第3話、エルドラにて
『 M―177に入りました。 アリオン軍港『 エルドラ 』まで、あと3万5千宇宙キロ。 入港許可を申請しておきますか? 』
自動航行ホストコンピュータが、アナウンスを告げた。
「 出してくれ。 入港目的は、親善。 サブジェクト・ターゲットは、アリオン王朝統首 ゾン・ファルト。 申請は、貴族協議院、議長代理経由で頼む 」
俺は、キャプテンシートに持たれかかり、組んだ両足をパネルの上に乗せて言った。
ホストのスピーカから、カリカリとデータ処理をする音がする。
フライトオペレータシートに座っていたニックが、傍らのアシュトレイで、タバコをもみ消しながら言った。
「 会ってくれますかねえ~? ファルトのオッさん 」
ニックの後ろで、航行レーダーを監視していたビッグスが、点滅するフリップを見つめながら言った。
「 オレは、ヤツは好かん。 …てゆ~か、アリオン人自体がブキミだ。 特に、おでこの目がな 」
アリオン人は、額にも目がある。
『 第3の目 』と言われ、偽りの無い自身の意思・表情を表すらしい。 従って、本人は笑っているのに『 第3の目 』は真剣だったり、眠っているのに、額の目が開いていたりする。 逆に、真意を見出すには、その『 第3の目 』を観察すると良い。
アリオン人と話す時は、『 第3の目 』を見て話した方が、相手の心を読み取り易いのだ。
俺は、ビッグスに言った。
「 あの目はな、相手の心を見通すのさ……! 」
「 マジっすか? 」
「 ああ 」
このくらいの事を言っておいた方が、お前の為だ。 ヘンなちょっかいは、出さないだろう。
ホストから、アナウンスが流れる。
『 総重量・船舶形式・人員数を申告して下さい 』
パネルに上げていた足を下ろしながら、俺は言った。
「 データ、登録通り。 人員、5名だ 」
やがて、ホストからエラーメッセージが流れた。
『 人員数に誤りがあります。 新しいデータにて、申請をやり直して下さい 』
…は?
人員は、ビッグス・ニック・カルバート・マータフに俺、の5名だ。 間違いはない。
俺は、機関室の内線ブザーを押し、言った。
「 マータフ、俺だ。 貨物室に、小動物が紛れ込んでいないか? 赤外線探知をしてくれ 」
『 了解。 入港申請ですかな? 』
「 ああ。 赤外線センサーで、人員数のエラー表示だ。 前は… 何だっけ? 」
『 アンタレスで紛れ込んで来た、野生の山猫でしたな 』
俺は、額に手をやり、中指の先で眉の辺りをかきながら言った。
「 ワイルドキャットか… ありゃ、捕まえるのに苦労したな 」
ニックが言った。
「 アレは、爪を立てるからイカンです。 オレの腕、まだ傷跡が残ってんですから…! 」
腕まくりして見せる、ニック。
ビッグスが言った。
「 変わった刺青みたいで、イイじゃねえか 」
「 …ンだとォ~? コラ! 」
ケンカしてんじゃねえよ、お前ら。
エルドラに入港する前からこの調子じゃ、先が思いやられるぜ……
やがて、マータフから連絡があった。
『 キャプテン、捕獲完了じゃ。 今から、そちらへ行く 』
俺は、応答ブザーを押しながら答えた。
「 おおっ! よくやった! 構わんから、射出ゲートから放り出してくれ。 殺生がイヤなら、ブリッジに持って来てもらっても構わんが? 」
『 …いや、少々… 問題が…… 』
「 ? 」
やがて、マータフが『 侵入者 』をブリッジに連れて来た。
フライトオペレータの軍服を、ブカブカに着た10歳くらいの女の子…!
「 ソ… ソフィー! 」
何と、ソフィーだった…!
ある意味、『 小動物 』に変わりは無いだろうが、れっきとした人間だ。 赤外線に反応するわけである。
「 乗って来ちゃった…! エヘヘっ! ゴメンね? 」
あのな……
俺はキャプテンシートにドサッと座り、しばし呆然とした。
「 よ~う、ソフィー提督! 無断侵入・無銭乗船とは、恐れ入ったぜ! 」
陽気に迎え出る、ニック。 んじゃ、乗船料は、お前が払うか…?
「 ケーキあるぞ、ケーキ。 食うか? ん? 」
妙に優しい、ビッグス。 またしても購入台帳に、ケーキの項目は無かったぞ…?
