第2話、予兆
「 M―177? 」
軍靴の音が響く、広い下部デッキの廊下を歩きながら、俺はバウアーに尋ねた。
「 ええ。 最近また、くすぶっているようです 」
白い飾り縁取りのある、濃紺のロングコート。 その下に着込んだ皇帝軍の軍服の衿に、赤地に2本の金ラインと星が見える。 少将だと認知していたが、昇級したようだな… 中将の階級章だ。
俺は、歩きつつ、最新就航と思える空母の艦内を見渡しながら言った。
「 タイタン会戦以前に終息した戦域だ。 アリオン人の銀河で、ハッキリ言って何もない所だったな 」
バウアーは、後ろ手に組み、ゆっくりとした足取りをしながら答えた。
「 M―177星雲は、言うなれば解放軍の傀儡国家。 会戦勝利により、我が皇帝軍が解放し、アリオンたちに統治させていますが… どうも、統首らしき男が最近、解放軍と接触を図っているらしいのです 」
「 自分たちを征服した解放軍に? 」
「 ええ 」
…腑に落ちん。
バウアーが言った。
「 確か、グランフォード殿は、貴族協議院とのつながりで、統首の男とは… 」
顔見知りだ。 だが、キライな奴でもある。
「 面識はあるよ。 アリオン王朝の126代帝王、ゾン・ファルト。 でも、ヤツとは会戦以来、会っていないな 」
俺は、ファルトに対する心情を述べる事なく、答えた。
…M―177会戦…
俺が、かつて所属していた皇帝軍 第2連合艦隊の第7艦隊は、3倍の兵力数を持つ解放軍の混成旅団を相手に苦戦していた。
協力的だったはずのアリオン武装戦線軍は、意外にも消極的で、解放軍が攻めて来ると、こちらが貸与した武器を捨て、逃げ去る始末。
( 今思えば、アリオンの統首 ファルトには、皇帝軍・解放軍が、共に自滅するのを希望しているような節があったように思えてならんな…… )
ファルトのお陰で、俺の艦隊はかなりの痛手を負い、乗艦していた軽巡洋艦『 マーキュリー 』でも、多数の戦死者を出した。 ヤツは、『 後方支援に廻る 』と連絡して来ながら、勝手に武装放棄し、戦線離脱… そのまま、逃亡したのだ。 おそらく、俺の艦隊は全滅するとでも思ったのだろう。
だが、第7艦隊は奇跡的に勝利し、わずかに生き残った艦船と共に、俺と『 マーキュリー 』は帰還した。
バウアーが言った。
「 M―177会戦は、第七艦隊無くしては語れませんな。 当時の戦艦乗りの、語り草でもあります。 その後の会戦でも、第7艦隊は負け知らず… 特に、メンフィス奪回の際の『 マーキュリー 』の勇姿は、軍神イリウスの姿を思わせるものがあった、と聞き及んでおります 」
あまり、思い出したくないな… 死んで行った部下たちの顔が、瞼に甦るぜ……
将校用のエレベーターが見えて来た。
後ろを歩いていた士官が、エレベーターのパネルを操作する。 トラスト号に唯一ある荷物用エレベーターの、『 ポチッ 』と押すボタンとはエライ違いだ。
扉が閉まり、エレベーターは静かに上昇を始めた。 バウアーが、物凄い勢いで上がって行く階のデジタル表示を見つめながら言った。
「 この艦隊は、アリオン統治国家の視察の為に編成されました。 メンフィスへは、バルゼー閣下からの指示書を受け取りに参ります 」
俺は、カウンターを見上げるバウアーの横顔を見ながら言った。
「 視察とは言え、艦隊を率いて行ったら… ケンカを売りに来たと思われないか? 」
バウアーが、俺の方を見ながら答えた。
「 そのような状況下である、と言う事です 」
どうやら事態は、一瞬即発らしい……
あまり関わりたくないが、わざわざ俺を招待したという事に、何かありそうな気が…
また厄介事は、ゴメンだぜ。
艦橋内の通路に、大型モニターが設置されていた。 画面一杯に、メンフィスの壁面が映し出されている。 およそ、距離は5千宇宙キロだ。 この距離だと、両端が見えない。 いつぞや、ワープ解除後の猛スピードを解消出来ず、危険速度のまま、ドックに突っ込んだ事があったっけ… あン時ゃ、死ぬかと思ったな。
しかし、さすが最新鋭の大型空母だ。 あっと言う間に、メンフィスに着いちまった。 トラスト号だと、あと2日半の行程だったところだ。 これで、燃料代と人件費が浮く ♪
