思われるマイクを掴み、言った。
「 全線放送だ! チャンネルを、全てオンにしてくれ、早くっ! 」
それでもオロオロし、要領を得ない。
俺は、凄むようにして言った。
「 チャンネルを、オンにしやがれッ! 犯すぞ、てめえっ! 」
…物凄い暴言を吐いてしまった。 アホ共に染まってしまったのは、俺の方か…
主任らしき中年男性が駆け寄り、コントロールスイッチを操作する。
「 どうぞ! お願いします 」
俺は、マイクに向かって言った。
「 非常警報、非常警報! こちら、エルドラ港湾センター。 現在、解放軍の艦隊が接近中。 戦闘状態に入る可能性がある為、全てのセクションにおいて避難勧告を通達する! 繰り返す、全員直ちに避難せよ! 尚、港湾にある船舶は全船、避難する人民を乗せ、キースコロニーまで移動せよ! 他国籍の船舶にも、最大限の協力を希望する! 」
俺は、マイクを女性に返し、言った。
「 同じ内容を、今から4時間、繰り返し通達してくれ。 その後、あんたは5番ドッグにいる俺のトラスト号に乗るんだ。 いいな? 」
「 …わ、分かりました。 あ、あの… 録音じゃダメですか? 」
マイクを、震える両手で握り締めながら、彼女は聞いた。
「 ダメだ。 状況が変わるかもしれん。 すぐ、非常事態宣言も発令される。 国営情報もプラスしなくはならんからな。 変更情報は、俺から連絡を入れる。 その都度、新しい情報を加えて、リアルタイムで流すんだ 」
「 了解しました… あ、あの…… 置いて行かないで下さいね…! 」
心配顔の彼女。 第3の目が、少し潤んでいる。
俺は言った。
「 大丈夫だ。 俺は、女性には優しいからな 」
ウインクして見せると、泣き出しそうな顔をしつつも、彼女は、少し笑った。
先程の中年男性が言った。
「 私が残りましょう! 」
「 野郎には、ちゃんと相応しい仕事がある。 真っ先に逃げようと思うなよ? 船舶に乗る民衆の整理と誘導をしてくれ。 他の職員たちもな…! かなりの数の民衆が押し寄せて来るはずだ。 パニックにならんように、落ち着いて誘導してくれ。 最後に、俺の船へ来てくれ。 俺のトラスト号は最終便だ。 一番後に、港を出る…! 」
避難民を満載した小型貨物船が、全速で港を出て行く。
小1時間もすると、エルドラの港には、非難して来た民衆で一杯になった。 女・子供も含み、皆、着の身・着のままである。
「 どの船でも良いから、早く乗れっ! 」
「 何を、モタモタしてんだ! 」
次第に、群集の心理は殺気を帯びていく。
港湾職員が整列させていた列も、新たな船の乗船ゲートが開かれるのと同時に、一瞬にして解体され、移動式ラックへと殺到する。 元々、乗船ゲートは、人1人が通れるくらいの幅しかない。 ラックも同様の幅だ。 数十人が押し寄せても、通れる人数は限られているのだ。 互いに押し合い、逆に、効率が悪くなる。
「 順序を守れッ! 時間は、まだある。 …そこ! 押すんじゃないッ! 」
職員が、汗だくで声を枯らして叫ぶが、狂気に駆られたような民衆の動きはコントロール不能のようである。
トラスト号のブリッジ天板上で状況を見守っていた俺は、ブリッジの天井を叩き、合図して言った。
「 ビッグス、 トラスト号のハッチ前にあるゲートを開けろ! 乗り込み開始だ! 」
手動式窓を開けてビッグスが顔を出し、尋ねた。
「 もう乗せるんですか? まだ最下部のハッチが開き切っていませんよ? 」
「 構わん、第2層甲板の部屋から収容を開始するんだ。 避難して来た者は、誰でもいいから乗せろ! 混乱した人ごみは、心理的圧迫を増徴させる。 整然とした状態を保つ為にも、まずは、この群集を収容するんだ 」
「 了解! 」
携帯を取り出し、今度は、港湾センターにダイヤルする。
「 グランフォードだ。 今、トラスト号の乗船を開始した。 3千人は乗れる。 充分に余裕があるはずだから慌てるな、と情報に加えてアナウンスしてくれ 」