さすがに今回は、自分がした事の重大さに気付いているらしく、しおらしい表情でソフィーは言った。
「 …どうしても、お外に出てみたかったの…! だって、おじいちゃん… 前線は危ない、って言って… 連れて行ってくれないんだもぉ~ん…! 」
フツー、前線に子供は、連れて行かないものだと思いますが……?
ソフィーは続けた。
「 今回は、仲良し同盟を結ぶ為のミッションなんでしょ? だったら、危なくないんでしょ? ね?」
…なんスか? それ。 仲良し同盟ってナニ…?
チラチラと、上目使いで俺を見るソフィー。
…ええ~い、やめいっ! そんな目で俺を見るな。 まるで俺が、血も涙も無い、非道冷血人間のようじゃないか。
俺は言った。
「 …むぁああ~~~…っ! もう分かったよ、今更、どうしようもないしな 」
抱っこされていたマータフの首に抱きつき、大喜びしながらソフィーは言った。
「 やったぁ~! マータフの言った通りね。 グランフォードのオジちゃんだったら、きっと許してくれるって! 」
…おい、マータフ。
苦笑いをし、ソフィーの頭を撫でるマータフ。
う~む… お荷物が増えたか。
しかしまあ、ソフィーが言うのにも一理あるかもしれん。
『 仲良し同盟 』か……
確かに、最初から敵意剥き出しでは、成るものもウマくいかない。 親善目的であれば、まずは、にこやかに… も道理だ。 バルゼー元帥には、あとでメールでもしておくか……
ビッグスが言った。
「 ようし! そうと決まればソフィー、航宇士シートに座るか? 」
「 わあ~い! 有難う、ビッグスのお兄ちゃん! 主砲のスイッチ、どれ? 」
「 主砲? うえへへへ… 見たいか? ん? 見たいか? 」
…おい、俺のトラスト号は輸送船だ。 主砲など無いわ。 てか、そ~ゆ~コトになっとる。 物騒なハナシ、肯定してんじゃねえよ。
ビッグスは、フタの付いたパネルを開き、言った。
「 ふっふっふ…! コイツがな、新設した20センチPAC砲の射撃ボタンだ…! ほれ、スゲーだろ? ひえっへっへっ…! ほんでな… コイツが、3連装の自働追尾式高角砲の制御システムだ。 どうだ、どうだ? あ? 」
「 うわぁ、カッコイイ~っ! 前よりパワーアップしてるのね、オジちゃん! これなら安心ね 」
俺の方を振り向き、ゴキゲンなソフィー。
ため息をつきつつ、タバコを取り出すと、火を付けて苦笑いしながら、俺は言った。
「 能ある鷹は、爪を隠す… ってな 」
乗組人員を、5人から6人に増やし、入港申請を行った。
ほどなく許可が下り、俺のトラスト号はエルドラに入港した。 今度は、静かに……
エルドラの港湾センターは、薄茶色のレンガを積み上げた、巨大な城壁のような様相の建物だった。 階は4階層になっており、上層は、そのまま入国センターとなっているらしい。
アリオンの銀河には、大小、2つの太陽がある。 首都エルドラがある第4惑星は、極軸がかなり傾いている為、夏季・冬季の気温差が激しい。 今は丁度、夏季から冬季へと移行した頃だ。 大きな太陽は地平線からは昇らず、小さな太陽のみが終日、天空にある。 その為、白夜のような薄暗い日差しだ。
今の時間は、アリオン時間で午後4時過ぎ……
やや傾いた太陽に照らされた空が、薄い琥珀色に染まり、気温は、約15度前後。 上着を着ていれば、寒さを感じる事無く過ごせる。
夕陽に染まったような空をバックに、影絵のように高くそびえる、レンガ造りの建物や塔……
「 おとぎの国の、お城みたいだねぇ~、オジちゃん 」
ブリッジの窓から、外を眺めていたソフィーが言った。
「 科学は多少、遅れている。 宇宙船などは持たず、貴族社会を中心とした文化だ 」
窓の側に寄り、俺は、ソフィーの頭を撫でながら説明した。
俺を振り返り、見上げながらソフィーが尋ねた。
「 でも、皇帝軍と一緒に戦ったんでしょ? 船、持ってないの? 」
「 もっぱら、歩兵による白兵戦さ。 何と、騎士たちがいるんだぜ? 」
「 へええ~…! 」
接近した壁に、小さな窓があった。 ランプの明かりが灯る炊事場のような室内に、長い髪を真ん中から分け、両肩で2つに束ねたアリオン人の少女がいる。 エプロンを着て、手には厚手の手袋をはめているところから、どうやら、鍋で何かを煮込んでいるようだ。