…その後、バウアーからは、何も『 依頼 』は無かったが、メンフィスに着いたらバルゼーに会って欲しい、との事である。 久し振りだから、と言う話だが… どうも余計な仕事を、請け負わされるような気がしてならない。
( ま、とにかく、会うだけは会っておくか )
軍の上層部とは『 親睦 』を深めておいた方が、後々の役に立つ。
士官数名にエスコートされ、バウアーと共に、メンフィスの中枢にある皇帝軍エリアへと出向く。
ここいらは、親衛隊の直属下だ。 将官でも、そうは簡単には入れない。
廊下は、わりと広めで開放的な雰囲気がするが、入出ゲートにはフェンスが張り巡らされ、どことなく物々しい。 何人もの親衛隊衛士が、完全武装で出入りする者をチェックしていた。 以前、自爆テロがあっただけに、警戒を強めているのだろう。
先導する士官を、1人の衛士が呼び止めた。
「 身分証を拝見 」
バウアーに右手を差し向け、呼び止められた士官は言った。
「 貴様… 第2連合艦隊 司令長官を知らんのか? 」
へええ~、1個艦隊ではなく、連合艦隊の司令になったのか、バウアー。 出世したな。
衛士が、バウアーを見ながら答える。
「 勿論、存じ上げております、バウアー司令。 しかし、この先への通行は特別です。 規則は、規則ですので 」
バウアーは言った。
「 准尉、構わん。 これを 」
軍服の胸ポケットから、ICカードを取り出し、士官に渡した。
士官は、少々不服そうな表情で受け取り、衛士に手渡す。 一見した衛士は、すぐにそれを士官に返し、敬礼しながら言った。
「 失礼しました、バウアー司令。 バルゼー閣下より、本日ご訪問される旨の通知は受けております。 お通り下さい 」
士官に続き、バウアーがゲートをくぐった。
続こうとした俺に、衛士が言った。
「 待て、お前は何だ? 業者なら、通用門へ回れ 」
あ、そうでっか。 へいへい… と。
バウアーは、表情を物凄い形相に変化させ、怒鳴った。
「 無礼者がッ! 閣下が招いたのは、私などではない! こちらのグランフォード殿だッ! 」
…そうなの? やっぱ、バルゼーは俺に、本格的に用事があるようだな。 あんま、乗りたくないな、その話…
衛士は、俺の顔をマジマジと眺め、次いで、上から下へ視線を移して俺の風体を見ながら言った。
「 あなたが… あのキャプテンG……! 元帥閣下を救出された… 」
俺、意外と有名人なの? 輸送屋仲間の間では、テキトーなクセに銭勘定には厳しく、操船技術は良いが、荒っぽいとの下馬評だが…
( あまり、軍関係者に『 顔 』を知られたくないな。 ヤバそうだが、報酬はバッチリ☆ という『 オイシイ 』仕事を請け難くなる。 トラスト号にピッタリな仕事は、たいていが、そんな仕事だからな )
同行していた士官が、衛士に歩み寄り、言った。
「 貴様… 一度、我々と共に、前線へ来るか? 相手を見定める能力を、覚えさせてやる 」
このメンフィスも、前線に浮かぶ師団基地のようなものだ。 ただ、惑星1個分くらいの大きさがあり、常に、3個艦隊くらいの兵力が駐屯している為、平和であるように感じてしまうのだ。 憲兵や親衛隊のように内勤業務が主な者が、『 お役所 』感覚になってしまうのは、無理のない事なのかもしれない。
「 まあまあ、准尉。 気にするな。 ホントに民間輸送船の船長なんだから、仕方ないよ 」
俺は、苦笑いしながら士官をなだめた。
バウアーも、一喝して気が済んだのか、ため息をつくと、俺に言った。
「 参りましょう、グランフォード殿。 閣下が、お待ちです 」
4メートルの高さはある特殊強化ガラスの向こうに、果てしない銀河が広がっている。
照明を落とした、落ち着いた雰囲気の部屋だ。
アンティークな、木製の大きな執務机。 傍らにある、古書の棚… 革張りのローチェアー数個とサイドテーブルのセットが、ベガ・プロメキア産の高級絨毯の上に鎮座している。 さすが元帥ともなると、部屋の調度品からして違うぜ……
手前の、ローチェアーに座っていた小さな人影が立ち上がり、こちらに走り寄って来た。
「 グランフォードのオジちゃぁ~んっ! 」
ソフィーだ。
半年振りだろうか。 少し、髪と背が伸びたかな?
