第4話、再会
地上を遥か階下に見下ろす、展望室のような部屋に、俺は通された。
床から天井まで、特殊ガラスがはめ込まれている。 部屋一面、夕焼けのような空が見渡せ、港を出入りする小さな輸送船が、琥珀色の空を何隻も渡っていた。
ファンタジックでもあり、古都が近代化される様相を垣間見るようでもあり、見方によっては複雑な心境にさせられる光景である。
その景色をバックに、1人の男が背中を見せ、佇んでいた。
黒いマントに、黒い長髪……
ファルトだ……! じっと、窓の外の景色を眺めている。
俺の後ろで自働扉が閉まり、エアの抜ける音がした。 その音に反応したかのように、ファルトは左手でマントをひるがえしてこちらを向き、俺の顔を確認すると、大げさに両手を広げながら言った。
「 これはこれは、皇帝軍の英雄… 銀河を渡る孤高のエクスプレス、キャプテンGじゃないか…! 」
何か、突っ掛かるな… その言い方。
俺は言った。
「 久し振りだな。 会戦以来か 」
両手を下ろし、マントの中に納めると、ファルトは答えた。
「 …昨年の貴族院評議会でも見掛けたぞ? だが、君は軍のお偉いさんたちに囲まれ、私のような没落国の一貴族など、取り付くシマもなかったがね 」
薄笑いを浮かべた表情。 だが、彼の『 第3の目 』は、じっと俺を見据えている。
ファルトは続けた。
「 先の会戦では、失礼した。 大切な人民たちを、無駄死にさせたくなかったものでね 」
…俺の部下たちは、無駄死にさせてもいいと言う事か…?
微妙に、怒りの心境が湧き起こる。
だが、ここは抑えなくてはならない。 何とか、ファルトと面会出来たのだ。 提案の機会が持てただけでも、俺にメッセージを託したバルゼーの顔も立つと言うものである。 俺もある意味、肩の荷が下りた。 まあ、まだ何も話してはいないがな……
俺は、傍らにあったソファーに腰を下ろし、言った。
「 今日は、お前さんに、警告をしに来た 」
「 ほう、警告をね…… 」
第3の目が、一際、鋭い視線で俺を見据える。
ファルトも、俺の正面のソファーに腰を下ろし、レザーブーツを履いた足を組みながら続けた。
「 1万宇宙キロに、皇帝軍の艦隊が来ているのと、何か関係があるのかね? 」
( 気付いてやがったか )
まあ、監視衛星くらいは備えているだろう。
接近する艦隊を発見した場合、まず相手に警告通告を発信するものだが、ファルトは、指示していないようだ。 それが意図的なのか、関知していないのか……
( 俺がファルトと会っている間は、バウアーはこれ以上、艦隊をエルドラに接近させる事はないだろう )
だが、接近して来る脅威より、じっとこちらをうかがっている不気味さ… ある意味、後者の方が恐怖を感じる。
戦略的に、1個艦隊が1万宇宙キロに展開していると言う事実……
それが、何を意味するのかくらいはファルト自身、理解しているはずだ。
俺が去った後、空で控えていた皇帝軍艦隊が降りて来る… だからこそ、俺に会ってくれたのかもしれない。 おそらくヤツには、俺は皇帝軍のメッセンジャーとして理解されている事だろう。 まあ、遂行する内容は、同じようなものだ。 あえて否定はしない。
俺は言った。
「 上空待機している艦隊の訪問目的は、基本的には視察だ。 だが、お前さん… 最近、解放軍の連中と仲良くやっているようじゃないか 」
ファルトは、また薄笑いを浮かべながら答えた。
「 我々アリオンは、どこの力にも屈服はしない。 他の惑星を洗脳する事も、席巻する事も無い。 全ては、全能なる神『 ダコダ 』と共にある 」
それは希望論だ。
圧倒的な勢力を有する銀河皇帝軍が存在する以上、皇帝軍以外の勢力は、敵対するか共存するか、そのどちらかの選択しかない。
俺は言った。
「 誰だって、干渉されるのは嫌さ。 だが皇帝軍は、傘下の銀河を奴隷扱いした事はないぞ? 」
「 ふ… メッセンジャーが、今度は洗脳者か? 」
薄笑いを続けつつ、ファルトは呟くように言った。
ファルトの発言に、俺は追伸した。
「 言っておくが、俺は皇帝軍派じゃない。 ましてや、解放軍を支持する気なども、更々ない 」
「 なるほど… 1匹狼を誇示している訳か 」
相変わらず、薄笑いを浮かべながら、ファルトは言った。
脇のローチェストから木箱を取り出し、蓋を開ける。 中には、葉巻が入っていた。
「 やるかね? ベガ産だが、密輸品ではないぞ? れっきとした、関税商品だ 」
…初めて、ルーゲンスと会った時みたいだな。 (*前編参照)
「 結構。 俺には、コイツがある。 ちなみに、地球産だ 」
船長服の上着の左胸ポケットから、いつもの紙巻きタバコを取り出し、火を付けた。 ファルトも葉巻を1本取り出し、香りを嗅ぐと、おもむろに火を付け、煙をくゆらせる。
「 それで… 警告とは? 」
ゆっくりと、吐いた煙を立ち昇らせながら、ファルトは尋ねた。
( ヤツの余裕は、演出か、それとも本心か……? )
俺は言った。
「 悪い事は言わん。 皇帝軍の傘下に入れ 」
「 今もって属国だ。 反旗を翻した覚えはないぞ? 」
ぽかりと煙を出し、とぼけた口調で答えるファルト。 だが、第3の目の奥には、確固たる意思の存在が感じられた。
俺は注進した。
「 解放軍との因果関係は、どう釈明するつもりだ? 情報局にマークされているぞ。 査察では、必ず問いただされる 」
「 …… 」
ファルトは、口を閉ざした。
窓から射し込む、琥珀色の日の光。
室内にゆっくりと棚引く煙草の煙に、淡く反射している……
俺は続けた。
「 空で待機している艦隊は、この視察の為に、わざわざ編成された艦隊だ。 …つまり、ヤル気なら受けて立つ、って事だな。 当然、それなりの規模だ。 旗艦の戦略空母は、最新鋭の就航艦だし 」
ファルトは、無言で葉巻の煙をくゆらせ続けている。
攻撃して来たら、解放軍に至急電でも打ち、助けてもらうつもりだったのだろうか? だが、今の解放軍に、最新装備で編成された戦略艦隊とマトモに亘りあえる戦力は無い。 会戦し、負ければ、完全に皇帝軍の属国となるだろう。 アリオン銀河の統治権も、剥奪される確率が高い。 ヘタをすれば、皇帝軍による占領下統治だ。
( このままでは、今の状況より良くなる要素は一つもない。 腹を決めろ、ファルト…! )
しばらく無言の後、ファルトは言った。
「 同じ貴族として、君を信頼し、解放軍との因果関係を話して良いか? 」
…裏切っておいて、信頼もナニも無いがな。 …ったく、よく言うぜ……!