『 分かりました。 情報をプラスします 』
トラスト号が係留されているドックの、5メートルの高さはある大きな金網ゲートが開かれた。
「 トラスト号のゲートが開いたぞっ! 」
「 え? どこ… どこだっ? 」
「 あの、奥の5番に停泊している、デカイ船だよ! 」
数百人の避難民が、一斉に動き始めた。
また1隻、小型のタンカーが、全ての船室窓に明かりを点け、出港して行く。 その向こうからも、中型の貨物船が動き出した。 側舷にはブラ下がったままのラックに、数人の人が、しがみついたままだ。 人波に押され、ドックから転落する群集も続出。 港の混乱は、最大を極めた。
「 キャプテン! あれを! 」
ビッグスが、窓から顔を出し、叫んだ。
指し示す上空には、小さなオレンジ色の光が幾つも見て取れた。 高速の飛行物体だ。 おそらく、宇宙船だろう。 空気との摩擦で高温を発しているのだ。 3~4隻ではない。 かなりの数である。
「 バウアーの艦隊…? いや、そんなハズはない。 もしや… 」
流れ星のような筋を引いていないところ見るに、真っ直ぐこちらへ向かって来ているようである。
携帯が鳴った。 バウアーからだ。
「 俺だ。 どうした? 」
『 バウアーです。 グランフォード殿、連中は予想より早く現れました。 おそらく、かなり無茶なワープを敢行して来たと思われます 』
やはり、連中か…!
バウアーは続けた。
『 既に、大気圏に突入しております。 あと30分ほどで、そちらに到達する模様 』
くそうっ…! 余計な時にだけ、やたら早く来やがって…!
俺は答えた。
「 了解した。 連中が発砲するまで、攻撃は控えてくれ 」
『 分かりました。 一刻も早い脱出を…! 』
発艦が、『 脱出 』となっている。 言葉の意味合いに、状況の悪化を感じる…!
避難民の収容は、もう少し掛かりそうだ。 だが、港に駆け込んで来る群集の数は減って来ている。 隣のドックを見ると、ジーナのファルコン号にも、かなりの群集が乗っているようだ。 船内を忙しそうに行き来する人影が、あちこちの窓から見える。
俺は携帯を出し、港湾センターにアクセスした。
「 グランフォードだ。 そっちの状況はどうだ? 」
『 こちらには、ほとんど人影は無くなりました 』
「 よし。 実は、あと30分で出港する事になった。 キミも、すぐにアナウンスを終了し、コッチに来てくれ 」
『 あ、はい、分かりました。 でも、あの… 』
何か、口ごもっている。
俺は尋ねた。
「 どうした? 何かあったのか? 」
突然、電話口の声が男性に変わった。
『 キャプテンG! オレだ、分かるか? 』
アントレーの声だ。
「 アントレーか! ナニやってんだ? もう、とっくに脱出したと思っていたぞ? 」
『 実は、耳の不自由な子供たちの施設があってな。 オレの知り合いもいるんで寄ってみたんだが、やはり何も伝わっていないんだ。 施設の職員は少なくて、避難が遅れている 』
ヤバイぞ、そりゃ…!
俺は尋ねた。
「 預けられている子供たちの親は、どうしてるんだ? まさか子供を置いて、サッサと脱出したんじゃないだろうな? 」
『 ほとんどが、出稼ぎ労働者たちの子だ。 親はあちこちの銀河に行っていて、不在の者が多い 』
アントレーは、救援を要請しに港湾センターへ立ち寄ったものと推察された。
( 港湾センターにも、もう人手は残っていないだろう。 解放軍の到達まで、あと30分を切っている。 警護隊も、ほとんどが港に来ている事だろうし… )
今から救出に行って、間に合うだろうか?
また、電話口の声が変わった。
『 助けて、オジちゃん! 』
げっえええッ!! ソッ… ソフィー! なっ… 何でキミが、ソコにいるのっ…?
俺は、瞬時に即答した。
「 そこを動くなよっ? 今からソッチに行く! 」
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