俺は、ソフィーを抱き上げ、自分としては、最高に優しい顔つきで言った。
「 よ~う! 久し振りだね。 ちゃんと、良い子にしていたか? 」
「 ん~… 昨日、また作戦室に行ってて、おじいちゃんに怒られたぁ~…… 」
相変わらず、通気ダクトに忍び込んで(*前編参照)、作戦会議を『 傍聴 』してるのか? スキだねぇ~、キミも。
傍らのドアを開け、バルゼー司令が入って来た。
「 やあ、グランフォード君! 久しいね、元気そうじゃないか。 ルーゲンス君の仕事の方は、もう終わったのかね? 」
艦長服の上に軍用コートを羽織り、幾分、士官帽をあみだに被っている。
「 ご無沙汰しております。 閣下も、お元気そうで何よりです。 荷の方は、マータフに任しております 」
俺の肩をよじ登り、肩車をしようともがくソフィーを片手で支えながら、俺は挨拶した。
士官帽を執務机の上に置き、コートを脱ぎながら、バルゼーは言った。
「 おお、マータフも元気そうで、何よりな事だ。 …こらこら、ソフィー。 グランフォード君が迷惑しておるよ。 降りなさい 」
「 ん~、ん~…! 肩車ぁ~、肩車するのぉ~! 」
やっと、俺の首筋にまたがり、落ち着いたソフィー。 口をとがらせながら、言った。
俺は、落ちないようにソフィーの足首を掴み、バルゼーに尋ねた。
「 閣下。 わざわざ、お招き頂きまして有難うございます。 何か… 自分に、ご用でしょうか? 」
「 うむ…… 」
執務机から、ローチェアーの方へゆっくり歩み寄り、後ろ手に組んだまま、バルゼーは言った。
「 M―177の事は、聞き及んでいるかね? 」
ゆっくりと、ソファーに座るバルゼー。
俺は、斜め後ろにいるバウアーを少し振り返り、答えた。
「 バウアーから少し。 ファルトが、やんちゃしている様子ですね 」
こめかみに右手をやり、大きなため息をつきながら、バルゼーは言った。
「 ヤツは、クセ者だ 」
それは、俺の方がよく理解している……
バルゼーは言った。
「 ソフィー、降りなさい。 グランフォード君に、大事なお話しがある 」
バウアーが、ソフィーの両脇を抱え、俺の肩から抱き上げた。
「 つまんなぁ~い。 オジちゃん、後でカードゲームしようね! 」
「 ああ、分かった。 後でね 」
士官が、ソフィーの手をつなぎ、バルゼーが入って来たドアより隣室へと連れて行った。
背を埋めていたソファーから、身を起こすバルゼー。 じっと、俺の顔を見つめながら言った。
「 民間の君に、こんなお願いをするのは申し訳ないとは思うが… 無駄な戦いを回避する為だ。 聞くだけ聞いては、くれまいか? 」
…う~ん… 聞けば、引き受けざるを得ない。 頼まれ事に弱い、この性格。 何とかならんのか……
無言でいる俺に、バルゼーは構わず続けた。
「 ゾン・ファルトは、話し合いに応じないヤツではない。 むしろ、話し合いの方が好きな性格だ。 ただ、裏切りも視野に入れなくてはならないが…… 」
…ソコが、エライ問題なんだよな。
俺もソファーに座り、答えた。
「 ヤツとは、貴族協議院で何度か会っています。 先の戦闘でもね 」
バウアーも、俺の横のソファーにつくと言った。
「 戦闘を放棄した、と聞いております。 その為、貴殿の艦隊は、散々な目に遭いましたな 」
苦笑いを返す、俺。
( 放棄どころか、敵前逃亡だ。 本来なら銃殺刑モンだぜ…! )
俺は、バルゼーに向き直り、言った。
「 大体の話の内容は、推察出来ます。 私に、ヤツとの折衝を希望されているのですね? 」
「 まあ、そんなところだ 」
再び、ソファーに身を埋め、バルゼーは続けた。
「 交渉決裂であれば、ゾン・ファルトは拘束せざるを得ない……! 情報局のルーゲンス君の報告によると、ファルトは解放軍に通じている 」
「 それは、真実ですか? 」
俺の問いに、バルゼーは頷いて見せた。
う~む… ヤツなら、有り得る行動とも思っていたが… ホントに、自分たちを征服した解放軍につくとは……!
もっと厄介なのは、ヤツが伏線を張っている場合だ
つまり、解放軍とは連携しているが、それはカタチだけ。 スキらば、解放軍にも決定的なダメージを与え、独立しようとしているのかもしれない。 つまり、ヤツにとっては、解放軍も皇帝軍も『 敵 』なのだ。 目的・勝利の為には、手段を選ばない…… 最も信用ならない相手と言える。 そんなヤツに、交渉など可能なのだろうか。
俺は言った。
「 閣下。 いっそ、ファルトの国家権限を認めてやったらいかがです? 」
バルゼーは、じっと俺の顔をみつめ、小さなため息をつきながら答えた。
「 君には、やはり参謀として、軍籍を戻してもらいたいものだね… 相手の出方を、冷静に判断している 」
…痛い目に、遭っているからです。
バルゼーは、身を起こすとサイドテーブルに左肘を突き、その人差指で鼻脇辺りを摩りながら言った。
「 ヘタに信用させられ、後に痛手を被るよりは、その方が良いのかもしれないな…… まずは、ファルトの興味を引く線から提案していった方が賢明か… 確かに、同じテーブルにつかせるには、ある程度の譲歩要項も必要だろう 」
バウアーが言った。
「 閣下。 銀河連邦 枢軸国として認知する訳でしょうか? 」
バルゼーは、深い視線をバウアーに向け、答えた。
「 いや…… あくまで、我が皇帝軍の庇護国家として、だ 」
銀河連邦を代表するのは、我が皇帝軍である、と言う事か… まあ、そのスタンスがなければ、今後、内外の秩序も保てまい。 軍人さんは、ツライのう……
俺は言った。
「 ファルトは、納得するでしょうかね? 」
しばらく間をおいて、バルゼーは答えた。
「 彼の、身の為でもある 」
……確かに。
解放軍は、いずれ殲滅される事だろう。 最近の士気低迷は、戦意にも影響しているのか、各戦域において解放軍の敗退が目立つ。
元々、資金も乏しく、他の銀河の貴族たちの、ある意味『 投資 』感覚での資金提供に頼っているのが現状だ。 まあ、汚職で議会を追放された政治家や、軍法会議で処分された軍人たちの寄せ集め集団だ。 資金提供さえすれば、極端な話し、首相だって将官にだって抜擢される。 『 野望 』を持った輩共にしてみれば、天国のような所だ。 そんな、私欲にまみれた連中が、マトモに一軍を統治出来るはずがない。
バルゼーは、解放軍の解体を望んでいる。 一端を担う輩にも、それなりの『 処置 』が下される事だろう。 『 身の為 』とは、そう言う意味合いが含まれているのだ。
俺は言った。
「 しかし、艦隊を率いて行ったら、同じテーブルにつくどころじゃないでしょう。 自分だったら、高角砲の射程内に入ったと同時に、問答無用でブッ放します 」
「 先手必勝かね? その辺りは、お父上の気性と変わらんな 」
苦笑いを浮かべ、バルゼーは言った。
右手で、頭の後ろ辺りをポリポリとかきながら続ける。
「 まあ、偶然、バウアーの艦隊と出会ったのも、何かの縁だ。 彼の艦隊とは別に、そうだな… 商談なんかをダシにして、動いてはくれまいか? まずは、様子を探ってみたい。 彼の出方次第だ 」
俺は言った。
「 荷を降ろしたら、M―96のサンエルゴまで船を回送する予定です。 アンタレスのとある貴族から、サンエルゴの特注家具の仕入れを頼まれましてね。 ファルトのいるM―177星雲は通り道ですから、ちい~と、寄って行きますか 」
ホントは、引き受けたくないのが本音だ。 だが、バルゼーからの頼みとあらば致し方ない……
バウアーが言った。
「 貴殿のトラスト号後方、1万宇宙キロ辺りを航続致します。 いざという時は、いつでもキャノン砲の援護射撃を致しますので、ご安心を 」
…それじゃ、即、開戦になっちまうぞ?
ある意味、ファルトの気分次第だ。 だいたい、会ってくれるかどうかも分からないしな。
俺は、大きなため息をついた。
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