心情を押さえ、俺は答えた。
「 ああ、構わないよ。 お前さんの言う、『 大切な人民 』の為だ 」
エルドラに入港した際、ソフィーが手を振っていた少女の笑顔が、脳裏に蘇る。
そう……
何も罪無き、人民……
軍や指導者たちに洗脳され、また、あおり立てられて倒れ逝く……
戦禍の中には、おびただしい数の無垢な人民たちの尊い命がある。
戦闘で失われるのは、軍人の命だけではないのだ。
俺は戦艦乗りだったので陸上戦の経験は無いが、戦術航空隊に配属されている降下部隊や機械化歩兵の話しを聞くと、領地内での戦闘は悲惨だ。 今まで平和に暮らしていた家が、戦場となるのだ。 考えただけでも地獄である。
ファルトが少しでも、そんな事を考えてくれていたら良いのだが・・・
葉巻をサイドテーブルに置いてあった灰皿でもみ消し、ファルトは言った。
「 …実は、解放軍幹部 シュタイン中将と、厚意にさせてもらっている 」
( ベル・フォン・シュタイン中将か… )
コイツも元、第2連合艦隊だ。 確か、第1艦隊副長官。 あの、ラインハルト(*前編参照)の側近だったヤツだ。
ベル家は、M―37を中心とした銀河で、2400年に亘って栄華を誇る名門貴族である。 その出身者のシュタイン…… いわゆる『 ボンボン 』だ。 戦闘指揮どころか、ロクに会戦すら経験が無い。
とにかく自分勝手な指揮官で、士官学校を卒業した後、初陣としてタイタン会戦に参加したが、1個艦隊の将兵を無駄死にさせ、自分は早々に、戦線離脱。 戦況が不利な状況下だったメンフィス奪回作戦では、体調不良を理由に、戦線すら出て来なかった。 会戦終了と同時に、バルゼーによって、副長官を更迭されている。
ふてくさった彼は、その後、皇帝軍勤務を放棄、解放軍へと寝返った。
( そんなヤツが幹部に座っているんだ…… 戦意が低下するのも、無理のない話しだぜ )
ファルトは続けた。
「 もし、連中を術中にはめ、決定的なダメージを解放軍に与える事が出来たら、銀河連邦の一国として、我がアリオンを独立させてもらえないだろうか 」
…来た。
やはり、独立を考えていたか。
俺は答えた。
「 それは、皇帝軍が判断する事だ。 俺の一存では決める事は出来ない。 だが、メッセージは伝えよう 」
ファルトはソファーから体を起こし、じっと俺を見つめながら言った。
「 キャプテンG…… 私と共に、新しい銀河の秩序を構築してみないか? 」
「 それは… どういう意味だ? 」
「 私は、君に期待しているのだ。 君には、人を引き付ける不思議な魅力がある 」
第3の目が、じっと俺を見据えている。 意外なファルトの言葉に、俺は困惑した。
「 それは… 俺を、誘っているのか? 」
吸っていたタバコを灰皿でもみ消し、俺は、煙を出しながらファルトを見つめ返した。
( 期待だと? 裏切り、見捨てて逃亡したクセに、よく言うぜ……! )
俺の心境を予想したのか、ファルトは言った。
「 先の会戦でも、私は苦慮したのだ。 君を見捨てて、行きたくはなかった 」
「 そいつは俺じゃなく、死んで行った部下たちに言ってやってくれっ…! 」
思わず、末尾の口調を荒げてしまった。
……煙の向うで、沈黙するファルト。
ため息をひとつ、小さくつき、俺は言った。
「 お前さんを気取る訳じゃないが… 俺もまた、誰ともツルむ気はないし、誰も頼らない。 もしも何かあった時も、家族はいないしな。 …だが、お前さんは、一国の指導者だ。 人民たちの命・生活… 強いては、人生を左右する立場にある。 発言・行動には、充分に気をつけた方がいい 」
ファルトは、しばらく無言でいた後、言った。
「 友人の忠告として、有難く受け賜っておこう 」
…勝手に、友人にすんなよ。
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