「 おお~い、こんにちはぁ~っ! 」
ソフィーが手を振ると、見とがめたのか、向こうの少女も微笑みながら手を振り返した。
…子供同士には、国境も人種の壁も無いのだろう。
このあたり、オトナや各国の指導者たちには、是非にも見習ってもらいたいものだ……
入国審査を終えると、ニックは早速、下町へと繰り出して行った。
カルバートとマータフ、ソフィーは、食料品・雑貨などの買出し。 ビッグスは、アリオン人が苦手らしく、珍しく外出せず、船内の自室に篭ってゲームを始めた。
( 1万宇宙キロには、バウアーの艦隊が来ているはずだな )
琥珀色に染まった空を仰ぎ、俺は思った。
3Dデジタル制御のキャノン砲ならば、このエルドラの街の、どこでも狙える。
天空より、突如現れる赤い弾道……
軍人なら、いざ知らず、アリオンの一般人民にしてみれば、まるで神の仕業のように見える事だろう……
まあ、イザとなったら、助けてくれる友軍が控えているのだ。 頼もしい事である。
「 さて… ファルトには、どうやって切り出すかな 」
トラスト号を降りた俺は、様々な小型船が係留されたドックサイドを、ゆっくりと歩きながら考えた。
( 解放軍とつながりを持てば、皇帝軍の制裁を受ける、と単刀直入に言った方がいいかもな )
とりあえず、様子見だ。
ヤツの出方次第では、バウアーの出番となる。 強行路線だけは、是非とも回避したいものだ。 罪の無い民間人が、巻き添えになってしまう……
( 民間人の犠牲だけは最小限に留めなくては… 出来れば、犠牲者の数は限りなくゼロに近いほど良い。 軍籍を抜けた俺だからこそ、特に思うのだが、人民の犠牲ほど、政権指導者に対する信頼が揺らぐ要点は無いだろう )
貴族として生まれ、軍人として育ったファルト… どこまで人民の生活を見定めているか、が焦点なのかもしれない。
歩く俺のすぐ横を、ライトキャブが入港して来た。 船首にあるクエイド人の旅の守り神、『 クエーサー 』のマスコットが、一際に目を引く。 小さな船体に比べ、金張りの立派なマスコットだ。
( このライトキャブのマスコットには、見覚えがあるぞ? )
「 キャプテンG! 」
船体前部にある、切り立った崖のようなブリッジの窓から、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
「 よ~う! アントレー! 久し振りだな 」
俺は、右手を上げて答えた。
クエイド人 バイア族の部族長、アントレー・オーパーツだ。 バルゼー元帥救出の時には、反乱将兵らが占拠する戦略空母『 シリウス 』に、共に潜入した仲である。
「 でかいフリゲート級の輸送船は、ここいらじゃ珍しいからな。 すぐに、お前さんの船だと分かったよ。 元気そうだな 」
俺を、ゆっくりと追い越しつつ、片肘を出したブリッジの窓から俺を見下ろしながら、アントレーは言った。
ブリッジ後方にあるダクトから、蒸気が噴き出される。
アントレーのライトキャブ『 アンティ・キテラ号 』も、かなりの年代モノだ。 確か、先々代の族長から代々、受け継がれていると聞いた記憶がある。 ざっと、50年は経っており、機銃掃射だけで空中分解しそうな趣がある。 大気圏航行は、かなりの危険が伴うのではないだろうか……
俺は、くわえタバコを右手の指で挟み、ふうっと煙を出しながら言った。
「 こんなトコまで、出稼ぎか? ご苦労な事だな 」
クエイド人は、小さな輸送船の単独航行で、銀河の果てまでも商売に出掛ける。
俺の冷やかしに、アントレーも皮肉で答えた。
「 お前さんこそ、こんな田舎惑星にまで仕事か? フリーのエクスプレスは、辛いよのう~ 」
…仕事じゃない。 だが、今は言えない…
俺は、苦笑いをしながら言った。
「 あとで、港湾センターに寄るよ。 一杯、飲もう 」
「 いいね。 待ってるぜ 」
親指を立てて、アントレーは答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます